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「主な被害状況を報告します。現在、格納庫の約三分の一が砂状化。ゼータのスリープモードが解除できていません」
窓から差し込む人工太陽の眩しすぎる光が、ガンダムの意識の浮上を助けてくれた。
「スリープモードならまだいい。ガンダムはまだ電源すら入らないのか」
「再起動を試みています」
意識が少しずつ浮かんできた頃、ガンダムはいろんな機体の声をぼんやりと聞いていた。周りはバタバタと騒がしい。なにが起きたのか、何もわからない。
「ガンダム、起動しました」
「じお……」
「大将へ報告してくる。そのまま待ってろ」
ジ・オはガンダムにそう伝えると、どこかへ行ってしまう。待てと言われたので、虚空を眺めてぼうっと呆けていると、頰を軽く叩かれる。ガンダムの頰を叩いた赤い手が、スッと引っ込んでいく。
シャアザクが、半ば呆れたような顔でガンダムの顔を覗き込んでいた。
「ようやく起きたか、寝坊助」
「……ぶったね……親父にも、ぶたれたことないのに」
「なんだ、割と元気そうだな。アレが直撃したはずなんだが」
ゆっくりと身体を起こそうとして、全身が軋んで悲鳴を上げ、めまいがした。
「そのまま待っていろ、と言われただろう」
「何が起きたのか、記憶がない。∀の月光蝶が展開したのは覚えているけど」
話を聞くと、どうやらデータ移行時に発生した熱によって∀のナノマシンが暴走し、月光蝶が発動したらしい。それも、ガンダムの目の前で、だ。その影響で近くにいたガンダム、ゼータは強制的に電源が落ち、格納庫の一部は砂と化した。
「場を離れたヅダや私たちにまでは、影響は及ばなかった。月光蝶発動と同時にすぐ対応できたおかげで被害も少なく済んだ」
あの時、シャアザクは格納庫から出て行こうとした大将とメタスを捕まえて、三機でプールからクーラントを汲み取って準備していたらしい。
「対応って、なにをしたんだ?」
「アイツの頭にクーラントをぶっかけた」
頭から浴びせて冷やしたことで、発動途中だった月光蝶を強制終了させた……らしい。
「あ、ガンダム起きた?」
ベッドに近づいてきたのは、白いタオルを被った∀だ。シャアザクが「なんだそのタオルは」と訊くと、ムッと拗ねたような顔をする。
「冷却水の拭き取り用。あなたのおかげで、頭からかぶったからね」
嫌味ったらしく伝えてきた∀の足元に、小さな機体がコソコソ隠れていた。あのSDのガンダムだ。その背中には、薄い紺色の蝶の羽が生えている。
「羽が、ついてる」
「∀のデータを元に、背中のガンダニュウム合金が変形して、蝶の羽のようなものを作ったようだ。まるで自分が∀の子供であると言いたげにな」
SDは∀の後ろに隠れて、チラチラと上目遣いでこちらを見てくる。∀よりも少し薄めの黄色の瞳が印象的な子だ。シャアザクが手を振ると、驚いたように目を見開いてから、∀を盾にして隠れてしまう。
「ほらメイズ、怖がらなくても大丈夫だよ」
メイズ、と呼ばれたSDは、それでも∀の足に抱きついたまま、動こうとしない。興味はあるものの、人見知りをしている様子だ。
「メイズ……その子の名前か」
「うん。ぼくが名前をつけていいって、ガンダムが言ってたから。ダメだった?」
「ああいや。メイズか、いい名前だ」
ガンダムはなんとか立ち上がり、メイズと視線を合わせるためにしゃがみ込む。ガンダムが「おいで」と名前を呼び手を広げると、メイズはフラフラと歩いてきて、胸に飛び込んで来る。
「わあ、なんかぼくまで嬉しい」
メイズの頭を優しく撫でると、ガンダムの頭をぎゅっと抱きしめてくれる。そして、「おはつにお目にかかります、父上」と、とうもろこし色の瞳でじっと見つめてきた。
「ち、ちち、うえ?」
「はい。あなたが父上だと、母上がそうおっしゃっていました」
母上、と言われた∀がへらりと笑う。刷り込んだモン勝ちというわけか。∀がガンダムを父だと言った理由は、あえて言われなくても分かっている。
「えーと、言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずその口調はナシだ」
「くちょう、ですか」
