帰省。
桐島夏深は道路の小脇にて己が跨るアメリカンバイクのエンジン音と裏腹に静かな窮地に至っていた。
如何せん、暫くぶりに帰省した地元である味玉県 調味市。 駅前で幼馴染と落ち合う予定だったものの、フェリーターミナルから地元の駅まで行くに当たって何時もの道は工事中、遠回りするにもたった2年ですっかり変わった街並みは夏深を迷わすのには容易いものだった。
「げ、充電無いし。」
助けの綱と電子端末を取り出すものの〈充電してください〉と暗い画面に白の文字。そして夏深の脳内には〈やばい〉の3文字である。幸いな事に、今は16時。この道は人通りが激しく、駅という大きな建物ならば誰に聞いても予定の18時には間に合うはずだ。
兎にも角にも夏深は目の前を通った学生に声を掛ける。
「すみません、駅の方まで行きたいのですが。」
仕事中と同じような笑顔で、なるべく柔らかく、相手が中学生だとしても遜って。夏深はその点では律儀な女である。誰も気分を害す筈もない、親切に教えてくれる筈だ。そう内心から思っていた。
「誰に向かって口利いてんだぁ?!このクソアマがぁ!!」
ああ、ツイていない。不幸だ。夏深は愛車のヤマハのレイダーXV1900CUのハンドルを撫で、目の前で自分に怒号を向ける自分より干支一周と少し年下の子供を内心面白可笑しく思う。
「ごめんね、おばさん急いでるんだった。」
自分が ”おばさん” に成り下がるのは癪だが、クラッチを繋いで逃げるようにステップに足を乗せる。夏深は最終手段に出る。目指すは塩中学校、自分の事を覚えているかどうかは分からないが4年前に知り合った友人がいる。
今はもう中学生か、と感慨にふける。彼が成長するという事はあいつも年を取るものなんだな。と考えたら笑みが零れた。
平和な中学校の目の前に停まったのは真っ黒な大型バイクだった。「かっけぇー」という男子もいれば「うるさい」と怪訝そうにする女子もいる。「この子の排気量は国産一なんだから!」と豪語したあの人をモブこと影山茂夫は思い出した。あの人は2年程前に仕事の出張でこの地を離れて行った、小学生だった自分は気の合う友人を無くしたような寂しさに襲われていた。
だが、あの人が帰ってきたのは間違い無いだろう。先程入ったメールは「学校が終わり次第走って事務所へ来い。」
カバンをおもむろに掴んで教室を出る。
途中で「知り合いか?あの姉ちゃん。」と自分に取り憑く悪霊が聞くが、「うん。」とだけ返事をしておく。
「夏深さん!」
「やあ、モブ。大きくなったねー。」
わしわしと茂夫の頭を撫でるその手は柔らかく、それと同じように茂夫の表情も明るくなっていく。
彼女は何も変わっていない、変わったことと言えば彼女と自分の背の差が縮まった事だろう。
「あら、あら?可愛いマスコットがいるのね。」
エクボを見つめ微笑む。彼女の赤いルージュが悪戯に色っぽくさせ、裏腹にそれはとても恐ろしいものに感じられた。
「こっちはエクボ。訳有って取り憑いてるんです。」
「まさかシゲオに年上の女の知り合いがいたとはな…。」
ふわふわと浮かぶマスコットのような悪霊は夏深をまじまじと見る。
「いや、エクボ。この人は師匠の…」
モブが言いかけたその時、夏深の顔がぱぁっと明るくなった。それはもう、花のように。
「よう、モブ。ふむ、夏深もいるとなれば駅まで行く手間が省けた…というか、なんでこっちに来るんだよ。普通は事務所に真っすぐ来るだろう!妬かせたいのか?いい年して、2年間浮気もせずこまめに近況を報告して毎晩メール送ったこの俺を差し置いてモブの所に行くとは…おのれぇモブゥ…」
「新隆!ごめん、駅までの道が工事されてて…遠回りしようとしたら道に迷うし…」
仲睦まじい2人の姿を見て顔をプクプクと真っ赤にしながら茂夫はエクボに告げる。
「夏深さんと師匠は…こっ、こ、恋人なんだ…」
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