長い。実質的には大して時計の秒針が回っておらずとも、倦まず繰り返される口づけはおそろしく執拗で、綾音の現在時刻の経過を有耶無耶にさせた。
 一番も、二番も。誰にも譲らないと誇示するような業突く張りで凛月は荒々しく綾音に口づける。勢い余って歯が当たっても気にしなかった。綾音がぶつかった痛みで眉を顰めても歯止めなんて利かなかった。ただ夢中で啄んで、吸って。それだけでは満たされなくて、舌で綾音の唇をこじ開けて口内にまで潜り込んだ。
「〜〜っ!」
 抵抗のつもりか、綾音は苦しそうにしながらも顔を傾ける。凛月は彼女とは真逆のほうに顔を傾けて、より深く唇が交差するよう綾音の頭部を両手で挟みこんで己に引き寄せた。固定することによって奥に引っ込められていた綾音の小さな舌を捕まえることが叶う。
 新鮮な酸素を得ようと身動いだだけなのにその動作がかえって裏目に出てしまい、酸欠で今にも泣き出しそうな綾音のくぐもった声が、蓋をしている凛月の口の中にあえなく飲み込まれていった。
 夜行性である吸血鬼は境域下であると、五感が冴えるだけでなく目端も利くのだろうか。いっさい明かりのなくなった保健室で逃げ惑う舌を的確に搦め取り、歯茎の裏側に溜まった唾液さえ残らず啜る凛月は、綾音に関する事象以外『興味ない』といった風だ。
 喉奥から絞り出すような声を聞いたって舌を解放する素振りは見せなかったが、キスだけでいっぱいいっぱいになっている綾音の様相を喜悦の滲ませた面持ちでジッと眺める。そして夢心地に浸かるように瞳を閉じて、強張りの解けない舌を宥めるように擦り合わせた。
 唇の表面が痺れるくらい濃厚なフレンチキスを否応なしに交わし、いくらか心足れりとした凛月がやっと綾音から顔を離すと。眼下にはすっかり顔も思考もとろけ切った綾音の風姿が据えられていて、彼はステージ上を除く私生活でめったにない充足感に頬を綻ばせた。
 彼女の口端にはどちらのものとも判断つかない唾液が垂れている。それを指ですくい取って半開きになっている口唇に塗りつけてやれば、激しいキスの余韻から抜け出せていないうつろな瞳がぼんやりと凛月を見上げた。目尻のほとりから溢れそうな雫を吸い取り、粘膜の上で自分の唾液と混ざったその涙の味をたっぷりと吟味してから嚥下する。彼女はどこもかしこも甘くて、柔らかくて、熱で溶けてしまう綿菓子みたいだ。
 なかなか息を整えられない綾音の横っ面を撫で、凛月はこれまで類を見ることのなかった甘やかな情緒に相好を崩す。……食べちゃいたい可愛さってこういうことかな。妙な語録を了得したところで、ちょっとずつ気息が安定してきた綾音の頬に頬擦りをした。

「ふふふ。俺とのキスで綾音がとろとろになっちゃうの、思ってた以上に最高……癖になりそ〜♪」
「あの、凛月せんぱい……? なんで、こんなこと、わたしに、」
「ええー、それ今聞くの? 賢い綾音ならもう察しがついてると思ったのになぁ……?」

 と、不服そうな顔をされても綾音は口ごもるばかりだった。きちんと教えられなければ自問自答は綾音の思い上がりで帰着してしまいそうだったから言ってほしかったのに。「察しがついてる」なんて凛月はわけなく言ってくれるが、気付いた気持ちを相手に確認せず正答かどうか見定めるなんて芸当、綾音には一生できそうにない。綾音は新米プロデューサーであって、マジシャンでも心理学者でもない。わがままかもしれないが、ほかでもない凛月からの言葉が欲しいのだ。
 ──もし仮にこの勘が綾音の自惚れであって、最初の予想どおり肉体関係だけがお望みなら、浅ましい期待など持たせることなく非道いやり方で初花を散らせてほしい。心の底から凛月を怨むことができるように。自分の目指す世界は己の意に沿わないことも乗り越えなければ進めないのだと、心を殺すテストと割り切ることができるように。自分が、彼に魅きつけられていると、芽吹いた気持ちを花開かせる前に。
 視線を泳がせることなく凛月の顔を真剣に見据えるその瞳は、ありとあらゆる憂慮を集めたように悲観的に揺れていた。期待どおりであればいいのに、と願を懸ける心は身の程知らずだろうか。滑稽だろうか。
 だって本当に愛されているみたいだった。
 綾音が、メロドラマのような甘酸っぱい幻想と現実の峻別が付かなくなりそうなくらいには。

