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「不死川さんは出入り禁止です」
「てめぇ…誰に口聞いてんだァ?」
「風柱様ですよ」


不死川さんに、何時に無く強気で話しているみょうじなまえです。
普段の私では考えられない様な言動に不死川さんも眉間にシワを寄せながら黙って睨んできていますが、ええ、今回は私も引けません。仕事ですから。

遡ること数時間前。




「胡蝶様、失礼します。みょうじ、只今参りました」
「まあまあ、なまえさん!今回もよろしくお願いしますね」
「はい、お役にたてるのなら」
「ええ、貴方は暴れ馬も手なずけてしまう程、色々と扱いがお上手ですから」



胡蝶様、暴れ馬とは…まさか、不死川さんの事を言ってらっしゃるのでしょうか……。いや、そういう風に考えてしまう私がいけない。単純に、そう、私は動物の扱いも心得ていますので、そういう意味だと思います。

そもそも、不死川さんだとしたら手なずけるなんてとんでもないですよ。蹴り飛ばされて踏まれて終わりですよ。

ニッコリと笑う胡蝶様には乾いた笑いしか返せませんでした。



「さて、今回はお伝えした通り少し厄介な血鬼術にかかった方々がいるんです」
「手紙の症状を聞く限り天の邪鬼になってしまうと…」
「はい。薬を飲もうにも吐き捨ててしまいますし、安静にしていようと思っても暴れ回る始末です……ベッドに括りつけておくわけにもいきません。なので、なまえさんを呼ばせて頂きました」


なまえさんならこういう方々は得意ですよね?
そう、付け加えて胡蝶様はどんどんと病室へと足を運ばれる。

得意なわけではないんです。とても、冷や汗をかいている事に気がついてください。お願いです、胡蝶様。



「じゃ、邪神だ!みんな、逃げろ!!」
「最高じゃねぇか!たっぷり構ってやるぜ!」
「スミマセンスミマセンスミマセン勝手に、手が、動いてしまうんですスミマセン…」

「…胡蝶様、何処までの言動が天の邪鬼になっているのでしょうか…?」
「さあ、人それぞれですね」


いつもは病室に入ると静かなのですが、今日はとんでもないですね。逃げ惑う方々、刀を握ろうとする方、または謝りながらコップの水をかけようとする方…。

どこからどこまでが本心なのかがわからない。さすがにここまで嫌われていないと、初対面でこんなに嫌われるなんてないと思いたいです……。

隣には襲いかかろうとする隊士を容赦なく手刀で気絶させる胡蝶様。



「こ、胡蝶さま…」
「なまえさんは実験動物の扱いが得意と聞きました。投薬でも注射でも的確にこなすと、お願いしますね?」
「…人ですと勝手が違うと思いますが」

「私には他にもやらなければいけない事がありますので、お願いしますね」


有無を言わせない雰囲気を出し、胡蝶様は薬箱を私の手に乗せると、ではと手をあげ部屋を出て行ってしまう。

…仕方ない。カナヲちゃんなら何とかなるでしょうが、アオイちゃん達にはこんな患者は手に負えないんだろうな。
胡蝶様に今まではどうやってたのか聞くと「気絶させていました」と躊躇いなく紡がれた言葉に目を丸くする。て、手っ取り早いんでしょうが…。


私はそこまでする気はないので、一度、部屋を出て箱の中を確認する。中には滅菌された注射器と針。それと、薬液。

病室には怪我をした方々もいらしたので薬剤は血鬼術用と抗生剤とそれぞれ人数分用意をして箱に戻す。あとは左腕に防具としてタオルを巻いておく。

これで準備は出来ました。

部屋のドアを開けると、未だに興奮している隊士が複数。まずは怪我をしている方の治療を先にしましょう。



「怪我をしていない方から投薬を開始します。軽傷の方から私の前に集まってください」

「誰が集まるかボケ!」
「了解しました」


まあ、反応は様々。私の前に集まる方々と避けていく方々で分かれていく。よしよし、


「では、こちらを向いてください」

一斉に後ろ姿を見せる隊士の方々。一番近くにいた隊士の腕を引っ張りその腕を脇で固定する。そのまま腕を伸ばす為に左腕を隊士の顔に
押し付け距離を置いたところで、静脈に注射針を差し込む。



「はい、おしまいです。お布団…から出て外を走り回っても大丈夫ですよ」
「…いうこと聞くと思うなよ!」


そう言って自分の腕を大切そうに反対の腕で抱きしめながらベッドに戻って行く。
これで重症で一番の羽鳥くんの治療はおしまいです。

こうやって騙しながら1人ずつ組み付いて注射を打っていく。こういう言葉で誘導する事は胡蝶様の方が得意なんだろうな。他にお仕事があるなら仕方ないけど………。

夕方分の薬はなんとか楽に出来るよう工夫をしましょう。


一段落して罵倒を受けながら部屋を出る。ちょっと休みしましょう。皆さんの夕ご飯も考えて、食堂に行きましょうか。

食材を確認して、鮭とほうれん草…大根とワカメもある。お味噌汁はこれでいきましょう。ほうれん草はおひたしにして鮭は塩焼きに。淡々と準備をしていると、調味料の棚に餡を見つける。

これは……さっき、もち米を見つけてしまったんですよ。食後の甘味はおはぎで決まりですね。もち米を洗い釜に火をかけると誰かが食堂に入ってくる音がした。



「おい」
「あ、はい」


これは反射に近い。あの人の声が聞こえて振り替えるとやっぱり不死川さんがいまして………いや、なんでいるんだ?



