おはなし
「善逸くん善逸くん、君は本当に可愛いねぇ。可愛すぎて食べちゃいたいくらい」
「いやマジ本当に来ないでぇえ!!」
会う度に本気なのか戯れなのかこの言葉を使う。本気なわけない?いや、本気の可能性は十分にあるんだよ。
だって、全力で走る俺に笑顔で着いて来てるのは鬼なんだから。
「そもそも鬼がなんで昼間っから走り回ってんだよ!!!」
「さぁ、なんでかなぁ?」
私にもわからないやと言って手をひらひらとさせている。なんでわかんないんだよ。ていうか、そろそろ疲れたから追っかけてくるのやめてくんない?怖くてしょうがないんだけど?
「そろそろ限界?」
「お前が追っかけて来なきゃこんなに疲れたりしないんだよバカ野郎!!!」
「バカはひどいなぁ。ねぇ、今度は逃げないでね」
「逃げるわ!!!嫌に決まってんだろ!!」
「ちぇー…じゃあ、またね」
もう来るな!!!って叫んだけどきっと聞こえないんだろうな。いや、むしろ聞いてないんだろう。
なんで鬼に追っかけられてるかって?
俺が知りたいんだけど?
「なんであいつ俺の事を追っかけ回してくるわけ?!俺なんかした?!」
「ああ、またなまえさんに会ったのか」
「お前も何で普通に名前知ってるわけ?!」
炭治郎にいつもの事ながら話を聞いて貰っているとを当たり前の様にあの鬼の名前を出してくる。何で知ってんの?
屋台でご飯を一緒に食べたらしいけれど…いや、だから何でそんなに普通に接してるんだよ。
「まさか!あいつ鬼だって気がついてないの?!」
「いや、知ってるぞ」
「じゃあ何でそんなに普通にしてるんだよ」
「善逸も気がついてるだろ?なまえさんは人を襲う気がないって」
「…………いや、俺の事、食おうとしてたから」
「えっ…違うと思うけど……」
「違わねぇよ!!食べちゃいたいって言ってる時、全然音がしねぇもん!!わざと音消してんだよ!!!」
たぶん心臓とか止めてあんな動きしてるんだと思う。そういう音がしないんだよ。だから何を考えてるっていうのがわからない。
初めて会ったのは1人で昼餉を食べてる時だった。
「こんにちは!」
はじめはめっちゃくちゃ可愛い子が話しかけてくれたと心臓が止まりそうになった。ピタリと止まった俺は箸まで落としてしまい、拾って貰った。そうやって動揺してたせいと、昼間だと言う事もあり、俺は気がつかなかったんだ。
俺の耳は聞こえていた筈なのに、鬼が昼間に居るはずがないって思いこんでいた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう!!もう、ホントにありがとう!!!」
「え、うん、どうぞ」
「ありがとう!!ね、お昼まだなら一緒にどう?!」
「いいの?」
「いいよいいよ!奢ってあげるよ!!」
わーいと笑って喜ぶ彼女が可愛すぎて、俺は舞い上がっていた。
「みたらし団子好き?」
「好き!」
「そっか*じゃあ俺のあげるよ」
「君のだけど…ありがとう!」
あーーー、可愛い。笑ってる女の子可愛い。女の子の為だったら何でもしちゃいそうだよ。
「君は可愛いねぇ、食べちゃいたいくらいだね」
「っ?!」
その言葉と音を聞いて気がついた。真面目に、俺を食おうとしていると。
瞬間に刀に手をかけたがその手の上に鬼の手を置かれた。ゆっくりと近づいてきて耳元で囁かれる。普段だったらこんな可愛い人にこんな事をされたら正気を保っていられないけれど、相手は鬼。
「こんなお店の中で血塗れは良くないんじゃない?」
じわりと手を押されて刀を鞘に戻される。
「おばちゃん、ご馳走様でした!美味しかったです」
「はいよー!またおいでね、なまえちゃん」
なまえ?名前?なんであのおばちゃんはこの鬼の名前を知ってるんだろう?
俺の手を引いて店を出る。鬼なのに本当に日の下を歩いてる事に開いた口が塞がらなかった。
「離せ!」
「ごめんね、びっくりさせちゃって」
「食べたいとかなんだよ!!」
「生きてる人は食べないから安心して」
音からしてそんなに強くない鬼だと思うが、確実に人は食べてる。
「ねえ、ちょっとお話しようよ」
ぶっちゃけ目の前で居るだけで怖い。足が震えてくる。でも、ここで鬼を前にして逃げていいのか?
一向に襲ってくる気配のない鬼と向き合って立ちすくんでいると聞き覚えのある音が聞こえた。
「おーい、善逸?」
「炭治郎!」
「あら、隊士が増えちゃったな。またね、善逸くん!」
こちらに手を振り颯爽と駆けていく鬼を俺も炭治郎も追う事はなかった。
「でも、なまえさん初めて会った時から優しい匂いがしてたぞ」
「で、何で名前まで知ってるんだよ」
「先週、一緒にご飯を食べたから」
「何でそんなに仲良くなってんだよ!!」
平然と話してくる炭治郎によくわからないが涙が出てくる。人を食った事のある鬼をだよ?!
「なあ、善逸。何度も会ってるならわかるだろ?なまえさんは優しい人だって」
「そんなのわかってるんだよ!わかってるけど、足が勝手に逃げちゃうんだよ!」
その度に悲しい音をさせてるのだって知ってる。俺が、させてるんだって…。
最近は顔だって見れない。心臓がバクバクなって熱が出た時みたいに呼吸がおかしくなる。全力で走ってるせいか握りしめた手のひらに汗が滲んでまるで……。
「なるほど、わかってくれてるならいいや」
「っえぁ?!」
「こんにちは、なまえさん」
いつの間にか立っていたなまえ。驚き過ぎて息がとまり、心臓を鷲掴みにされた気分になる。顔を見れば今まで見たことがない笑顔を浮かべていた。
炭治郎は平然とまた後でなと言って俺から離れて行ってしまう。
つまり、二人きり。
そう、頭が認識すると顔に熱が集まって汗が止まらなくなる。なんでそんな顔してるんだよ。
「炭治郎くんといた方が落ち着いて話せるかなって思ってたんだけど」
「なんで、俺に構うんだよ…」
「善逸くんにお礼が言いたかったの」
お礼?俺、何かしたっけ?
「善逸くんはさ、覚えてないみたいだからお話してゆっくり思い出して貰おうかなって思ってたんだけど、強い鬼から助けてくれた事があったから」
「え、だ…でも、食べたいって………」
「だって君、会う度に可愛い表情を見せてくれて、何て言い表したらいいのかわからなくてあの言葉がでちゃったの」
どう考えたら食べたいになるんだよ…ちくしょう、なんだよその顔、聞こえてくる音だって鬼から出てくるような音じゃないだろ。なんでそんな優しい音だしてんだよ。
「ねぇ、善逸くん」
「…なんですか?」
「ちょっとお話しよう?」
目を細めてにっこり笑う彼女を見て、否定した時のあの悲しい音を思い出してしまう。俺が首を横に振ったらこの笑顔を崩す事になるんだよな。
そう考えたら、俺が出来た答えは1つだった。
「………いいですよ」