百の言葉よりもひとつの温もり。 ひとつの称号よりも貴女の微笑みが欲しい。 だからどうか、もういちど、 「申、」 貴女が私を呼ぶ声が好きだった。 時折差し出される柔い手のひらが、向けられる視線が、浮かぶ微笑みが。総てが自分を雁字搦めに篭絡する。 愛しい、愛しくて愛しくて愛おしいのだ。 この人をこの手で×してしまいたいほどに。 憎き鬼の手なぞに奪われる前に、いっそ自分の手で奪えてしまえたら。 そんな禍々しく毒々しい感情を守るべき主に抱きつつも、側に居ることを許されている現状に甘えている己自身に虫酸が走る。 守れ。奪え。 ────何もかも壊してしまえ。 心の中が風波を立て、ギシギシと不協和音を奏でる。 それでも自分が自分を保っていられるのは、血よりも濃い呪縛が理性を縛り付けるから。 もがくのはもう疲れた。 それでも尚届かない存在に手を伸ばし焦がれるのは、遠い昔に交わされた誓いがあるから。 私達は求め続ける。 いつかこの想いが報われるまで、解き放たれるまで。 「──少々妬けます」 だから、迂闊だった。 意識せずぽろりと口から漏れた言の葉に彼女が目を丸くしている様子を見て、はぐらかすために咄嗟に部屋へ促した。 上手く事は進んでいた。筈だった。 聡い彼女に悟られることなく、誰にもこの懸想を勘付かれないよう距離を置いて接していたのに。 高鳴る鼓動は厭に脈打っていた。 彼女に触れた手は震えていなかっただろうか。何か不審には思われなかっただろうか。 (だって、綺麗だったんだ) 桜を見上げる彼女の横顔が、この上なく。そして憎らしかった。彼女にあんな熱の籠った瞳で見られていた桜が。 植物にまで嫉妬するなんて、どうかしている。自嘲の笑みを落とし、姫の部屋の前から踵を翻した。 想いは日に日に膨れていく。 水風船のように萎むことを知らず、今か今かと爆発の刻を待ち望んでいる。 その時自分はどうするのか。 不可視の未来に思いを馳せて、いずれ訪れるだろうその日に懺悔を託した。 |