お前が悪い






「なまえさんの作るご飯は美味しいですね!」
「炭治郎くんが炊いてくれたお米も美味しいよ」
「貴様ぁ………」
「…炭治郎くんが手伝ってくれたの凄い助かった!ありがとね!」
「い、いえ!」


…俺だけなのかな?
ジトっとした視線と声が聞こえるが、なまえさんは全く反応してない。目が合えば最後だと思うので、視線の元は見れないけれどきっと、いや、絶対に伊黒さんだ。
今は柱稽古中で、伊黒さんに何かした覚えはないんだけれどな…。



「あれね、無視して」
「え……」
「気にしなくていいよ」


俺がよっぽど困った顔をしてたのかもしれない。なまえさんは伊黒さんの方は一切、顔を向けないで俺に話しかけてきた。笑顔で。そのなまえさんからは迷惑そうな匂いとほんのり、甘い香りに包まれている。

伊黒さんからはすごい嫉妬の匂いと甘過ぎる匂い。



「じゃあ、なまえさんも柱稽古に参加してるんですか?」
「まあ、最初のうちはね…ここ来て後ろにいる蛇に捕まったんです」
「捕まった?」
「隊士達の飯を作れと」
「だからなまえさんがご飯を作ってるんですね」


そういう事ーとお昼のおかずを作り終えたなまえさんは汁物をお椀に注いでどんどんお盆へのせていく。



「おい…ペラペラと話ばかりしていて、飯は作って終わったのか?そもそもそんなに話している暇があるならもっと早く作り終わるだろ。もう、正午を過ぎようとしているぞ?配膳くらいは済ませておけるはずだろ」

「…………炭治郎くん、ご飯をよそってくれる?」
「は、はい…」



きっっっまず。

お、おれはどうしたらいいんだ?なまえさんからは割りと本気寄りの殺意の香りがするし、伊黒さんからはひたすらに嫉妬の匂いがする。

この2人、以前は夫婦だったんだよな?別れたのにお互いに好意の匂いを漂わせているのも不思議だし、何故、なまえさんは伊黒さんの言葉を無視して作業を進めてるんだ?

戸惑いながらご飯を注いで、お盆に乗せていると後ろからガシリと、肩を捕まれる。



「ひっ!」
「貴様ぁ、人の嫁と仲睦まじく話しているなんてよっぽど暇なようだ。昼餉が出来るまで今からでも稽古をつけてやろうか…?」


伊黒さんは俺の首根っこを掴み歩き出そうとしたがなまえさんの声に寄り歩みが止まった。


「小芭内さん、あなたの分の御膳は既に準備が出来ています。そこにあるので自分で持っていって下さい」

「お前の分はこれか?」
「そうです。私は隊士の方々と食べるので……小芭内さん、話、話聞いて下さい。ちょっと、持っていかないで」

伊黒さんの手は俺の肩から簡単に剥がれて少し前に出来上がっていた2膳を持って台所から出ていく。その後ろ姿から嫉妬の匂いは薄れて楽しそうな、嬉しそうな匂いを漂わせていた。

あんな伊黒さんを見るのは初めてかもしれない。



「なまえさん、あのお膳って」
「伊黒さん用です」
「汁物が少し他と違いましたよね!」

「……まあ、いつも食べてる物を入れてあげただけですよ」


そう言ったなまえさんからは甘酸っぱい匂いがした。




「い……小芭内さん。勝手に人の昼餉持っていかないで下さい」


伊黒さんの部屋を開けると向かい合うように並べられている御膳。上に並べられている食事にはまだ手が出されていないようだ。
温かいうちに食べて欲しいとかは思ってない。思ってない!

御膳の前に座ると小芭内さんと目が合う。


「お前はここで食べろ。いつものらりくらりと逃げていたから俺が持ってきてやったんだ。だからお前はここに座って俺と共に食事をしろ。それが妻の有るべき姿だろ?」
「………妻じゃないっつてんでしょ」


全く、何度言えばわかるんだ。離縁状を書いたんだから私と小芭内さんは夫婦じゃ………

そこまで考えて、頭に1つの可能性が思い浮かんだ。そして小芭内さんを見ると無表情の多い彼は包帯を巻いて口許を隠しているにも関わらず、目を細めてにんまりと笑っているのがわかった。



「お前の言う妻じゃないはこの離縁状に両名の名前が合ってこそ成立するものだろう?」


まだ書いてなかったのかよ!!
いや、いや!書いていたはずだ。小芭内さんが書いたやつに私が書けば成立するからって小芭内さんが言ってたから…

待って、そもそも私、離婚の手順をきちんと知らない。

小芭内さんが「俺に何か合ったらこの紙に名前を書いてお館様に渡せ」ってあの離縁状を準備していたから、それを使わせて貰って後はお館に出して下さいねって置いて出てきたのだ。

これ、この書面事態が嘘っぱちの物だとしたら?