「ま、まさか、どこかお怪我でも?!」
「ちげぇよ、うるせぇ」
「そうですか、良かった」
「…………」


不死川さんにお怪我がなくて何よりです。口をつぼめて黙る不死川さん、じゃあ、何故ここにいるんでしょうか?



「てめぇ…文、渡しただろ」
「ふみ?…文……あ…」
「あ、じゃねぇよ!!家来いっつただろ!!」
「すみませんすみませんっ忘れていましたすみませんっ!!」
「連絡ぐらいしろよ!」
「すみません…」


胡蝶様から仕事を頂いて頭が一杯でした…不死川さんから手紙がきたのは1週間前。1週間後、家に来いと簡潔に書かれた手紙を頂いて、何時に行けばいいのか、何を持っていこうかと楽しみにしていました。
その後に胡蝶様からの手紙で準備をして、患者の情報を頭に叩き込んだら、忘れてしまったんです……。



「すみません…」
「っち」
「……すみません、因みに隊士の方々が治るまではここで寝泊まりするので…その、」
「どんぐらいかかんだよ」
「隊士の方達がすんなりと薬を飲んで下されば私がいなくても大丈夫なのですぐにでも」

「ガキじゃあ有るまいし、飲まねぇ奴がいんのかよ」
「飲んで下されば私はここにいないですよ」
「あ?どこにいんだよ、そのヘタレ供は!」
「見て頂ければわかると思います…今からご飯を届けるので」


目を引き攣らせながら後ろについてくる不死川さんの不機嫌な雰囲気と言ったら……一緒にいることの多い私でも怖い。
そもそも、連れて行って大丈夫でしょうか?何するつもりで来ているのか。



「わー、最悪…またなまえさんだ」
「とっとと帰れ!!」
「いや、ちょっと待て…後ろにいるのって…」
「わー!!最高!!!風柱さんだ!!」
「ほ、本当だ!!俺、寿命伸びるわ!」

「…………は?」
「あ、ははは…」


不死川さんもいつもと違う反応の隊士達に対し、とても冷たい目をしていました。そんなつもりがない方同士の姿を横目で見ましたが、私にどうこう出来るわけではないので注射を終わらせないと。



「えーと、では軽傷の方から順に……」
「もう、騙されないぞ!」
「いうことなんて聞くかよ!」
「そうだ!腕なんて触らせないからな!」
「お前密着し過ぎててキモいんだよ!」

「えー…同じ手はダメですかぁ…」


一回目の治療から学んで反発してくるのは、これは手強い。飲み薬チャレンジしてみましょうか?手のひらに投薬用の錠剤を準備して…っていうか、皆さんが顔を赤くして怒鳴っているのでもしかしたら、いや、本気であの組み付きが嫌なのかもしれない…。



「おい」

「え、不死川さん…?」


静かだった不死川さんが私の前に出てきて怒鳴っていた隊士の襟元を掴み上げる。突然の事で体が硬直する。
しかし、相手は怪我人。腕も折れているのにそんな乱暴な扱いは良くない。決して。掴まれている本人は死を覚悟したのか口を閉ざしている。



「し、不死川さん。離してください」
「うるせぇ黙ってろ」


そう言って私の持っていた飲み薬を掴むととんでもない顔、そう、浮気とかなんちゃらで詰め寄ってきた時のあの、恐ろしい顔で隊士の目の前に薬を差し出す。



「死にてぇんだったら飲むな。口閉じてろ」
「………っ…」

血鬼術の事をこの一瞬で理解して、的確な言葉だと思います。
しかし、一向に口を開けて薬を飲む素振りを見せない隊士に向かって苛立ちを隠せない不死川さん。

隊士の顔は完全に青ざめてしまっている。待って、不死川さん。この隊士は薬を飲まないんじゃない、飲めないんだ。



「不死川さん、離してください」
「黙れ。反抗的な奴にはそれ相応のやり方をしてやらねぇとなァ?」
「まっ!」


不死川さんは制止の言葉も間に合わず、隊士に向かって手刀を振りかざす。そのまま、気絶した隊士は床に顔面を打ち付け鼻から血を流していた。 

最後まで隊士、羽鳥くんが口を開こうとしなかったのは、開けば不死川さんが怒る様な事を言ってしまうと思ったから。必死に抵抗して唇に歯の後がついてしまっている。


「……んし、です」
「あ?」


「不死川さんは出入り禁止です」


眉にシワを名一杯寄せて睨んでくる不死川さんを睨み返す。すみません、羽鳥くん。こんな目に合わせてしまって…


「てめぇ…誰に口聞いてんだァ?」
「風柱様ですよ。お話は後でにしましょう」


不死川さんはドアを開けて出るように促すと盛大な舌打ちをして出ていく。

私が彼をここに連れて来てしまったのが良くなかった。後で沢山謝りに行きましょう。許して頂けるかわかりませんが。





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