かわいい
「…俺にも嫁はいる」
「……お前冗談言えたんだな…」
鬼を始末した帰り、何の偶然か宇髄と出会った。たまには話をという誘いを断ると宇髄の口から「だから女の1人もいねーんだよ」と出た言葉につい、反応してしまった。
冒頭でも言った通り俺にも嫁がいる。だいぶ、、何と言うのだろう。表現しにくい雰囲気の嫁だ。
信じられないとでも言うのか目の前にいる宇髄の表情はいまだに混乱の色が見える。
「俺は、冗談が言えない」
「はーーー、そうかよ。で、いるとしてどんな奴なんだよ」
「…分からない」
「嫁なのにわかんねぇのかよ。例えば見た目とかあるだろ!」
見た目の話か。性格は、本当になんと言ったらいいのか分からない。派手ではないので、派手で例えるのはやめてほしい。
「派手に胸がでかいとか顔は小さいとか」
そういいながら、宇髄は街にいる若めの娘を指さしていく。
あいつに似ているのなんて…ああ、あの後ろ姿は似ているな。背丈も同じくらいだ。
冨岡がそう思って、街中を歩く女を見ていると、宇髄も冨岡の視線に気が付きあとを辿る。そこには小柄な女がいた。キョロキョロと周りを見渡しているあたり、誰かをさがしているのだろう。
そこで宇髄は気が付いた。
冨岡の雰囲気が変わったことに。そして、女がこちらに向かってきていることに。
「おーい!義勇さーん」
「おい、あれ…」
「なまえ…」
宇髄は冨岡の事を嘘はつけそうにないやつだなと思っていたが、嫁の話は信じていなかった。いや、まさかと。
しかし、目の前に迫ってくる女と冨岡が呟いた名前らしき言葉。
これはまさかのまさかである。
「お仕事、終わりましたって鴉さんが教えてくれたのでお迎えに来てしまいました」
「文は、読んだのか?」
「もちろんです!」
どういうわけか冨岡の顔色が優れない。文とは、鴉に持たせたものだろう。その文とは異なった行動でもしているのであろうか。
状況にもよるが、俺だったら嫁が迎えにきたら嬉しいに決まってる。こいつ、嫁の前でも無表情なのか?
「俺は、待っていろと」
なるほど。それは問題だな。
「でも、義勇さんが寂しそうだって鴉さんが言っていたので…」
なるほど。かわいい奴だな。
「と、言うか本当に嫁いたんだな」
「はっはじめまして、なまえと申します」
言葉を詰まらせながら挨拶してくる女に、自分も自己紹介をする。いつものあれだ。
「神様だったんですね!失礼いたしました!神様は義勇さんと同じ鬼殺隊の方なんですよね!」
「おう!派手に暴れてやってる」
「なまえ、帰るぞ」
「あ、はーい!」
「先に行っていろ。俺は夕方に戻る」
「はい、夕飯は義勇さんがびっくりするようなものを準備しておきますね!」
嫁の方をみていたからこいつがどんな顔をしていたかなんてのはわからない。だけど、だいぶ雰囲気が柔らかかったな。
「なんだ、可愛い嫁じゃねーか」
「………」
「ん?なんだよ?」
俺の言った言葉に見開いた目を向ける冨岡。なんだ、変なこと言ったか?嫉妬か?
「そうか…」
「あ?」
「ああ、あいつは可愛い奴だ」
「……ノロケかよ!!」
ずっと、なんと言い表したらいいのか、わからなかった。こんな、口下手な俺についてきてくれて笑いかけてくれるあいつを見る度、俺の心のなかに凝り固まった疲れや憂い事が晴れていった。そういう気持ちにさせてくれた。
そんなあいつをなんと言ったらいいのかわからなかった。
「あ、おかえりなさい!」
「ああ、戻った」
もう一件、仕事を片付けて戻った家には笑顔で出迎えてくれるなまえ。
「お怪我はないですか?」
「大丈夫だ」
「ふふ、それはなによりです!さあ、今日は義勇さんの好きな鮭大根ですよ!」
「お前は…」
「はい!」
「可愛いな」
「…は、へぁ?!」
寒さのせいか、真っ赤に染まったなまえの顔に手を添えてずっと、言ってやりたかった事を伝えた。
「顔が赤いな」
「ぎ、義勇さんのせいですよ…」
「そうか、中に入ろう」
赤かった顔は更に赤くなり、俺の手に自分の手も重ねてくる。
そうか、これが可愛いと言うのか。