3

導入的なもの

幼い頃から膨らんで、大事に仕舞っておいた恋心。
でもそれは、あなたにとって煩わしい感情でしかなかったのでしょうか?

「ねえ、凛月」
「なぁに?」
「わたしね、凛月のこと好きだよ」

ああもう。この時のために何度も真緒に告白の練習とか付き合ってもらったのにな。
そう忸怩たる気持ちを頭の片隅で燻らせつつも、勢いに任せて言ってしまったものはしょうがない。「お前とりっちゃんなら大丈夫だって!」と笑って凛月のもとへ送り出してくれた幼馴染みの力強い言葉を想起して、怖じ気付く自分を奮い立たせる。それでもやっぱり向かい合うのは緊張して、不安で。
スカートの裾を握る手に力がこもり、何を考えているか分からない紅い瞳から視線を逸らした。
沈黙が長引いて、だんだんと妙な空気になっていくのは、綾音も嫌になるくらい感じていて。
焦りを感じ始めたその時、凛月が緩慢と口を開く。その口振りは、──気だるそうだった。

「……それで?」
「え?」
「綾音は俺とどうなりたいの? 先に言っとくけど俺、付き合うとか面倒なのは御免だよ〜?」
「っそ、そ、っか」

言おうとしてたことを封じられて、頭が真っ白になった綾音は咄嗟に下手くそな愛想笑いを取り繕うことしかできなかった。
付き合うって、面倒なのかな。あれ?というか私、凛月と付き合ってどうしたいんだろ。ただ凛月のそばに居たくて、それで、……それ、で、?

「このままでいいでしょ?」
「──…………う、ん」

このままで、いいの?
私は凛月を好きなまま。凛月は私のことを恋愛対象として見ることはないのに、私の気持ちは無視されることになるのに、本当に?
ちがう。そんなの、私が望んだかたちとは、──。

反発をあげる心とは裏腹に、愕然としていた綾音は知れず知れず頷いてしまっていた。
『いい子いい子』と頭を撫でてくれるその手のひらは大好きなものだったのに、今は綾音の神経を逆撫でしているようで、喉の奥がギュッとして、苦しくて、だけれどどうしたって嫌いにはなれなかった。
こうして彼女の初めての恋は好きな人の言葉によってぐしゃぐしゃにひしゃげて、踏み躙られて。愚かな懸想を内包する心は延々とただ血を流し続けて、息絶えるのを待つだけとなったのだ。