「ああ。オレたちはみんな家族だ。いちいち畏まる必要性はないよ」
なあ、とシャアザクに振ると、彼はあからさまなくらい大きくうなずく。
「でも……」
メイズはうろたえて∀を見やる。ガンダムが立ち上がって∀にアイコンタクトを送ると、∀はゆっくりとうなずいて「ほら、言ったでしょ」とメイズに返した。
「ぼくに話すみたいな感じでいいんだよ」
「……うん」
メイズはガンダムを見上げ、「父さん」と笑った。その笑顔に∀の面影を残している。
「おお、笑うと∀に似てるな」
「この笑い方はガンダムに似てねーか?」
いつの間にか戻って来ていたジ・オが、話の間に割って入ってくる。ジ・オの背中に隠れていたヅダは「ガンダムはもう少し、卑屈っぽく笑うだろ」と口を出してくる。
「いや、ガンダムだってこんな顔することもあるよ」
ゆらゆらと身体を揺らすように歩いてきたのは、ゼータだ。足元がおぼつかない彼の身体をメタスとクィンマンサが支えている。
「あまり無理はしないで、ゼータ。まだ目が覚めたばかりなんだから」
「父さんはムチャをしすぎだ。若くないんだって、いつも自分で言ってるくせに。あまり母さんに心配をかけさせないで」
「クィン、もうそのくらいで許してあげて」
「母さんからも言ったほうがいい、近ごろの父さんは仕事ばかりでつまらない」
クィンマンサにグサグサと言われても、ゼータはその通りだ、と言いたげにうなずくばかりで、なにも言い返さない。
「スリープモード、解除できたんだな。寝てなくて平気か」
「平気だよ、ジ・オ。それに、これだけは確認しておかないといけないから」
メイズを見つけ、ゼータはゆっくりと彼の前に膝をつく。
「この子の名前は?」
「メイズ。ぼくが付けた」
「そうか。よしメイズ、少し身体を触るよ。機体外装、バックパックの変形が見受けられるが、目下異常なし。四肢の可動、極めて良好。異常なし。大丈夫そうだね。データの移行も、全て終わってる」
「じゃあ、」
「うん。出産おめでとう、お疲れ様」
∀の表情が華やかにほころび、嬉しそうにガンダムに抱きついた。
「よかった」
「ああ、よかった。オレもすげー嬉しい。みんな、ありがとうな」
ガンダムがお礼を伝えると、その場にいた皆、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「お前がこのコロニーに来てから、毎日騒がしくて仕方がない」
メタスがガタン、と崩れ落ちた。慌ててゼータが駆け込み、メタスの身体を支える。
「ご、ごめんね。なんか安心したら、身体の力が抜けちゃって」
「母さん、平気?」
「平気よ、心配かけさせてごめんね」
ゆっくり立ち上がったメタスは、∀の頭を撫で「おつかれさま」と笑った。
「えへへ、ありがとう」
「あなたもお疲れ様、ガンダムくん」
「オレは側にいるのが精一杯だったから、なにもしてないよ」
「そんなことないわ。ね、∀」
話を振られた∀は、そうだね、と言いたげに微笑んだ。そこに大将が割り入ってくる。
「さて。基地に甚大な被害をもたらしたガンダム、∀には相当の処分を受けてもらう。いいな?」
珍しく怒っている様子の大将に、ガンダムが内心ビクビクしていると、空気を読まずにゼータが大将を呼ぶ。
「ねえ、しばらくお休みをもらってもいい? 寝たい」
「話の途中で入ってくるな、まったく……ゼータ、メタス。お前達も含めての処分だ。今言い渡す」
その言葉にガンダムが慌てて「ゼータやメタスは関係ないだろう」と食いついたものの、大将に「最後まで話を聞け」と一蹴された。
「本当は怒ってないくせに」
「話を遮るんじゃない。ガンダム、∀、ゼータ、メタス、お前達四機には一週間の謹慎を言い渡す。自室で待機だ」
その言葉に、シャアザクが小さく笑うのを、ガルマザクは聞き逃さなかった。
「なんだ、シャアザク。お前まで」
「いいや。どうぞ、私なんかに構わず、続けてくれたまえ」
「む……まあいい。謹慎処分を言い渡すが、私は忙しいからな。お前達を哨戒のシフトに組まないようにすることはできるが、お前達が部屋から出たり、外へ遊びに行かないように逐一監視はできない」
「それって」
「休み……いや、失礼。謹慎期間中は、自己管理を徹底すること。いいな。私からは以上だ」
