捕まり捕まらず

自慢の愛刀なのと言われた若草色の刀はまるで木の葉が舞っている様に鬼の首に触れて切り落としていく。刀を持つその人はゆったりユラユラと動き、木の葉を操る姿は森で舞う天女の様で…



「炭治郎くん?」
「…は!あ、の、助かったよ。ありがとう、なまえ!」
「いいえ!」



今日は珍しく1人で任務に来たんだけど、途中で隊士の女の子に出会って、話を聞けば同じ任務らしい。



「今日は妹さんいないの?」
「禰豆子の事知ってるのか?」
「知ってるよー。お話して見たかったな」

鬼殺隊は女の子が少ないからとにっこりと笑顔を見せてくれるなまえは禰豆子が鬼だというのを知って話をしてくれる。近くにいると凄く優しくてほわほわした匂いがするんだ。

そして、強い。

一緒に任務についてわかったんだけど、なまえの動きは宙を舞う木の葉の様に不規則に動いて鬼の攻撃をかわす。どうしたらあんな動きが出来るんだろう。



「炭治郎くん、鬼も倒したしちょっと休憩してから帰ろう?」
「ああ、お腹もすいたし」


そう言うとなまえは自分のお腹を擦って何かを考え始める。


「あれ、あれ食べよう!かつ、とんかつ!」
「とんかつ?」
「豚肉にさくさくの衣を着けて油で揚げたやつ!」
「なまえは物知りだな」
「お料理好きだからね!」
「でも、こんな時間にやってるとこあるかな」


鬼を倒してだいぶ時間が経ったけれど、それでもまだ夜は明けきっていなかった。こんな時間にやっている店なんて早々に見つからないだろう。

なまえの方を見ると自慢げにこちらをみて拳を掲げていた。



「任せて!ここから家、近いんだ!」


なまえはそう言ったけれど、家までは少し遠かった。俺は息を切らしながら走ってなまえに着いていったがなまえはニコニコと色んな事を話ながら走っていた。俺と同い年くらいなのになんて体力なんだ…。




「大丈夫?」
「だいっじょう…ぶ!!」
「さすが男の子!」

すぐにご飯の準備するね、と俺を居間に案内してくれる。息が整い、気がつく。ここにはなまえの匂いしかしない。家族はいないのだろうか。

ただ座っているだけと言うのもなんだか悪い気がする。台所の方に向かいなまえに声をかける。



「俺も手伝うよ」
「ありがとう!」
「火の扱いは得意なんだ」

なまえは豚肉を切っていてその隣に立って米を担当する。


「なまえはいつも自分でご飯を作ってるのか?」
「そうだよー。もう、9年は独り身だからね」
「…やっぱり、鬼に家族を…」
「そう、10の時にね」
「そうか10……え…」


10の時には家族を失くして9年は独り身?おかしくないか?なら、なまえは今いくつなんだ?俺と同い年だと思っていたけれど…。

驚いた顔を向けていたのかなまえは俺を見るとクスクスといたずらが成功した様に笑って「びっくりした?」と首を傾げた。

ダメだ。全然、年上に見えない。



「す、すみません!俺……!」
「ふふふ、実は君よりお姉さんだったりするんだな。これが」
「おれ、呼び捨てなんてして…はっ!もしかして、階級も……?」
「柱でーす!」



一番上ーーーーーー!!!!


バチコーンと片目を瞑ってこちらを見たなまえさんは可愛らしくて…やっぱり、年上には見えなかった。
そりゃ、強いはずだ。柱という強い階級を持っているんだ。なんで、自分と同じ階級だと思っていたんだ、俺は。

俺が呆けている間にもなまえさんは油をたっぷりと注いだ鍋にパラパラと天かすのようなものがついた豚肉をゆっくりと浸けていくとパチパチと弾ける様な音と香ばしい匂いが広がった。



「お米大丈夫そう?」
「あ、うん!…あ、えっと、はい!」
「いいよ、敬語なんて使わなくてもいいよ」


堅苦しいのは嫌いなんだ。というなまえさんはふわふわと掴み所がない。存在事態が宙を舞う葉のような人だ。


「さ、さすがに呼び捨ては出来ないから、なまえさん」
「まあまあ、そう堅くならずに」


とんかつが出来たのか油から取り出した豚肉はこんがりときつね色に揚がっていてとても美味しそうだった。
お米も炊けて、お膳を向かい合わせに並べる。



「「 いただきます」」

「美味しそう!」
「ちょっとお味噌つけると美味しいよ」
「本当だ!サクサクしてて、この甘い味噌も豚肉と相性抜群だ!」
「炭治郎くんが炊いたお米も凄く美味しいね!」


初めて食べたとんかつは夢中になるほど美味しかった。頬が緩んでしまう。美味しい美味しいと食べているとなまえさんの手が近づいてきて俺の頬を優しく撫でた。
驚いて前を見ると目を細めて薄く微笑むなまえさんがいて、今まで見たことない様な大人びた表情を浮かべていた。一瞬、胸の奥を捕まれた様な感覚が自身を覆い息が止まる。



「ご飯粒、ついてるよ?」
「……あ、ありがとう」
「ご飯は逃げないからゆっくり食べてね」


ふふふ、と笑うなまえさんはまた可愛らしい笑顔に戻っていて……さっきのは何だったんだろう。



「ありがとう、ご馳走様でした!」
「今日はお疲れ様!ゆっくり休んでね」


玄関まで送ってくれたなまえさんはお土産にと余っていたお米のお握りと、とんかつを持たせてくれた。


「炭治郎くん」
「どうし……」
「ご飯、美味しかった?」

問いかけてきたなまえさんの顔を見てまた、息が止まってしまう。また、あの大人びた表情。



「と…とっても美味しかったです」
「そうか、そうか。良かった。好きな人を掴むならまずは胃袋からってね」



ちゃんと俺は手を振れていただろうか。笑えていただろうか?あの表情のなまえさんを見るとどうにも鼓動が早くなって熱が上がってしまうような感覚になってしまう。

今度は禰豆子ちゃんも一緒においでねと手を振るなまえさんは友達の帰りを見送る子供の様に笑っていて…本当に掴めない人だ。



「いつか、俺にも捕まえられるのだろうか」