「小芭内さん…私に嘘ついたんですか?」
「お前にはすまないと思ってる」
「すまないと思ってるならちゃんとした離縁状を書いてください」

「そっちのすまないではない」


何言ってるんですかね?他にすまないって何があるんですか?
黙って彼を見ていると小芭内さんはため息をついた。いやこっちがため息つきたいんですけど。御膳を横にずらすとズイっとこちらに近寄ってきた。



「俺は死んでからもお前を手放す気はない」



だから、すまないと言ったんだ。そう言って近づいてきた手は私の顎を乗せて目線を合わせようとする。

続けざまにとんでもない台詞がポンポンーと出すのやめてくれませんか?だから偽物の離縁状を作ったんですか?どういう事?

軽く混乱を起こしている頭には次々と質問が浮かんできてしまう。小芭内さんが凄く近くにいる事に抵抗するのを忘れてしまうくらい。



「なまえ、こっちを向け」
「…………」
「おい」
「……る…」
「なん………」
「やめて…こ、まります……」


気づけば小芭内さんは口許の包帯を下にしていて、私を見ていた。

もう、本当にやめてください。そういうの夫婦になってから始めの方しかなかったんですから慣れてないんです。

赤い顔を必死に隠そうとしたけれど、鼻と鼻がくっついていまいそうなこの至近距離だ。彼が少し顔を傾けると見られたくないこの顔を見られてしまう。
対処する間もなく、顎の下にあった手はするりと頬に添えられて唇には柔い感触。ああ、こういう事されると体が動かなくなってしまう。
どんどんと深くなる口づけに腰が抜け、彼の胸にしがみつくような姿勢になる。

そういえば、小芭内さんが口うるさくなったのも夫婦になってこういう事をし始めてからだったな。

一周回って冷静になってきた私はそんな事を考えていた。だって、最初は本当に殺意なく好きだったんだから。殺意がある方がおかしいんだけどさ。
やっと離れた口から待ち望んでいた酸素が入ってきて、だらしなく口を開けて呼吸をする。



「…だから、外に出したくなかったんだ」
「…へ……?」

外に出したくない?何の事だろう。
意味がわからず小芭内さんの顔をみて首を傾げる。どういう事ですか?の合図。



「はぁ……お前はすぐにそうやって男を惑わせるような表情をする。だから、外に出したくなかったんだ」

「なっ!?そんなの小芭内さんにだけですよ!」
「は?」
「……あ……っと、嘘です」
「……………」


な、なんて事を口走ってしまったんだ…。小芭内さんにだけとか、そんな、まだ彼の事を好きだといっているようなものじゃないですか。

小芭内さんも珍しく驚いた顔をした後に顔を背けてしまった。何言ってんだこいつとか思ってるんでしょう。



「やはり、調教が必要なようだな」
「獣じゃ有るまいし止めてください」

「うっかり口に出てしまったという顔をしていただろう?他の男にやってみろ。今頃、身ぐるみをひっぺがされていたところだぞ。今日だけじゃない、俺が何度それで悩んだ事か…その緩んだ口が治るまではここにいてもらうからな。次の風柱のもとへはまだ行かせられるか」

「……ちょっと早口で何言ってたかわからないです」


ここにいてもらうっていう言葉は聞こえた。けど、私はもう小芭内さんの稽古とっくに合格条件を満たしていたのに…。満たしているうえでここに留まっているのにどういう事?

続きは飯を食ってからだと自分の膳の前に戻る小芭内さん。

いつもこうやって私たちの口喧嘩は終わる。ホントに、この人に口で勝てた覚えがない。
縁組の時も、離縁状の時も、今も……口で負かされて結局は私は彼の元に戻ってきてしまっている。


「嘘つき」
「騙されるお前が悪いんだ」