「────そもそも好意がなきゃ、あのゴミ虫に出くわすリスク冒してまでこんなとこ来ないから」

 やや間を置いて呆れ混じりのため息を吐いた凛月に、綾音はきょとんと瞼を瞬かせた。『ゴミ虫』とはいったい誰のことを指しているのだと連想して、ほぼ間髪を入れずにああ、と合点する。凛月は、目の上の瘤として邪険に扱っている兄、零をそう呼ぶこともあったのだった。そして零がこの保健室によく出没することも、凛月が零を避けて安眠できる場所を選り分けていることも、綾音は続けざま思い起こした。
 徹底して神経をとがらせている彼が、目の敵にしている兄に遭遇する確率を踏まえてなお、綾音が眠っている保健室に足を運ぶ理由。明々白々にされると、あまりにも単純で、呆気なくて。だけど。

「何で、私が寝てるときだけ……?」

 どうしてもひとつだけ、疑念が晴れない彼の思惑。希求する言葉を聞けたのになお浮かない顔のまま綾音が訊ねると、凛月は不満げに唇を尖らせた。
「何でばっかだねぇ」不平を漏らしたのでこれ以上の追及は野暮か、と慌てた綾音は前言を撤回しようとした。が、彼はさして気にしてない様子で「知りたいんでしょ? 教えてあげる」などとあっさり流し、別の事案を根に持っているような口振りで語り出す。

「だって綾音、ひとりでいる時間なんてほとんど無いじゃん。いっつもバタバタしてるから声かける暇も無いしさぁ? なのにうちの末っ子とは仲良く話してるし、ゴミむ…………クソ兄者にはあたり構わずベタベタ引っ着かれてるし、果てには膝枕してるときまであるし? 俺だって綾音に甘えたいのに……あぁ、思い出したらムカついてきた。あいつ八つ裂きにしたい」

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろうか、不貞腐れた表情のまま唇の横に噛みつかれる。『そんな身勝手な』と綾音は脳裏で泣き言を垂れつつ、つるりとした歯の感触に肩を縮こまらせた。このまま骨の髄まで食べられてしまいそうだ。さすがに本気で噛みついたりはしないと思うが、顔に傷がつきそうで怖い。しかし狭い寝台の上では不用意に腰を引くこともできない。進退窮まれりの綾音は眉尻を下げて、何気なく頭部を挟む凛月の手の上に自分の手を重ねると、変わらず真正面にある双眸はふんわりと細くなり険が消えた。

「後は……起きてるとき、俺が突然綾音の首の後ろとか指をしゃぶり始めたら綾音もビックリするし、外野もやたらうるさくなるでしょ?」
「……なぜ舐める必要が……」

 いかにも。凛月は兄である零とは違って吸血鬼らしく血を好んでおり、隙あらば他人に噛みついたり血を吸おうと目論んでいるが、綾音に限りそういった虚を衝く行為はしてこなかった。あんずや同級の創のように『吸血していいか』なんて言問をされたこともない。それはてっきり綾音の匂いが凛月の食欲をそそることはなかったのだと、適当に締め括っていたのだが……。
 凛月の言い回しだと、今までの所思が覆されることになりそうだ。否、実際に覆された。

「吸血鬼はねぇ、本当は血を吸わなくてもほかのものでお腹は満たせるの」
「言われてみれば零先輩は、私たちが普段口にしてる食材を摂取してますもんね……?」
「ん〜、人間流の食事ともまた違くて。ていうか綾音の口からあいつの名前なんか聞きたくない。不愉快だし虫唾が走るからやめて」

 美しい顔から表情が消えるとますます人間味を感じられなくて不気味だ。泣く子も凍てつくような敵愾心を帯びた声色で吐き捨てられた綾音は、青ざめて首振り人形のように頷いた。逆らったら何をされるか分からない雰囲気だ。生殺与奪の券を握るのは彼。迂闊に地雷を踏み抜かないよう留意しなければ、骨の髄まで食べられるというのもあながち冗談で済まなくなるかもしれない。まかり間違っても凛月の前で零の名を口走ることはないよう用心しようと自身に言い含めた。

「んで、なんだっけ……ああそうだ、話を戻すけど。好きな人っていう、限定的で例外的な存在の体液を一定量貰えれば、血を欲する衝動は一時的に凌げる。何でかは俺も知らないけどね〜」
「…………つまり、えーと。要約すると、凛月先輩は私の体液を得ることによって空腹を紛らわせていた、ということですか……?」
「まぁ、大まかに言えばそんなとこ」

