今日もまた、ゆめをみる。 追い求めて追いすがって、助けを求めて手を伸ばして、救いが欲しくて救われようとせめて自分だけはと、もがいて、足掻いて。 ──突き放されて。拒んでも味わう絶望に慟哭して。 然れど己よりも辛そうに歪む彼の表情のほうがより痛々しくて。もう哀しませたくない。呪縛から解放してあげたいと思うのに、申が自分から離れるのは嫌だと駄々をこねる私が確かに存在する。 そういう葛藤に苛まれている時ほど色鮮やかな夢をみて、最後では必ず幾度となく朽ちていく私と瓜ふたつの個体に、反吐が出そうだった。 「──……酒を勧む」 君に勧む金屈后。 満酌辞するを須いず 花拓けば風雨多し 人生、別離足る。 「……勧酒、で御座いますか」 「一杯貴方もどう? 申」 酒が並々と注がれた盃を傾け、女はまだ幼さを残す顔立ちに嬌艶な笑みを浮かべて扉の向こうに佇んでいるだろう男を誘って魅せた。しかし誘いは「自分は只今務めの最中なので」と呆気なく断られ、予想通りの答が返ってきたことに女は失笑を堪える。 嗚呼、吐きそうだ。 空っぽの胃が酒で満たされ、脳だけは麻痺して満足させられても、この空虚なこころだけは満たされない。 側に男はいるのに手は届かず、意外と勇気を振り絞って問い掛けた誘いも無碍に断られ、踏んだり蹴ったりだと空に浮かぶ朧月を見上げ女はひとり酒を呷った。 薄く開いた窓から涼やかな風が入り込み、薄桃色の髪を細く揺らす。まるで今の不安定な自分のようだと、宙に浮いた髪が再び肩に掛かる様を見て神楽は静かに瞳を伏せた。 すると襖の向こうから息を飲む気配がして、男が何か言葉を発しようとしている様子に気付き、女はそのまま耳を傾けた。 「私は、あまりその詩が好きではありません」 「なぜ?」 「……この勧酒、という詩には別の者が解釈した詩も御座いますが……どうも私は、どちらも好きにはなれないのです」 「……さよならだけが人生だ──ね」 神楽は正しくその通りだと思った。 勧酒の詩は遥か昔の人物が残した言葉だが、人生には別離がつきものだという意味を暗に示し、それでも尚どこか希望のあるような詩。だと神楽は思っていた。 けれど申は好まないという。……なぜか、だなんて問いはそれこそ彼にとって愚問にしか過ぎないのだろう。 ひと口酒を含み、ぴりっとした辛味を舌に滲ませながら出す筈だった言葉と共に嚥下する。 なんて、苦いのだろう。 ふっと自嘲の笑みを落とした。襖越しにある温もりは、女の想いに気付くことはない。 (それで、いい。) 盃を握る手にはいつの間にか力が篭っていた。苦しい、くるしい。この想いを解放できるのは貴方しかいない。だけれど貴方を柵から解放するには、私ひとりの力では到底足りない。 ────なんて無力な。 幼馴染みはこんな私を嘲笑った。 本来己に仕える筈の僕にこのような心を抱いても、蛇の道は蛇にしかならないと。自分でも分かっていた。 己の身を戒める鬼が、今世では全員揃っていないこと。果たしてどこに存在するのか所在さえ未だ不明のまま、生き延びようと足掻く姿を晒すことは尚更彼の首を絞めるだけだ。 ……わかって、いた。 代々の″姫″の死に様も。 己の鎖骨下にある呪いがどういったものなのかも。制限時間が、己の気持ち次第で徐々に縮んでしまうことも。 今はどれだけの時間が自分に許されているのだろうか。あとどれくらい?どれほどの時を、彼と共に過ごせるの? 盃を放し、自分の体を抱き締めた。 盃が畳に転がって、音に気付き異変を察した申の呼びかけを無視して瞳を閉じる。月明かりが、やけに癪に障る。 (いっしょにいたい、) 酒とともに飲み込んだ筈の言の葉が胃からせり上がってくる。そんなことは無理だと、知っている筈なのに。 それでも望んでしまうのは。 「──姫っ!!」 この人のことが、こんなにもいとおしいから。 涙で滲む世界に手を振って、女はただ、取り繕った笑顔を男に向けて魅せた。 あいしています。 たった七文字の言霊に、胸をきつく締め付けられても、それでも私は。 |