優しい





「…………」
「な、なん、でしょうか…?」


今、凄く困ってるんです。いきなりなんだって思いますよね?私も同じ事を思ってるんです。
だって、救援に来て鬼を倒してくれた柱の人が黙って目の端をヒクヒクさせてこちらを見て数分が経ってるんですもん。怖くない?怒ってるよね?いや、でも、まずは助けて貰ったんだからお礼を言うもんだよね。



「あ、の…不死川さん…」
「………」
「助けて頂いて、ありがとうございます」
「……よ…ェ…」
「あ、す、すみません。何でしょう?」
「弱ェなっおいィ!!!鬼殺隊士なんだろォ?!」
「ひぃいいいっすみませんすみません鬼殺隊士ですっすみませんっ!!!」


胸ぐら捕まれて怒鳴られてます。怖くて目をぎゅっと瞑るけれど絶対に目の前には不死川さんのつり上がった二つの目がこちらを見ているんだろうな。

周りには私が庇っていた隊士たちが、あいつ終わったなんて目で見るてるんだろうな。助けてくれよ。今、鬼に折られた片足と片腕がすごーく痛いんだ。あっ、何だか胸元に圧迫が増して浮遊感が…足が地面から離れたから少し痛みが和らいだかもしれない。心は逆に不穏になっていく一方だけれど。



「弱ェのに弱ェ奴庇ってテメェが怪我して馬鹿だろ」
「ごもっともです。申し訳ありません…被害は最小限に抑えました。一般人、隊士含めかすり傷、切り傷程で済んでます」
「テメェが骨折して一番被害広げてんだよ!!自覚しろ!!!」


言い返してみたけどやっぱりダメでした。更に胸元が締め上げられる。
怖いなら言い返すなと思いますでしょう?ちょっと、ちょっーーーーとだけ誉めて貰いたかったな…とか思ったんです。頑張ったので。でも、結局怒られてしまいましたね。



「……はい」
「…………蝶屋敷いくぞ」
「もう、隠の方いらしたんですか?」
「このまま行くんだよ」
「え」


え、私、胸ぐら掴まれたまま歩いて連れてかれるんですか?

驚いて目を開いた瞬間。体に再び浮遊感が襲い、胸元の代わりにお腹に圧迫感が移る。そして、視界には地面が広がっていた。


「し、不死川さん…」
「黙ってろ舌噛むぞ」
「いや、私も他の方と同じ様に隠の方に運んで…んぎゃっ」
「黙ってろっつったろ」


これは所謂、俵担ぎ…。一応これでも私、女なのにな。扱いひどくないですか?てか、不死川さん、走るの凄く速いです。私を担いでいるのに…。さすが柱の方。さすが男の人。
ちょっと頑張り過ぎたのか思考が回らなくなっているし、眠気か、よくわからないけれど意識がもう保てない。ああ、寝たら、不死川さん怒るかなぁ……






あー、からだが痛いな。前も全身痛過ぎて気を失ったことあったなぁ。いつだっけ?


「死ぬなよ」


頬に感じる大きくて暖かくて、優しい感触。
これは誰に言われた言葉だっけ……?







「……じ、……ばい…」
「…………」


まぶしい。なんで眩しいんだろう。原因に自然と顔を向けてしまう。そうか、ここは窓際のベッドでお日さまに一番見てもらえる所だからか。

こんなに穏やかに目覚められるのはいつぶりだろう。




「あ、目が覚めたんだな」
「……同じ任務にいた…高橋君」
「ああ、体は大丈夫か?」


ああ、なんだ。覚えてますよ。不死川さんに胸ぐら掴まれてる時、何も言ってくれなかった高橋君。



「あの時は助かった。ありがとう」
「いいえ、出来る事をしただけなのでお礼は不死川さんに…」
「あっそう!!お前、風柱とどういう関係なの?!」
「え……いや、特に」


そう応えるとなんとも言えない表情を浮かべた高橋君。そもそも、何でそんなことを聞いてくるのだろう?聞かれるような事は何もなかったと思うけれど…。



「あんな風柱、初めてみたぜ…」
「結構何時も怒ってるか笑ってますよね」
「いやいや、顔みなかったのかよ?」
「怖くて目瞑ってました」
「あー、凄かったんだぜ。顔、真っ赤にして汗かいてお前見てたし…」
「えっそんなに怒ってたんですか?」
「……お前…」


怒りでお顔真っ赤にしてたんですか…なんと、そんなに怒らせてしまったのか。良かった、目を瞑っていて。そんな顔、直視してしまってたら恐怖ですぐに意識ぶっ飛んでましたね。



「てか、何時もってそんなに会ってんのかよ」
「そうですね、何故か月2回ほどは出会いますね」
「うわ…」


うわって何ですか。偶然会ってしまうんですからしょうがないじゃないですか。偶然、藤の紋の家で会ったり、夜道見回り中に会ったり、任務の途中で団子屋でちょーっと休憩してるとこバレてしまった時はやばかったな。