 なぜ特定の対象のみ体液でも腹の足しになるのか、餓えは満たされるのか。根っこの部分は奇怪なままだが、詳らかにされたとしても吸血鬼でない綾音にはきっと理解が及ばないことだろう。だって既に、キャパオーバーだ。『好きな人』。『限定的で例外的』。その言葉は差し詰め甘い毒のような魅惑的な響きで、綾音の役立たずな脳漿までも麻痺させた。
 出会った頃、けんもほろろな冷たい態度を取って隔意を設けていた凛月が。レッスン中、にべもない言葉で綾音の肺腑を容赦なく抉ってきた凛月が。今は「綾音は特別」だと、そう臆面もなく胸のうちを曝け出してくれたことが、舞い上がりそうなほどに嬉しい。嬉しすぎて、胸が苦しい。
 いつしか血の気の失せていた綾音の頬はまた熱を持ち始めていた。浮かれているのは自覚済みだ。だから顔の熱を冷ますためにも少し身体を離してほしいのだが、凛月はいっこうに退けようとしなかった。離れるどころか天使のような──今の綾音には小悪魔のような──笑顔を見せて、凛月はここぞとばかり押しまくる。

「だから、最初は足とかうなじとか耳の後ろとか……汗かいてるかな〜ってところだけ吸って満足してたんだけど……無防備な顔ですやすや寝てる綾音を見たら、魔が差しちゃった♪」
「魔っ、?!!」
「あ、大声だめ」
「んんんっ」

 またしても綾音の意思などお構いなしに頭を引き寄せて、素っ頓狂な声を発した唇に凛月は自身の唇を押し付けた。急なことだったため暴れられることを予見していた彼は、薄目で綾音の様子を注視しながら小鳥が啄むようなキスを繰り返す。
 すると意外にも綾音は身を捩ることなく、甘んずるように凛月のベストを握りしめて緩慢と顔を傾けた。先ほどと同じ姿勢に、閉じていた唇を開ける仕草。まるで誘うような身振りを年下の綾音自らにされては、まだほのかに余裕が残っていた凛月も理性なんて形無しだ。微かな間隙に舌を差し入れてミルクを舐める子猫のように綾音の舌をチロチロとこそぐると、綾音のほうからもおずおずと舌を差し出してきた。
 すかさずその舌先を捉えて、橋をかけあった粘膜の上を伝うように唾液を流し込むと、綾音は逡巡するように喉頭の前で留めてからこくりと飲み込んだ。喉が上下したのを見て、凛月は顔と両手を綾音から離す。

「あは……俺も綾音から唾液貰ったけど、綾音も俺の飲んじゃったねぇ?」
「だ、って、りつせんぱいが、」
「うん、そう、俺が飲ませたんだけど。吸血鬼の唾液には催淫効果もあるから、綾音がこれからどう乱れてくれるか見物だなぁ……♪」
「────え?!」

 凛月の言動に振り回されるのはよくあることだ。レッスン中ならば綾音と同じクラスの好でKnightsの末っ子こと司が凛月を諭してくれるが、あいにくここは保健室。部活に励んでいた生徒もそろそろ帰り支度を始めているだろう頃合いで、怪我人が駆け込んできそうな兆候もない。つまり、助けは来ない。ジリ貧だ。

「いっぱい可愛い声聞かせてねえ〜」

 ──やはりこの人も、疑いの余地なく朔間家の血を継いでいる。綺麗な顔してやること為すことえげつない。にこにこと機嫌よさそうに振る舞う凛月に悪寒が走りつつ、綾音はさっそくあがってきた呼吸と心拍数に眉を寄せて膝を擦り合わせる。その時、彼女の体内では確かに得も言われぬ変化が起きはじめていた。


 瞼の裏が猛る火焔を前にした時のように熱い。全身を刷毛でくすぐられているようなむず痒さが狂おしい。お腹の奥がひりひりと焦げていくように疼いて、縋るものが欲しくなる。奔流のような激しさで綾音を飲み込んでいく身体の変調は並々ならぬ怖気を来たすもので、半ば恐慌状態に陥った綾音は情けを乞うように凛月の名を呼んだ。しかし呼び掛けに応えが返ってくることはなく、綾音は所在をなくした指先でシーツを掻く。
 ベストとシャツは綾音が悪寒を感じて間もなく凛月の手によって脱がされてしまったため、心許なさが半端ない。素肌を隠そうものなら「血を吸ってもいいの?」と脅しまがいの文句を口にされるし、じゃあ変な声を出さないように、と口元を手で覆えばピジョンブラッドの瞳が暗闇の中で怪しく光る。鋭い眼光で一瞥された綾音の脳内では瞬く間に赤い信号が明滅したので、凛月の逆鱗に触れそうな試みはやめておこうとおとなしくまな板の鯉になっていた。もっと詳しく例えるなら、そう。まだ、職人の包丁が入る前。腹を裂かれ命の灯を断たれる前の、露命をつなぐ鯉。