大将は言いたいことを一通り伝えて、満足そうに踵を返す。シャアザクが「優しい坊っちゃんだな」とわざと聞こえる音量でからかったが、彼は振り返ることなく格納庫を後にした。
「僕、もうねる」
ひと段落したところで、自室に戻ろうとするゼータたちを、ジ・オが呼び止める。
「すまないが、私もその……Chデータだったか? そのデータに関して詳しく話を聞きたい。どこかで時間をくれないか」
「それなら、ぼくがせつめいする」
そう言ったのは、メイズ本人だった。∀とそっくりな綺麗な目をして「まず、父さんと母さんがなかよくして、」と言い出したところで、ガンダムが雄叫びを上げながらメイズの口を手で塞いだ。周囲がざわつく。
「お前……」
「いや! これは、ちっちがうんだ、決して無理やりとかじゃなくて、だな、もちろん許可を取って」
「許可って、なんのだ。誰の?」
ジ・オに追求され、背筋が凍りつき、血の気が引いていくような気がする。ヤバい。あからさまに慌てふためき、明らかに墓穴を掘った。
「その慌てぶりだと逆に怪しまれるぞ」
「今更、言われても」
この数時間の間に、シャアザクの呆れたため息を何度聞いただろう。
「……ん、メイズ。自分のデータができた時の記憶あるの?」
メイズの言葉に食いついたのはゼータだった。ギラリと目が輝く。ふらついていたのが嘘みたいに、確かな足取りでメイズに向かい合う。
「うん」
「クィンマンサの時はなかった。その話、詳しく聞かせて」
「ちょっと待て。メイズ、オレの目を見てくれ」
嫌な予感がするガンダムは、しゃがんでメイズと視線を合わせ、彼の頭を優しく撫でる。そして額同士をくっつけると、メイズの意識と、記憶が流れ込んできた。∀とガンダムの子であるということが、明確に記録されている。間違いない。彼の記憶こそ、確かな証拠だ。
「……あの時、か」
「うん、あの時」
「ああ。大体わかった、ありがとう」
メイズを抱きしめてから、ゼータに「オレが説明する」と伝えると、彼は静かにうなずいた。
「とりあえず、落ち着いてからにしよう。改めて時間を取れるように、大将に伝えておくよ」
「いや、それは私が行こう。ガルマザクには礼も伝えねばならんからな」
そう言ったシャアザクは、ニヤリと口元を歪ませた。大人が悪いことを考えたような、そんな笑い方だった。
「その笑い方、なんか勘違いされねえ?」
「お前と一緒にするな。さて、私も仕事に戻るとするか」
「私たちも、謹慎しますか」
「そうだね。僕も少し寝たあとで、久しぶりにクィンと遊んであげたい」
メタス、クィンマンサを連れて、ゼータは自室に戻る。
「さて、私も少し休ませてもらおうかな。ここのところ働き詰めだからな。ジ・オもいくぞ」
ぐぐっと大きく伸びをしてから、ヅダがジ・オの背中を押しつつその場を離れる。それぞれの理由で、各々格納庫から出ていってしまう。その場には、∀とガンダム、そしてメイズの三機だけが残った。気を遣ってくれたのだろう。優しいモビルスーツたちだ。
「ようやく一息つけるな」
「大変だったぁ」
労いの意味も込めて、∀の頭を優しく撫でる。幸せそうに笑う∀を見て、ようやく胸を撫で下ろした。
「ぼくもー」
「お、なんだ。みんないなくなったからか?」
ガンダムが、上目遣いで抱きついてきたメイズを抱きしめると、彼の小さな手がぎゅっとお返してきた。母性というべきか父性というべきか、ともかく親心のようなものが、ガンダムの中で芽生えた気がする。
「素直な子だな。∀にそっくりだ」
「思い切り甘えていいよー。ね、ガンダム」
メイズの重さに、自分がこれから背負うべき責任の重さをかさねてしまう。
「家族、なんだな。オレたち」
「さっき、ここにいるみんなが家族だって、ガンダムが言ったんだよ」
「いや、まあ……うん、そうだな」
∀の瞳に、柔らかく優しい光が灯る。今まで見たことのないくらい情に満ちた表情に、目を奪われた。優しい表情は、すぐにイタズラっぽく変わっていく。
「ねえ、今度はガンダムがママになってね」
「ハハ、無茶言うなよ」
「メイズだって弟か妹、欲しいもんねー?」
三機で仲良く笑う。ガンダムの中に宿る、新たな命が鼓動する音には、まだ誰も気づいていない。