坂道雨天生誕祭(2018年)






 みんなは自分の誕生日に、実の母親から首を絞められたことはあるだろうか? 酒におぼれた母親が、涙を流しながら俺の首を絞めてくる。

“お前なんて、産まなければよかった……”

 今でもその言葉を思い出す。特にこの時期になると、夢に出てくるほど。母親の顔も、絞められた痛みと、苦しみが、悪夢となって甦って来る。

だからこの時期になるとすごく、山に登りたくなる―――。



******



「雨天が?」

「えぇ。合宿中、俺達が目を話している間に何処かに行ってしまったんです」

 今、俺様が通っているアイドル養成所FHCは合宿の為に海に来ている。海好きの俺様からすれば、海は凄く嬉しい事なのだが山派である雨天にとっては苦以外の何物でもない。アイツがなぜ海を嫌うかは知っている。

 雨天は、海に捨てられた―――。

 それはアイツから聞いたことじゃない。聞けるわけもない。俺様の両親から聞いた。アイツは実の親から虐待を受けていた。毎日、毎日、蹴られ、殴られ、傷つけられた。そして7歳の日、アイツが誕生日の時に親に捨てられた。海に。
 まぁ雨天本人は捨てられた時の記憶はあいまいで、元々海があまり好きじゃなかったからと言っているが……。

 さて、その事はさておき……いや、「さておき」なんて言葉で片付けられる話ではないのだが、とりあえず一旦隅に置いておこう。
 合宿中に雨天が姿を消した。だから俺様は南川さんに呼ばれた。まぁあいつが姿を消す事なんていつもの事だ。それは南川さんだって分かっている。それなのに俺様を呼び出した理由はもちろん、FHCの為だ。もしアイツが他人の土地で勝手にキャンプなんてしていたら、FHCにクレームが来る。それによりFHCの評判が下がってしまう。南川さんはそれを避けたいと思っているからだ。

(この人って、意外と周りの為に動いてるんだなぁ……)

 ちょっと空回りして、周りに誤解を与えている気がするが……。

「現在、手が空いていたマネージャーやトレーナーの人に探してもらっているのですが……」

「まぁ、そう簡単には見つからないでしょ」

 正直、アイツは馬鹿じゃない。のほほんとはしているが、他人に迷惑をかける(現在進行形で迷惑をかけてはいるが)人間ではない。FHCに泥を塗るようなこともたぶんしないはずだ……駄目だ、アイツを庇いたくても庇えねぇ。
 けど、アイツは仕事は真面目にやっている。これは言い切れるぞ。アイツは仕事を放置して突然姿を消す奴じゃない。それにアイツは合宿前に「合宿中は絶対山に行かない」って俺様に約束をした。アイツは約束を破る人間でもない。

 じゃあ何故、姿を消した? 何故約束を破ってまで、山に行ってしまった?

 そんなもの、理由は一つだ。
と言うか、アイツが山に行ったなんて誰が決めた。アイツはストレスが溜まったら“必ず山に行く”とは、限らないんだぜ。

「南川さん。俺様に心当たりがあるんで、ちょっと雨天のバカを探してきます」



******



 俺様だけが知っているアイツのもう一つの避難所。アイツ曰く「喫煙している人が煙草を我慢している時に、代わりとして別の物を口に入れる原理と同じ」らしい。雨天のストレスがピークに達すと最初に行くのは「山」。でもずっと山に行けるわけがない。そんな時のアイツのもう一つの避難場所は……。

「やっぱりここか」

 クローゼット、または押し入れの中だ。

 小さい頃からこいつは、かくれんぼでも、雷の時も、地震の時も、必ず押し入れの中に逃げ込んだ。理由は一度聞いたことがある。虐待を受けていた頃に、こいつが必ず逃げ込んだ場所がここだったらしい。親の視界に入らなければ自分は殴られずに済む、そう考えた結果みたいだった。

 だから俺様はすぐに見つけられた。いや、合宿所にあるクローゼットと言うクローゼット全て見て回ったから、すぐとは言えない。おかげで女子の部屋に入って、殴られてしまった。
 雨天はまるで子供の様に膝を抱え、体育座りの状態でクローゼットの中にいた。

「あ、海(うみ)ちゃん。どうしたの〜?」

 いつもの様に声をかけてくるが、どう見てもいつもと様子が違う。何処がと言うか、テンションが明らかに低い。分からなくてもこいつがここにいる時点で、もう色々ヤバイ所まで来ているんだ。
 俺様は雨天の隣に座った。

「体調が悪いのか?」

「別に。ただ最近、全く眠れてないんだ」

「どうして?」

「ちょっとね、悪夢を見ちゃうんだ……」

「悪夢って、家の?」

「そうだよ。母親に首を絞められる夢……この時期になると、よく見ちゃうから、正直困ってるんだよね」

 “この時期”―――8月11日。そう、今日は雨天の誕生日だ。普通の人間ならば「やったー! 誕生日だー!」って浮かれて、家族や友人、そして恋人から「おめでとう」と祝福されるだろう。俺様も同じだ。
 けど雨天は違う。こいつは俺様と出会うまでの9年間、誰からも「おめでとう」とは言われなかった。生まれたことに祝福されず、むしろ生まれて来なければと言われた。実の母親に、首を絞められながら……。虐待から解放されてもなお、こいつは自分の誕生日を嬉しいと思った事は一度もないと言っていた。いくら周りから「おめでとう」と言われても、祝福されても、雨天の心には響かない。それほどコイツが過ごした9年間は暗く、辛いのだ。

 だから俺様が出来る事なんて何もない。こいつの誕生日に、何かをしてあげられる事なんて、何もないのだ。

「誕生日か……一応、おめでとうって言っとく」

「ふふ、ありがとう」

「……なぁ、雨天は俺様にしてほしい事とかある?」

「特にないかな」

 即答かよ。

「あまり欲しい物とかないんだよね。しいて言えば山かな」

「わりぃ、それは無理」

「海ちゃんは傍にいてくれるだけで充分だよ」

「……そっか」

 なぁ、雨天。俺様はお前の役に立っているだろうか。お前の心の支えになっているだろうか。お前が抱えている闇は恐らく、いや、絶対に俺様にはどうにもできないし、一生触れる事もできない。それでもお前が少しでも楽でいられるならば、俺様はずっとお前の隣にいる。それが今の俺様にしか出来ない、お前にあげられる唯一の誕生日プレゼントだと信じて―――。


                                                   END





【作者コメント】
 まず雨天さん誕生日おめでとうございます。やっと君の過去話を書けて良かった良かった。
 さて、恐らく皆さんが誤解されているかもしれないから言っときます。雨天は五十里くんを“ただの幼馴染”としか見ておりません。五十里くんが心の支えとか、生きる希望とかそんなことは全く思っていません。と言うか、雨天はきっと五十里くんと出会わなくても立ち直ったと思います。


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