「ひ、ぁ、やぁっ……」
「や、じゃないでしょ」

 凛月が唇を綾音の肌に触れさせるたび、綾音は雷に打たれたようにビクビクと痙攣する。
 今まで足を舐められようが首に吸い付かれようがこんな過度な反応は起こさなかったというのに。吸血鬼の唾液には本当に催淫効果なんてあるのか。というか凛月が吸血鬼という話は真だったのか。正直、眉唾として半信半疑な部分もあった綾音からすれば、今回の事態は完全に不慮の外のことであった。

「……え、あ、まっ……!」
「はい、ぬぎぬぎ〜♪」

 注意力が散漫していた綾音の制止も間に合わず、いつの間にか背中へ回っていた手にブラジャーのホックを外され、窮屈だった胸元が解放感に満ちる。
 その素早さに唖然としている間にも紐まで腕から抜かれ、残る着衣はスカートのみとなった綾音は既に上気している顔をさらに耳まで赤らめた。が、廉恥心はすぐさま吹き飛ぶこととなる。凛月が断りもなく膨らみの中央で隆起していた突起を口に含んで転がしはじめたものだから、些細な刺衝にさえ敏感になっていた綾音は飛び抜けて強い快楽に喉を反らし、目を見張った。ひく、と声帯襞が引き攣る音が鼓膜の裏で響く。
 このまま凛月に突起を嬲られていたら、自身の気が狂ってしまうかもしれない。危うい危機感が一瞬頭の片隅に過ぎるほど、乳房への愛撫は綾音にとって苛烈なものだった。悲しくもないのに勝手に涙がぼろぼろと溢れて、天井にあった蛍光灯の輪郭がぼやける。
 それでなくても初めての情事で不安なことだらけなのだ。様々な感情がこんがらがって平静さを失いそうな綾音は、シーツから背を浮き上がらせて自身の胸元にある凛月の頭を抱え込むように掻きついた。

「ぅ……まって、りつせんぱ、こわ……」
「……もー、しょうがないなぁ。よしよし、こわくないよ〜」

 彼女をフィジカルに追い詰めている張本人は悪びれる風もなく宥めすかし、小刻みに震える短躯をよっこらせと持ち上げて胡坐をかいた自身の膝上に座らせた。自らを『おじいちゃん』と号す凛月でも、学院で一番身長が低い彼女を抱えるくらい造作もないこと。言うまでもなく、綾音の身体はすっぽりと凛月の腕の中に収まってしまった。
 駄々っ子をあやすようにしばらく背中を摩っていた凛月だったが、素肌を慰撫する手にさえつぶさに感ずる綾音の有様を見てふいに閃いた悪戯に口角を吊り上げる。綾音の頼りない肩からいささか顔を突き出すように覗き込んで、猫背で浮き出た背骨を人差し指でつつつ、となぞり上げると、快楽が下火になって息を落ち着かせていた彼女は過剰なほどに飛び上がった。

「り……っ、それ、だめ……!」
「なんで? 気持ちよくない?」
「ちが、も、わかんな……!!」

 滂沱の涙に溺れた瞳で凛月を見上げ、痛切に声を張り上げる綾音の眼中には、もはや綾音を算段のままに操縦して食べ頃の時を虎視眈々と狙う男の姿しか映っていなかった。地道に、しっかりと正気を失いつつある。まさに自分が思い描いていた理想の綾音の姿にほくそ笑みつつ、凛月はしどけなく己を誘惑する彼女の唇にそれを重ね、さらなる催淫剤を流し込んだ。
 次第に絡まる舌をもどかしく感じ、綾音は無意識にゆったりと腰を揺らす。対面座位じみた体勢でそのような行為をされると凛月の局部のほうにも刺激が伝わってきて、性急に事を進めてしまいそうになるのだが……。やむを得ず唇を離し、綾音に問いかける。

「今の綾音の格好って、処女だとはぜんぜん思えないよねえ……? いくら効果が出てきたからって腰の動きやらしすぎ」
「ん、んん、ひぁ、あっ、〜〜っ」
「て、もう聞いてないっぽいし……。そんなに擦り付けられたら制服汚れるんだけど?」

 悪たれつつ、胡坐を崩した太ももでガッと綾音の秘部を押し上げるように突くと、敏感な秘豆も一緒にこねられた綾音は子犬が尾を踏まれたときのような声を上げて一度目の絶頂に達した。幸い凛月のスラックスを汚すことはなかったものの、耳を澄ましていた彼は聞き逃さなかった猥らな水音。息をせき切らす綾音を横たわらせ、スカートをめくりあげて下着のクロッチを指で擦ると、そこは見る見る湿り気を帯びていった。
 こんなに早くグズグズに溶けてくれるとは嬉しい誤算だ。下着とスカートを脱がせるとたちどころに眩暈がしそうなほど漂う綾音の雌の匂いに、凛月の熱は猛然と一点に集中していった。

