「どうもー!玄弥くん!」
「おわっおま、お前…また兄貴の所に行ったのか?!」
片手をぶんぶんと振りながら近づいてきた隊服を着ている女。
もう片方の腕には包帯が巻かれて肩から吊り下げる様になっているので折れていると言うのは一目瞭然だ。そして、頬には痛々しく布が貼られていた。
「行くなって言っただろ」
「だって、玄弥くんと恋仲になるには義兄さんの承諾が必要でしょう?」
「うっ……こんな、傷作って欲しいわけじゃない…」
そう、なまえがこんなに傷を作っているのは俺のせい。
頬に貼られた白い布にはじんわりと赤い色が滲んでいた。きっと兄貴の蹴りか何かを食らったのだろう。そっと手を置くと一瞬、驚いた様な表情を浮かべ、すぐに口角があがる。俺の好きな笑顔。
「玄弥くんの為なら何のその!」
「女が顔に傷なんてつけるもんじゃねぇよ」
「初めて会った時も同じこと言われたね」
たぶん、最初に惚れたのは俺の方だったと思う。任務で腕を落とされてた所になまえが来たんだ。
「君は腕の止血に専念して!」
「お、俺は大丈夫だ…腕もくっつくから」
「え…あれ、ホントね」
落ちた腕を拾ってくっつけて見せるとじわじわと切断された部分の皮膚が広がっていき傷口はなくなっていく。
その光景を驚いたように見て、本当に腕がくっついているのか確認するように触り始める。いや、普通気持ち悪がるだろ。どんな頭してんだって、その時は思った。
驚いて気が抜けていたのが良くなかった。まだ、鬼は倒れていない。音も立てずに俺の後ろに迫ってたんだ。
「っ!」
「っおま!!」
「蹴飛ばしちゃってごめんね!」
気がついた時にはなまえが俺を庇って前に立っていた。
刀で鬼の持っている鉈を防いでいる。振り返ったその顔にはぱっくりと開いた傷から血が流れていた。
鉈を弾き、下に屈むとそのまま鬼の首に目掛けて一筋の光が走る。鬼は呻くこともなく、静かにさらさらと消えていった。
パチンと刀をしまうなまえにずかずかと近づいて腕を掴んだ。
「俺は大丈夫だって言っただろ!」
「言ってたね」
「俺を切って油断してる間にも鬼の首を切れば良かっただろ!何考えてんだよ!」
「だって痛いのは嫌でしょ」
言ったはずなのに。俺は大丈夫だって。すぐ治るから、なのに……こいつは笑ってバカな事をさらっと言ってきた。自分も頬切って痛てぇはずなのに。
「女が顔に傷なんてつけるもんじゃねぇよ」
この時点でもう、惚れてたんだ。まあ、でも俺なんかと一生を添い遂げるなんて幸せに出来ねぇと想ったから、影ながら守れたらいいと思ってた。
なのに、何故かなまえの方が寄ってきて迫ってくるんだ。異性は少し、苦手って言うか、その、なんだ。慣れてない俺にとったら対処出来なくて、つい、口が滑ったんだ。
「あ、兄貴の許可が出たらな!!」
「義兄さんの許可が出たら恋人になってくれるの?」
りょーかーい!と軽く言って、走っていくなまえにポカンと口を開け見送ってしまったが、冷静に考えて、今の兄貴は何をするかわからない。
それに気がついて走って後を追いかけるが遅かった。
「なんだ、てめぇ…」
「鬼殺隊隊士、階級乙、みょうじなまえと申します!」
「だから、何の用だってんだよ!!」
「玄弥くんとお付き合いさせて頂きたく、ご挨拶に参りました!」
「…………は?」
遅かった。塀越しに聞こえてくる大きななまえの声と兄貴の声。
俺の額からは汗が止まらなかった。
兄貴がどんな表情を浮かべているかなんて想像できない。けれど、空気が重い。
「てめぇ…鬼殺隊士なんだよな」
「はい!ーーっ!!」
「こんな弱ぇ奴が乙だって?」
俺は塀にのぼり、隔てられていた庭に飛び込む。
なまえの声にならない声と何かが塀にぶつかる音が響き、すぐになまえがぶつかって来たのだとわかったから。
気絶しているなまえを抱き上げると、なまえの腕は紫色になり関節ではないところが曲がってしまっている。
