「時透さま!お背中流しましょうか?」
「……いや、いいよ」
柱稽古が始まってからやって来た隊士の中に変わった子がやってきた。
正直、覚えはいいと思う。後は体が慣れればもう、次へ行ってもいいと思うんだけど、本当に変なこの子だ。
「時透さまはどんな料理がお好きなんですか?」
「今度、一緒に作りませんか?」
「時透さまはお花の冠など作ったことはございますか?」
「最近は大柄の着物が流行りの様ですよ!」
ここ、最近で僕が困った彼女からもらった言葉たちだ。なんで、こんなに話しかけてくるのかがわからないし、内容なんて更にわからない。
1度鬱陶しくて、きつく言った事があったんだけど…。
「時透さまは私の憧れです。私も時透さまのようになりたく、て……すみません!まだです!まだ、わからないのでもう少しお付き合いして頂きたく!!お願いします!」
「……そう。好きにしたら」
「ありがとうございます!!」
もう、なんか。めんどくさくなった。覚えはいいからもうすぐここからいなくなると思うし。
そう思ってたら、冒頭の言葉が彼女の口から出てきた。どうしていいと思ったんだろうと、珍しい感情を持ってしまった。
「どうしたら、いいと思う?炭治郎」
「なんだか、珍しいね。時透君からそういう話が出てくるなんて」
先日、体調の戻った炭治郎が柱稽古に参加してやってきた。僕にはわからないこの問題、炭治郎ならわかるかもしれない。
「それに、その子の話を聞いてると家の妹たちの事を思い出す」
「妹?」
「俺の妹たちもそんな話をよくしていたから」
「………」
「時透くん?」
「僕、妹か何かと、思われてるのかな…」
え…と炭治郎が戸惑いの声を溢す。
だけど、そうだよね。憧れだからって異性とお風呂まで一緒にっていうのはさすがにないよ。あの子は僕を女だと思っているんだ。
この、女だと間違ったままの状況だと、またあの質問攻めのようにされてしまうのか。
「時透さま!なまえです!今よろ…しくなかったですね。お話中、失礼しました!」
「俺は大丈夫だよ」
「…何?」
彼女が近づいて来ていたのは知っていたので、炭治郎も僕も驚いてはいない。ひょっこりと顔を出した彼女に炭治郎は優しい笑顔を向けていた。僕は、いつものあの顔。
「噂に聞いてたぱんけーきなるものを作ってみたので如何かと…よろしければ貴方様も如何ですか?」
「わあ!美味しそうな匂い!俺も貰っちゃっていいの?」
「はい!いくつか作ってみましたので!」
「ありがとう!いただきます!」
自分の後ろに隠していたお皿を出してくる。この状況。こういった状況が1日か2日毎にやってくる。話かけてくるのは毎日だけど。
「美味しい!甘いし、かすてらとはまた違ったふわふわだ!時透くんも食べてみなよ!」
「…うん」
炭治郎の隣にあったお皿をもって、上にのっている黄色くて、ほどよく焦げ目のついたものを少しだけとり口の中に放り込む。咀嚼をはじめてすぐ感じた事が口に出てしまう。
「甘い…ふわふわ…」
「美味しいですか…?」
「うん」
「それは、よかった。何よりです」
「…」
…彼女はこんなに優しく笑うのか。まともに話をしたのはたぶん今日がはじめて。だから、気がつかなかったんだ。
「ねえ」
「はい!」
「僕が男だって知ってた?」
「はい!…え?!いえ、いいえ!え?!」
「はははっ、落ち着いて。時透くんは男だよ」
驚いている彼女を炭治郎が落ち着かそうとしているが、彼女の顔はどんどん青くなってきている。やっぱり、僕を女だと思ってたんだ。
「だから、僕は君と着物を選んだり、湯船を共に出来ない」
「え。湯船?」
ああ、炭治郎には湯船の話はしてなかった。
「も、もももも、申し訳ありません…私、てっきり同じ女性で柱の時透さまに憧れを持っていたのですが…すみません、私の勘違いで時透さまには不快な思いを色々とさせてしまっていたのですね…申し訳ありません…これからは、時透さまへの言動も控えます…」
「…別にいいよ」
え…?良くない。良くないんだけど、なんで、いいよなんて言ってしまったのだろう。
彼女が体を震わせていたから?頭を下げていた彼女の顔から涙が落ちるのを見えたから?
ばっと体を起こした彼女は涙が溜まった目を見開いてこちらを見ている。
「…また、お話に来てもよろしいのですか?」
「……いいよ」
「ありがとう、ございます!」
まあ、いっか。
笑った彼女の顔を見たら何だかどうでもよくなっていた。
明日は何を持ってくるのかな。