「────っひああ?!」

 絶頂の影響で攣縮していた秘部。その割れ目からこぼれた蜜は、凛月にとってご馳走も同然だった。暴力的なまでの快感に苦悶の混じった嬌声をあげる綾音をいたわる余蘊もなく、己の飢えを満たすために秘部にしゃぶりつく姿は高潔な騎士とはかけ離れた獣の姿。いいや、凛月は綾音の騎士ではないのだから、取り繕うことなど何ひとつ無いのだ。鎧も楯も、必要ない。今、穢れを知らなかった無垢な雛の純潔を奪おうとしているのは飽くなき執着を牙に潜ませたひとりの吸血鬼であり、『アイドルの朔間凛月』ではない。
 彼女を汚らしい欲望で塗りつぶすことに罪悪感などこれっぽっちも湧いてこなかった。むしろ肥大していく多幸感すら抱きながら、ズズズッと品性に欠ける音を立てて止め処なく溢れる蜜を吸いつくした。ときどき鼻先で触ってほしそうに顔を覗かせている秘豆をこねてやれば愛らしい声で囀るものだから、たまらずそっちも舌で甚振った。
 そうして腹も胸も膨れる思いで顔を上げた凛月は、連続したオーガズムを受けて四肢を引き攣らせる綾音の様相を見て己の襯衣のボタンを第三まで外す。
 凛月が留まる位置からは一糸まとわぬ短躯に散らばる赤いキスマークが一望できる。それはぜんぶ、ぜんぶ凛月がつけたものだ。成長途中の膨らみにも、艶美な曲線を描くわき腹にも、蜜の匂いが鼻腔を掠める内股にも、夥しい数の所有印を刻んだ。虫除けの意図も含めたその痕を人差し指でたどると、意識を半分飛ばしている綾音は朦朧としたままあえかな声を漏らす。

「……兄者に奪られる前に、俺が唾つけて牽制しておかないと……」

 昏い瞳で捩りもじる綾音を見下ろし、ふと上体を屈めた凛月は綾音の喉元に噛み付いた。牙が皮膚を裂くことはなかったけれど、唇からじかに感じられる彼女の脈動に箍が外れそうになる。みなぎる高揚感を鎮めながらも、徐々に唇の位置を下ろしながら凛月が考えるのは、自身が所属する紅茶部の部室で『皇帝』こと天祥院英智と交わした会話の内容だった。

「凛月くんは、雛と呼ばれるあの子がほかに何て呼び名で囁かれているか知っているかい?」
「……はあ? 知らないよ、そんなの。人の呼び名なんて興味ないし」
「小さき猛獣使い。あの三奇人の心を射止めたんだ、好奇心旺盛な生徒たちの耳目を集めてしまうのは致し方ないことだよね」
「エッちゃんは何が言いたいの」

「────僕たちの歌とダンスに魅了されてやって来た幼いニンフは、いったい誰の手中に堕ちて咲き優り、身に秘めた加護の力を発揮するのだろう」

 なぜか胸三寸から離れない、耳にこびりついた『皇帝』の暗示。ニンフとは歌と舞踊が大好きな、外国に棲息すると言われている妖精の名だ。神話に出てくるニンフは美しい顔と身体をもち、住処としていた水辺に近づく男を篭絡しては水の中に引きずり込んでいたというが、綾音をそんな妖精になぞらえてまで彼は何を伝えようとしたのか、その魂胆は今でも解せない。もっとも物事を俯瞰で見ては婉曲した言い回しで他者を翻弄するのが得意なあの男のことだ、深く掘り下げようたって真意が暴露されることはないだろう。

「……綾音、起きて」

 瞳を閉ざしてしまった綾音の頬を弱めに抓り、力ずくでも彼女の意識を自分に向けさせようとちょっかいを掛ける。せっかく凛月の活動を妨げる憎らしい太陽にも、雛鳥の翼を黒く染めて己の膝下に置こうと画策していた忌々しい兄にも邪魔立てされることはないというのに、綾音がここでギブアップしてしまったら次はいつ触れ合えるか分からない。
 凛月が綾音を独り占めできるのは、彼女が疲弊し切って保健室へ仮眠しに来るときだけ。しかし綾音に移った凛月の残り香を、敏い兄は必ずや嗅ぎ付けることだろう。そうなったら向こうもどんな禁じ手を使ってくるか分からない。もしかしたらユニットの『専属』なんて形而上の鎖を付けるだけじゃなく──。
 今を逃したら綾音はこの腕からすり抜けてしまいそうで、しきりに身体を揺さぶる凛月は切実だった。