「あ、兄貴!やり過ぎだろ!」
「乙っつーから力比べしただけだろ。こんな弱ぇくせに鬼殺隊を名乗りやがって…足手まといなんだよ。さっさと抜けりゃいい」
「……っ」
「おめぇもだよ。呼吸も使えねぇくせにいつまでも居座ってんじゃねぇよ」
言い返す言葉もなかった。歯を食いしばって蝶屋敷へ足を運んだ。
情けない。こうなってしまったのは俺のせいだ。やっぱり、なまえは俺と一緒にいたらダメだ。でも、このままなまえに黙って姿を消すのはなまえに申し訳なさすぎると思って起きるまで蝶屋敷で待ってた。
「いやー、やっぱり強いね!玄弥くんの義兄さん!」
「いや、腕折られてるんだぞ?」
「刺激的な挨拶だね」
「いや、いやいや!!あんな挨拶あるか…」
「玄弥くん」
なまえは俺の言葉を遮って、手を握って真っ直ぐこちらを見てきた。その、真っ直ぐな目にまた俺は捕まったんだ。
「絶対に許可貰ってくるから、安心して?」
「っ!」
ああ、本当に情けねぇな。
ここから、傷が治っては兄貴のところに行って、また怪我をして帰ってくるの繰り返しだった。
「なあ、そろそろ止めろよ」
「……私は諦めないよ。玄弥くんの事、大好きだからね!」
「ーーはぁ」
初めて会った時から変わらない、明るい笑顔を向けてくるなまえ。
「今度は俺も行くから」
「よし!じゃあ、今から行こう!」
「はあっ?!腕、さっき折られたんだろ?!」
「大丈夫!行こう!」
「まじか…」
こうなったなまえは止めることが出来ない。大人しく手を引かれて連れて行かれるが、心臓はバクバクと大音量で響いている。
「こんにちは!!」
「うるせぇ!!勝手に玄関開けんじゃねぇよ!!!何度言えやわかんだ!!ボケぇ!!!」
「なまえ、そんかずかずか入んじゃっ!」
兄貴の額にはすでに幾つもの血管が浮き出ている。なまえは玄関の扉を勢いよく開け腰に手を当てている。
何度って…毎回こんな訪ね方してたら、そりゃ怒られるだろ。
「何だよ。今度は足でも折られに来たのか?2人なら勝てると思ったのかよ!!」
「毎回折られには来てません!ご挨拶しに来たんです!」
「毎度毎度、うぜぇ」
「義兄さん」
2人会話に中々、自分は口を挟めなかった。これ以上話したらまたなまえの手足が折られてしまう。そう思い止めに入ろうと足を踏み出したがすぐに俺の足はとまった。なまえが俺の手を握って自分の方へ引き寄せたから。
引き寄せられた俺の体はなまえの横にぴたりと並び、兄貴の真っ正面へとくる。
「玄弥くんは、守られてばかりの人ではありません。一緒に立ち向かえる人です。私はこの人と背を預け肩を並べて歩んで生きたいんです」
「………」
なまえがここまで言ってくれてんだ。俺が何も言わなくてどうする。早く伝えろ。
「お、れ…俺は!なまえを守りたい。強くなって、兄貴にあの時の事を謝らせてくれ!!」
「……何の事か知らねぇ。2人で勝手にしてろよ」
ぴしゃんっと、それだけ言い残して兄貴は玄関の扉を閉めた。俺もなまえも暫く立ち竦んでいたが、なまえが俺に抱きついてきたことにより思考が戻ってくる。
だき…抱きついてっ?!
「おっおいっ!!」
「玄弥くん玄弥くん!今の義兄さんの言い方優しくなかったですか?!これ、もう公認ってことでいいですよね?!」
「わかっ、たから!!」
腕に抱きついて、きたなまえを落ち着かせて、ここで騒ぐとまた兄貴にぶちぎれられるから、帰り道へと着かせる。
「これで、私たち恋仲だね」
「うっ…そう、だな…」
「…私が恋人なのは嫌?」
「はっ?!んなわけ…ない…つーか……」
眉を八の字にしてこちらを見ていたが、的はずれな事を言われてすぐに否定すると、頬を緩めて笑顔をこちらに向けるなまえ。本当に、くそ…可愛い。
俺はこの笑顔に弱い。
「これからよろしくね、玄弥くん!」