でも、不死川さん、怒ると怖いけど鬼と戦ってる時も助けてくれるし、たまに私の好きな、あんこたっぷりのよもぎ団子持ってきてくれる事あるし……
今回も運んでくれたのはたぶん善意からだと思うんです。

それを高橋君に話すと口をひきつらせて御愁傷様と言われた。そこまで言われるようなあれではないんだけどな。



「じゃあ、俺そろそろ行くわ。腕と足すまないな」
「いえ、お気になさらず」


そう言って立ち上がろうとするとよろけてしまったのか彼の体がこちらへ傾いてきた。とっさに避けようと思ったのだが生憎、私の腕と足は骨折中。そして、彼も怪我人の上に倒れるのは良くないと思ったのだろう。私を挟んで両手をベッドにつきなんとか持ちこたえた。



「テメェ…怪我人襲うたァいい度胸してんじゃねぇか」
「ひっ!?」
「あ、不死川さん」


いつの間にか、高橋君の後ろに立って彼の頭を鷲掴みにしている不死川さん。いつ来たんですか…。高橋君の頭がミシミシと悲鳴をあげているし、誤解なのでやめてあげて…ていうか、



「不死川さんも寝込み襲ってくるじゃないですか…」
「え?!」
「あ?!」

「あ…」


つい、口がすべってしまった。口に手を当てるがそれは何の意味もなかった。

そう、前に何度か怪我をして今の様に蝶屋敷にお世話になっていた時の事だ。
3〜4日程意識を失っていた私が目を覚ましてまず見たのは不死川さんの真顔。そして、次に彼の刀だった。もちろん、鞘の抜かれた状態で。
それは私の顔のすぐ横を通って枕に深く突き刺さり、羽毛が不死川さんと私の周りを覆った。



「……く…」
「……あ…えっ……と…?」
「勝手にくたばってんじゃねぇよ!!!!!」



こわ。

寝起きで、しかもよくわからない状況で混乱している所にこの怒鳴り声。もう、理不尽過ぎて涙出ましたよ。
次の日、起きたらベッドの横によもぎ団子が置いてありました。当時は誰からのものかわからなかったけれど、今思えば不死川さんが置いて行ってくれたんだろう。

この出来事はこれでおしまいではなかった。私が蝶屋敷に運ばれると高頻度でこういった出来事が起こる。

きっと、これは訓練なんだ。寝起きからの襲撃に備えての。だから、屋敷の人に頼んで刀をベッドに入れて貰って今では不死川さんの刀を受け止められるまでになった。直々のご指導ありがとうございます。こわい。

今日も懐に刀があったが今日は寝起きに高橋君だったので必要なかったね。あと、そろそろ高橋君が気絶しそうなので助けてあげないと。



「不死川さん、彼は転んだだけです」
「…転んでんじゃねぇよ」
「すみませんすみませんすみません…今すぐ出ていくので許して下さい」
「え」
「さっさと行け」


ま、た…見捨てられたんだけど。高橋君は頭が解放されるとすぐにお辞儀をして、私にじゃあ!と短く挨拶を残し部屋を出ていった。なんて奴だ…



「あ、の…不死川さん、助けて下さってありがとうございます」
「助けられる様な状況になってんじゃねェ!」
「すみません…」


このやり取りも何回目になるんだろう。最初はお礼を行っても「テメェが勝手に助かっただけだろ!」と言って感謝の気持ちも受け取ってもらえなかった。けど、最近は否定するような言葉は出てこないのでちょっと嬉しかったり…。



「……おら」
「…わっ!よも、よもぎ団子!!」
「うっせェ!!」
「すみません。あー嬉しい…私の生き甲斐!いただきます!」
「…………」


不死川さんはいつも私と話す時は怒鳴る事が多い。しかも顔を真っ赤にして。顔真っ赤にして怒るほどだから嫌われてるのかなって思ってたけれど、私の好物のよもぎ団子をくれるからよくわからない人だと思う。



「おい、口」
「くち?あんこついてますか?すみません」
「そっちじゃねぇよ!ほら!」


グッと縮まった距離と頬に感じる大きな手。

何故か、起きる前の微睡みの中で聞いたあの言葉が頭に浮かんできた。
大きくて暖かい、優しい手のひら。



「……不死川さんだったんですね」
「あ?何がだよ」


あの言葉は不死川さんがくれたんだ。

最近になって気がついたんですが…寝起きの襲撃の時、不死川さんは真顔の後に凄い優しい目でこっちを見るんです。少しですが、軽く息を吐いて口角をあげた表情を私に向けるんです。

だから寝起き一番にこの人の顔を見るとああ、生きてるって思えるんです。物騒ですけど。

以外と不死川さんって優しい人なんです。

でも、これは少し恥ずかしいので秘密にしておいて下さい。



「いえ、なんでもありません!」