「……も、こっちも痛いくらいなんだけど」

 スラックスと下着を下ろし、闇の中で現形を現した魔羅は綾音が直視したらぎょっとしそうなほどの凶悪さだった。血管が浮き出て、膨らんだ鈴口からは白く濁った液体が真珠のように浮かんでいる。綾音自ら秘部を擦り付けてきたときから重苦しさは感じていたが、こんな爆発寸前まで張り詰めていたことは凛月自身、気が付いていなかった。それだけ愛撫に専心していたと言えばそうなのだが、綾音を取り巻く身近な男どもの影に悋気心を燃やしていたおかげで自分のことまで頭が回らなかった、という理由が一番大きい。
 綾音の顔をしばし見つめ、凛月は己の魔羅に手を伸ばして扱きはじめる。ちょうどいい力の塩梅で上下させて、時折綾音の太ももに亀頭を擦り付けると、視界がスパークするような気持ちよさが凛月の脊髄を疾走した。このまま出してしまおうか、でも……。
 彼の視線の先には淡い茂みの下に隠された綾音の秘部があった。一度視界に納めると釘付けになってしまい、ちらりとも視線を外すことができなくなる。

「はぁっ……。綾音、指、挿れちゃうからね……?」

 あ〜あ、ほんとはもっと時間をかけて綾音の身体を慣らしていこうと思ってたのに。
 苦い本音をたらたらと胸のうちで漏らしつつ、凛月は焦眉の急を告げている己の半身をどうかこうか踏ん張りをきかせながら、綾音の秘部にまずは一本、中指を潜り込ませた。男を知らないはずのそこは本来ならば固く閉ざされていて異物の侵入は苦痛を伴うだろうに、綾音の中はむしろ歓迎するように襞を流動させて凛月の指を締め付ける。まるまる根元まで埋めても綾音の表情に苦痛は見られないことから凛月は胸を撫で下ろし、さっき綾音の秘部を愛撫した際に唾液を塗り込ませていた甲斐があったな、と大きく息を吐いた。
 そろりそろり指の本数を増やして、依然と反応が鈍い綾音の顔色を窺いながら中を探っていく。くち、くち、と霑る音。存外スムーズに凛月を受け入れるための手筈は進んでいるように思えた。──だが。指先で肉襞をかき分けるようにほぐしているものの、もともとのサイズが小さいことも相俟って中は極端に狭い。綾音から見れば、男子高校生の中では標準的な身長である凛月だって大男の類いなのだ。
 できるだけ綾音にかかる負担は軽くしてあげたいと柄にもなく配意していたが、これではどれだけ慣らしても膣が裂けてしまうのではと眉を曇らせた。

「俺の、入るかねえ……」

 指を抜くと三本の質量を咥えていた秘部はひく、と意地汚くよだれを垂らすのが見える。けれど凛月の魔羅はこんな指では比にならないほどの逞しさだ。このおぞましい怪物を慎ましい穴に挿れたらどうなるか、きっと火を見るよりも明らかである。
 凛月はかわいそうなものを見るような、哀憐を含ませた瞳を伏せた。ぬかるんでいる入り口を指先で打鍵するように小突くと綾音の身体は渇望に揺れる。
 UNDEADに見初められたことが綾音の運の尽きだというのなら、凛月に目を付けられたことが綾音の数奇な運命の始まりだった。彼に、彼らに出逢わなければ、否。まず夢ノ咲に転校することがなければ、こんな風に淫靡な身体へと躾られることも、屈折した愛情に雁字搦めにされることも無かったのに。ありふれた、真っ当な恋を謳歌することができただろうに。かわいそうで、いたいけで、いとおしい綾音。

「綾音、起きて、綾音」
「……ん、うぅ……、?」

 前々から仕事で溜まっていた疲労、今日で固め打ちに憶えさせられた絶頂。二様の原因が累積してくたくたになっていた綾音が、ようやく自我を取り戻して覆いかぶさる凛月に視線を投げた。しかしいっそ気絶していたほうがよかったかもしれない、と歯噛みするのは後のこと。瞠目する綾音の視界に収まった凛月は珍しく満面の笑みを浮かべており、正視した綾音は『空から槍でも降るのでは』と妙な胸騒ぎを感じた。その笑顔に周章狼狽した彼女が阻止する間もなく、凛月は飽きもせず唇を重ねて多量の唾液を垂らし込む。
「んんん、!」飲み切れず綾音の口端からこぼれても気にしない。彼女が深すぎるキスで腰砕けになっている今が絶好のチャンスだ。凛月は己の魔羅を綾音の秘部にすり合わせ、どさくさに紛れて先走りが滲んだ亀頭を蜜が溢れる花の奥へ沈ませていった。

