袖をひかれる





裾を引かれたらそれの合図。

彼は任務が終わった後によくその合図を出す。たぶん、今夜も昼近くまで私の体は動けなくなるんだろうな。



「時透くん」
「遅かったね。誰かに捕まってたの?」
「同期の隊士とお話してたの」
「ふーん」


彼と私の出会いは藤襲山の最終選別だった。
私よりも年下のこんな子が大丈夫なのかなと強く印象に残ってる。私も腕には自信があったけれど、この子は比にならなかった。彼はたった2ヶ月で柱になってしまったのだから。

そんな彼と私がどうしてこんなに親しく話しているのか。

お館様に頼まれてしまったから。時透くんの面倒を見て欲しいと。なんでも、彼は色々とすぐに忘れてしまうらしい。そんなバカなと思ったけれど、名乗った次の日に名前なんだっけ?と聞かれて本当なのだと実感した。

毎日会うようにしてやっと名前を覚えて貰った。あと、今でも私の事を忘れないのは、きっと強烈な出来事があったからだ。





それはまだ、時透くんが柱になる前の事。

その時すでに私よりも遥か上の階級にいた時透くんと鬼殺隊になってから何年か経つ人と3人での任務に行った帰り道。

時透くんが一瞬で鬼を倒してしまい、私ももう1人の隊士もすることなく終わってしまった。その事が気にくわないのか知らないが、自称ベテランの隊士があそこはああすべきだったこうするんだ、など、べらべらと1人で話をし始めた。
時透くんも私もそんな事に聞く耳もたず、スタスタと歩いていたが、その隊士は聞いているのか?!と大声で怒鳴り始めたのだ。

そんな隊士は時透くんの一言により完全に頭に血が上ってしまったのだろう。


「なんでそんな無駄な動きを教えようとするの?」
「〜〜〜ってめぇ!!!」


止めようとした私の声も、女は黙ってろ!!と理不尽な言葉のせいで掻き消されてしまう。これは頭くるよね。私も頭の血管がきれてしまった。


「女も知らねぇガキが生意気言ってんじゃねぇよ!」
「………」
「いや、鬼1人倒せない男が意気がらないで下さい」


何も言わない時透くんの代わりに口を出す。いや、ちょっとムカついてしまったので。すると、隊士は黙って私に近づいて手を振りかざす。
真っ直ぐ前を向き隊士の次の行動を見据えていると、隊士の横腹に時透くんの鞘が打ち込まれる。



「いっ、!!!」
「それ以上みっともない真似しない方がいいんじゃない?」


呆然とする私は、行くよと時透くんに腕を捕まれて、うずくまる男の横を通りすぎ帰路へ着いた。

汗をかいたであろう時透くんの為にお風呂を沸かして、夕飯の準備をする。時透くんはいつも通りに過ごしているので、さっきの事はきっともう忘れてしまったのだろう。

お風呂から出た時透くんと私は黙々とご飯を食べていた。



「…女を知らないってどういう事なんだろ」
「っぶ…」


珍しい、気にしてたんだ…。

でも、なんて答えたらいいんでしょうか。恐らく、あの隊士が言っていた意味は女とまぐわった事もないガキのくせにと言う事だったんだと思う。時透くんにそのままの意味を伝えていいのか。そもそもわかるのか。



「まあ、女とお付き合いした経験もないくせにって事なんじゃないですかね」
「そんな経験が必要なの?」

いや、個人的にはいらないと思う。
だけど、大人の階段を上る1つの行為だからじゃないですかね?と適当に答える。


「僕の体はまだ子供だと思う」
「そうだね。まだ育ち盛りだと思うよ」
「でも、大人の階段を上る行為は出来るよ」
「へー」

もう、この話おわりにして欲しい。仮にも私、女なんですよ?女と下の話をするってどうなの?


「ねえ、なまえ…僕に教えてよ」


言葉の意味を理解出来なかった。教えてって何?
夕飯を食べ終えて布団の準備をしていると布団の上に座った時透くんが急に身を乗り出してきて、裾を引かれる。近い。



「さっきの行為の事ですか?それなら無理ですよ。そういう事は夫婦になってからするものなんですから私にもまだ経験ないし」


ぼすんっと重さのかかった音が耳元で聞こえた。肩にかかる重さで自分が布団に倒されたのだと、やっと認識する。話の途中で時透くんに押し倒されたのだ。



「まだって…相手と予定があるの?」
「いや、ありませんけどね」
「じゃあ、問題ないね」


いや、あるわ。

そこからの時透くんは本当に初めてなのかって言うくらい手際が良かった。え、天才肌って何でも出来んの?天才だから?

私の抵抗なんてむなしく、こんなに可愛い姿形している男の子に勝てなかった。

弟の様な存在だと思ってた。だから、体を求められるなんて思ってもいなかった。何が彼の探究心をくすぐってしまったのか。ゆさゆさと揺れる体と与えられる快感に身をよじらせながら考えたけれど、わからなかった。



「はぁ…時透くん…もう、これっきりにしてね」
「わからない。これが大人の行為なの?」
「………さあ」
「なまえ、まだわからない」
「…………」


この時に感じた嫌な予感はやっぱり当たっていた。この出来事の何日か後に別々の任務に行った帰りに偶然会った時。お互いに疲れた顔をして、時透くんの方も手こずった相手だったらしい。



「お疲れ様」
「……なまえ」

道の真ん中、羽織の裾をくいっと引かれる。


「なまえ、早く帰ろう」


ああ、後はご想像通り。疲れた体のどこにそんな体力があるのか。
彼とは違って私には抵抗をするなんて体力はない。口ではかなり抵抗したけれど、ほら、時透くんって話を聞いてもあんまり自分を変えることしないでしょ?勝てるわけなかった。

裾を引かれた後にはあの行為。



「時透くん今日は寝ます」
「なんで?」
「疲れたから」
「僕が動いてるから寝てていいよ」


なんでこの子はそれで私が寝れると思ってるんだろう。そんな触られれば反応してしまうに決まってるじゃない。


「ほら、横になって」
「ちょっ……」

でも時透くんはそれがわからない。
今日は本当にしたくない。彼の腕を振り払おうと思った。けれど、横になった私の体に添うように抱きついてきた時透くんを離す事が出来なかった。


「今日は…これでいいから……」


それが、まるで母親にすがる子供みたいだったから。


きっと、私はこの行為を結局は許してしまう。この子の興味がなくなるまで許してしまうのだろう。本当に嫌なら家を出て行けばいいんだ。でもそれをしないって事は……

そのくらい私は駄目な人間で、時透くんに甘いんだ。



- 27 -