03







「……こんにちはぁ…」


一時期だけ見慣れた門をくぐり抜け玄関の戸に手を当て控えめの音を鳴らす。
しかし、多忙な彼の事だからいるなんて期待はしていなかった。していなかったけど、返事のない戸を前にすると少し落ち込んでしまう。



「やっぱり、いないよねぇ」
「接近禁止の令が出てただろ」
「………そう、でしたね…」


よし、よく我慢した自分。びっくりして叫んで心臓飛び出るかと思った。

戸の前でうろうろとしてた自分はかなり不審者染みていたと思う。その後ろから声をかけてきたのは私の会いたかった人。



「今、隊服きてないので隊士じゃないですよ」
「屁理屈言ってんじゃねぇよ」
「……すみません、不死川さんに会いたかったので」
「…そうかよ」


不死川さんが滅茶苦茶、圧を出してくるので恥ずかしがる暇なんてなく本音をポロリと出してしまった。

それを聞いた不死川さんは怒鳴る事もなくぼそりと呟く様に私の横を通りすぎて戸を開ける。



「おい、何してやがんだ」
「えっ…と?」
「今は隊士じゃねぇんだろ?」


そのまま閉めらるのかな、と思っていた私は視線を不死川さんに向けたまま固まっていた。まさか、こんな言葉をかけるなんて思ってもなかったから。

嬉しくて胸の奥がきゅーっと締め付けられる感覚に耐えるように下唇を噛んで、赤くなる顔を落ち着かせる様に自分の着ている帯に手を当ててしまう。
早く来い。という不死川さんに下を向きつつ大人しく着いていく。



「それ、何持ってきたんだよ」
「…あ!これ!これ、不死川さんに持ってきたんです!」


前を歩く不死川さんが少し振り向き、私の手元にある風呂敷に視線を向ける。
彼の視線を向けられた風呂敷包み。今回私がここにきた目的はこの包みの中の物を彼に渡したくて来たのだ。居間まで着くと机にぽんと置いて結び目をほどいていく。包まれていた重箱の蓋に手をかけ、そっと不死川さんを見た。

よしよし、見てくれてるぞ。
彼が中身を気にして視線をくれていることを確認してパカリと蓋を開けた。



「じゃーん!おはぎです!」
「……………」
「あ、あれ…?」


あれ?不死川さん、おはぎ、好きなんだよね?
実は不死川さんがおはぎが好きだと、稽古中の炭治郎くんが教えてくれた。炭治郎くんはご飯を炊くのが上手だったので、もち米の炊き方から教えてもらって今日、作ってきたのだ。

喜んで、くれるかなと思ったけれど……目の前の彼は固まったまま目元をひくつかせている。

よ、ろこんで…る?
彼が笑顔で喜んでいる姿が最後まで想像出来なかったけれど怒ることはないかなーと思ってたんですよ。でも、これ、不死川さん怒ってない?だって、机の上にある手、滅茶苦茶握り絞めてるよ?ぷるぷるしてる。



「てめぇ……」
「す、すみませんすみませんっ!おはぎ、お好きだって聞いたので」
「……誰から聞いたんだよ」
「柱稽古で会った方からです…」


もう、不死川さんの腕、何だかよくわからない汗かいてるじゃない。そんなに怒りを抑えてるのかな?何それ、怖い。顔みれない。

とりあえず、このおはぎは仕舞って家で食べよう…。結構、自信作だったんだけどな。



「すみません…これは持って帰ります。今度はもっとマシなもの持ってきます、漬け物とか」
「マシになってねぇな」
「…すみません」

頭を下げつつ持ってきた重箱に蓋を戻そうとした。しかし、その蓋は一瞬で私の手から離されて不死川さんの手の中にいた。


「いいから寄越せよ」
「え」
「俺になんだろう?さっさと食わせろよ」
「…は、はい!」


はぁあっ嬉しい…。不死川さんが食べる気になってくれたのが嬉しくて大きな声で返事をしてしまった。それにきっと、私の口角は上がりに上がっているはず。何だかんだ言って優しい不死川さん、本当にどれだけ私を貴方の沼に引きずり込む気ですか?

台所から食器を1枚お借りして、割り箸でおはぎを取り分け様とした時。



「……ん」
「え…うぇ?!」


有ろうことか、おはぎを取り分けている私の手首を掴んでそのままパクリと自分の口の中に含む不死川さん。

そういうの良くないと思います。

貴方に捕まれている腕からどんどん熱が広がって、顔まで来ちゃってるんです。もう、汗が止まらないくらに体が暑いんです。こっちの気も知らないでモグモグと口を動かしている不死川さんを私はただ見つめる事しか出来ない。


「……ま…」
「え?!」


ま?!まって何?まずいのまですか?!いや、そんなはずない!炭治郎くん監修のもと作らせて頂いたんですから…



「お、美味しくないですか…?」
「…いや、案外いけんじゃねぇか」


うっ…胸が………。
私、不死川さんの笑顔が大好きなんです。そんな、嬉しい言葉と笑った顔向けられて無事に済むと思ってるんですか?無理、好きです…。


「お口に合って、良かったです」
「………」

下を向いて、胸元に手を当てて精一杯頑張って出た言葉。なのに不死川さんは無言で、視線だけは感じた。



「おい」
「はいー…っん!?」


不死川さんに呼ばれ、顔をあげてしまう。もう、これは反射に近い癖なんです。呼ばれて顔を向ければ不死川さんの顔を見れる理由になるから。

でも、それも治さないと…

至近距離で見える不死川さんの顔と唇に暖かい熱を感じながらそう思った。



「上手ぇだろ?」
「は、ひゃい…」


ちゅぅっと離れていく不死川さんの口元は楽しそうに笑っていて、蕩けた私の脳ミソには好きの2文字しか思い浮かばなかった。





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