「〜〜〜あ゛、がッ、ぐ、ぅ……!!」
「〜〜もう、ちょっと……たえて……!」

 途方もない苦しさでのたうつ身体を封じ込めるように、凛月は自分も汗をかきながら綾音を抱きすくめる。ぎちぎちと肉襞が悲鳴を上げる音が聞こえてきそうな狭小さ。下半身を食いちぎられてしまいそうな痛みは凛月をも襲うが、針穴のようなスペースに規格外のものを捩じ込まれた綾音は上を凌駕する辛さだろう。
 血反吐を吐くような綾音の声を聞いてるのは寝覚めが悪くて、知らず知らず砂を噛んだ面持ちになる。綾音がこんなに苦しみ悶えているのに、今さらブレーキなんて利かない腰。それどころか締め付けられる痛みの中に一脈の快感を見出している、始末の負えなさ。
 ふと自嘲的な笑みをこぼすと、腰を押し進めていた凛月の背に華奢な両腕が回ってきた。絹のような軟らかい内腿が少々思い憚っていた凛月の腰を挟んで、引き寄せて──読み違えでなければ、茹だるような熱をもったそこに押し付けるように。

「綾音……?」
「ぅ、ッん、凛月、先輩、」
「ばか、何やってるの。そんなことしたら、」
「迷わ、ないで。わたし、いいです、凛月せんぱいになら、初めてを捧げても、……ッ!!?」

 それ以上は言うな、とばかりに浅く律動される。たちまち痛みで視界が眩んで口を閉ざすと、目の前の男は艶然と片笑んだ。

「……せっかく優しくしてあげてたのに。ほんとうに、救いようのない馬鹿」

 意地ずくで勇気を振り絞って言ったのに、『救いようのない馬鹿』とはずいぶんな憎まれ口を寄越してくれたものだ。ひと言「ひどい」と言ってやりたかったのに、拗ねる素振りを見せて彼がどんな反応を示すか知りたかったのに、息を飲むほど凛月がとろけた瞳で綾音を見るから、二の句なんて継げる筈もなかった。
 羽が降るようなキスを落として、凛月は綾音の旋毛に口唇を埋める。それと同時に再び下から内臓を押し上げられるような圧力がかかってきて、ギュッと瞳を閉じるとぶつ、と身体の奥のほうで何かが破れたような感覚が得られた。──破瓜だ。後頭部まで痺れるような痛みが突っ切って思わず凛月の背中に爪を立てると、彼は顔を上げて和ますように綾音の顔面中に口づけた。

「……あ、ふふ、匂ってきた……綾音の破瓜の香り……後で味見させてねえ〜♪」
「体液だけでよかったんじゃないですか……」
「それはそれ、これはこれ」

 きっぱりと清々しく言い切るものだから、綾音も「さいですか」と投げやりに答える声しか発さなかった。金切り声とまではいかなくても、挿入されてる間はずっと引き攣れた声しか出していなかったのだ。当然、喉は枯れている。明日の授業のボイストレーニングまでになんとかなればいいなぁと取り留めのない想いを馳せながら、スタミナが切れた身体から力を抜き、このままもうひと眠り就きたい怠さに身を任せる。

「ところで綾音、気付いてる?」
「え?」
「俺の、まだぜんぶ入り切ってないけど」
「………………え゛っ」

 疎眠る脳をぶん殴るように主張された衝撃的な事実。綾音は頬をひくつかせ、とるものとりあえず下を見た。けれど綾音の角度からでは結合部など見えもしない。なのに闇雲に動くと中にある凛月の男根の形を嫌でも感じてしまうから、硬直せざるを得なくなる。

「俺もこのままはキツいんだよね〜。やっと綾音とセックスすることができたのに、処女膜を破ってハイおしまい。……なんて、まさか言わないよね?」
「ぃ……」
「ねえ綾音〜〜。綾音もまだ身体熱いでしょ? 俺の唾液いっぱい飲んだもんねぇ? ねえねえ」
「う、ぅ〜〜〜!」
「綾音、……はやく俺を甘やかして?」

 拒否権なんて、与えられていない。自分の売りとする武器を重々承知している凛月は惜しみなく本領を発揮し、今なお尻込みする綾音を崖っぷちに追いやっていく。痴情の海に陥落するまで後もうひと押し。視線を彷徨わせる綾音の耳朶を軽く食んで、「甘えさせてくれないの?」と耳打ちしてやれば、彼の言うとおり身体の芯に火が燻っていた綾音は肩を竦ませた。そして観念したように眉尻を下げて「ど、どうぞ……」と凛月の首に手を回す。チョロい、小悪魔がやんちゃに舌を出した。
 まんまと術中にはまった綾音の背中と腰、それぞれに腕を回しもう一度起き上がって膝の上に乗っければ、破れた処女膜を過ぎて凶猛な魔羅が奥まで入り込んできた。またも形容しがたい苦しさに綾音は声にならない声をあげ、凛月の首元に必死にしがみつく。

「う〜ん、奥はやっぱり固いねえ……ま、今回は初めてだからしょうがないか。無事入っただけでも重畳だし。こっちはこれから時間をかけて、じっくり開発してあげるから、安心してね」
「ぐぅ、う゛、ん」

 「安心してね」という言葉にこれほどの空恐ろしさを抱いたのは初めてのことだ。しかしその危機感の正体を質すことも儘ならず、凛月は何やら探るような腰つきで縦横に揺らめくものだから、綾音は痛みと僅かな快感とで思考がごっちゃになる。それでも快楽を拾えるようになったのは大きな進歩だ。
 掴んだベストから香る凛月の匂いに包まれながら、ぼうっとした頭でいつも以上に開かれたシャツから覗く鎖骨に額をすり寄せると、ひときわ大きく突き上げられる。弾みである場所を亀頭が掠めると、綾音は足の爪先を丸め背を弓なりに反らせた。

「見っけ♪」
「いぁ、あっ、ぁっ、〜〜んんん!」

 語尾にハートマークが付きそうな声色で甘くうなる。とびきり悦い反応を示したGスポットを硬い竿で擦られるたび、綾音の脳裏では線香花火が火花を散らすようにチカチカと赤い光が明滅していた。痛みはいつの間にか消え失せ、圧倒的な快楽が綾音を支配する。
 下校のチャイムが鳴ってもふたりの理性が場を弁えることは無かった。否、理のかんぬきなど、とっくに外れている。結合部から絶えず響く水音に陶酔して、はからずも視線が交われば唾液を交換するカクテルキスに傾倒する。初めてだろうと控えることなく綾音の身体を揺さぶって突き上げて、綾音も拙くだが腰を動かして、ただただお互いの熱を貪る。獣のような情交は主導権を握る凛月の思考までも溶かしていった。
 そんな中、彼が突然ぽつりと漏らした、懇願。

「──俺から離れていかないで」
「……えっ? ふ、ぁあっ!」
「兄者に誑かされないでね、って話、!」

 可憐な彼女をめぐる事柄はそんな、平明なものではないけれど。
 香り立つ綾音の血の匂いに滾るような興奮を腹奥に据えながら強かに腰を打ち付けると、綾音は嫋やかな肢体をくねらせて何度目とも知れない絶頂を見た。絞るような締め付けに耐え切れず、凛月も続けて彼女の膣内に射精する。すべて出し終えるまで脈打つ男根を埋めていたが、精子が降りてきた子宮口を叩くたび綾音が艶っぽい声を出すからまた熱を取り戻しそうになった。
 けれど下校のチャイムが鳴った以上、ここに長居するわけにはいかない。巡回の教師か警備員に見つかったら非常にまずいことになる。面倒臭いと思いつつも己の身なりを整え、綾音の身体も傍らにあったティッシュで拭いてから制服を着せてやった。いつも凛月の世話を甲斐甲斐しく焼いている幼馴染みが目にしたら「常にそうやって動いてくれよ!」と頭を抱えそうな光景だが、いずれの行動も下心あってのこと。

「ふふ、今日はいい夜になりそう……めいっぱい楽しもうねぇ、綾音♪」

 どうやら、今夜の綾音は仕事も眠ることもできなさそうだ。ピジョンブラッドの瞳を爛々と輝かせながら、凛月は足腰が使いものにならなくなった綾音を軽々とおぶる。ちょうどそのとき、枕の横に置いてあった綾音のスマートフォンに新しい通知が入ったことに気付いたが、それを易々と教えてしまったら綾音の意識は機械に注がれてしまうだろう。そんなの面白くない。
 彼はロック画面に連なった平仮名だけの文章を流し読みし、冷めた目でそれをスクールバッグへ投げ入れる。新着順で更新されたトークアプリには、凛月が今最も見たくない名前が表示されていた。



いつもお世話になっている友人への誕生日プレゼントとして捧げたブツ。
朔間兄弟に奪り合われる夢(凛月メインの裏)とのリクエストでこうなりました。最後の最後まで存在をちらつかせる兄。
それとこれは入れられなかった蛇足ですが、皇帝が示唆していたのは「妖精を己の領域に引きずり込もうとしてたのは朔間兄弟だけど、実際に篭絡されて引きずり込まれた(足をすくわれた)のはどっちだろうね?」って話でした。タイトルにもちょこっと関係してる。
途中で語彙が尽きてなかなか苦戦しましたが楽しかったありがとう!そして誕生日おめでとう!


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