あきらめて
「ねぇ、どうして炭治郎とは良くて僕はダメなの?」
「別に駄目なわけじゃないですよ」
サラサラとした絹糸の様に綺麗な髪を靡かせている少年。
「じゃあ、何で僕を誘わないの?」
「無一郎くん任務で忙しいでしょう?」
「……だから夜も誘ってくれないの?」
「そもそもそういう関係ではありませんよ、私たち」
時透無一郎くん。
彼は無口だって、何を考えているのかわからないって、周りの隊士から聞いていました。
それが実際、どういう事でしょうか?無一郎くんってばこんなにもお喋りして下さるんですよ。
はじめましてと挨拶したのは随分と前の事。その時は今ほどお喋りではなく、それでもゆっくり色々お話をしてくださる方だなと思っていたんです。まあ、柱の方とお会いする機会も中々ありませんし良く話を聞いておこうと思ったんです。
しかし、無一郎くんは特に用事もなく私の家へと顔を出しにいらしたんですよ。次の日に。
そこから、そこからです。何だかおかしいなと感じたのは。何が?と思いますよね。いや、さっきの会話を聞いていれば何となくわかりますよね。
並んで歩いていた無一郎くんは私の腕を引き自分に向かい合わせる様にして頬に手を当ててくる。
まだ私の方が背が高いので無一郎くんが見上げてくるような姿勢になる。うぁ、顔がいい。
「ねぇ、今夜は一緒に寝ようよ?」
「任務!が!ありますでしょう?!」
この駄々っ子状態の無一郎くんをどうやって納得させましょうか…。
こういうのは無視が一番効くものですが、何せ相手は柱。わたしなんかよりずーーっと偉くて凄い人なんです。その方を無視は良くありませんよね?
下の名前で呼ぶのはいいのか?ですって?本人のご希望です。
「なまえ、僕に対して冷たいね?」
「距離が近いので、対人距離を守る為です」
「結婚したらずっと一緒にいることになるんだからこの距離に慣れた方がいいよ?」
「なんで結婚する事が前提なんですか…」
こんなに男性の方から迫られるなんて事は初めてなのでどうしたらいいのか…男性?少年って言っても可笑しくない歳ですよ?
「とにかく、炭治郎くんとはお昼を食べに行くだけです」
「なら、僕も行く」
「無一郎くん柱稽古に呼ばれていましたでしょう?!」
「………なんだっけ?」
「嘘つかない!冨岡さんとってさっき言ってましたよね!」
「…………そんなに、僕が嫌?」
首を傾げ眉を若干下げる無一郎くんはまさに美少年。こんな顔の整っている子に首を横に振る事なんて出来ませんよね?
「いいえ、嫌ではありませんよ」
「……そっか」
この、安心した表情を台無しにしてしまう様な事なんて出来ませんよ。
ただ、今回は駄目なんです。炭治郎くんとご飯に行くには理由があるんです。何時もなら柱稽古が終わった後など時間をずらしてあげられるけれど……無一郎くんと仲の良い炭治郎くんにしか話せない事があるんです。
「無一郎くん、今日の晩御飯で手を打ちましょう」
「……そのまま泊まっていってくれるなら」
「殿方の家に泊まるんですか?」
「僕の事まだ子供だと思ってるのに?」
自覚あったんですね…。
いや、だからこそあんなに夜の事を言ってくるんですかね。これ以上は無一郎くんもひいてはくれなさそうなので首を縦に振る。
一瞬、目を見開いたかと思うと無一郎くんは小指を差し出してきた。意図を理解して自分の小指を絡める。
「約束」
「はい、約束です」
ズルズルっと横でソバを啜る炭治郎くんの隣に座ってお茶を飲む。
「で、聞いて下さいよ。炭治郎くん」
「はい!」
本当にこの子はいい子。返事だけで素直でいい子だってわかるのって凄いですよね。
「無一郎くんが何で私にこだわるのか…」
「でも、なまえさん嬉しい匂いがします!」
ホントに素直。私が認めたくないこともすんなりと教えてくれる。
「だから困ってるんじゃないですか」
「何が困るんですか?」
「6つも歳が離れているんですよ」
「はい」
「………」
「時透くんもそれは知ってます。それでもなまえさんを選んで側にいるんです。何か問題ありますか?」
真っ直ぐに見つめてくる炭治郎くんから目を反らしてしまう。私の中で後ろめたく思ってしまっているから。
もう少し、歳が近ければと……何度思った事か。初めこそ、何で私の元へ来るのだろうと疑問しかありませんでしたが、無一郎くんが来てくれる度に見せてくれる色んな表情。これで、気づかない程鈍感じゃないですよ。自分にこんなに好意を向けてくれていて、気にならないはずがないじゃないですか。
「私なんか、無一郎くんからしたらおばさんになっちゃいますよ」
「そんなの気にしない」
「いやいや、無一郎くん何言ってるん……え」
なん、で……む、無一郎くん?
炭治郎くんとの会話に普通に参加してきた無一郎くん。私はびっくりし過ぎて口が開いたまま後ろに立っていた無一郎くんを見つめてしまう。
なんで?冨岡さんと柱稽古してるはずだよね?
「…足りない?」
椅子に座ったままの私は無一郎くんより視線が低くて、見上げる様な形になる。いつもと逆。
無一郎くんは私の肩に手を置いて距離を縮めてくる。
「君と、一緒にいたい」
「む、無一郎くん」
「これじゃ足りない?」
「……あ、あの」
「なまえ、君は?」
なんて事でしょう。これじゃあ、どっちが大人かわからないですね。私の肩に置かれた無一郎くんの手には力が入っていて、緊張してるのかな、怖いんですかね。でも、勇気を出して伝えてくれているって事はわかる。見つめてくる無一郎くんの頬に手を添え、一撫でする。
怖がっていてはいけない。無一郎くんが向き合ってくれているのに。
「負けました、無一郎くん。私も貴方と一緒にいたいです」
ぐいっと引っ張られて、唇に暖かくて柔らかい感触。むっ……
「っひぁ」
「炭治郎、いくぞ」
「は、はい!」
「「……」」
た、んじろうくん…に、冨岡さん…。居ましたね。居ましたね!!冨岡さんは無一郎くんと来たんですかね?!2人のって言いますか、お店の中で接吻してしまったんですよね!恥ずかしいっ恥ずかしいっ!!
お店に残されてしまった私と無一郎くん。恥ずかしさで耐えられず、食事代を支払いさっさとお店を出る。
「…冨岡さんといらしてたんですね」
「………稽古終わったから、なまえが気になったし」
隣を歩く無一郎くんは何時もの、平常通りの、真顔。精神強すぎますね。もしかしなくても私たちは恋人同士になったわけですが。
「どうして、私なんですか?」
「……君の言葉が心地良かったから」
「言葉?」
「そう。で、今日は夕食を作って泊まってくれるんでしょう?」
「あ」
そうでしたね。そうでしたね…。夜、何とか……
「夜、一緒に寝ようね」
「……はい」
回避は出来なさそうですね。お風呂入って貰って、美味しいもの作って沢山食べて貰って早く寝てもらいましょう。
柱稽古の合間の任務。
何時もは1人だけど、今日は他に隊士がいる。さっさと退治した鬼をまじまじと見つめていた彼女は僕が歩き出すとその後についてくる。
「無ってお名前につくの珍しいですね」
「……別に」
僕にとっては大事な、意味のある名前。「無い」なんて漢字を使うのが珍しいって事なんだろう。
鬼も退治出来たし、これ以上の無駄話をする必要もない。早く帰るために足を速めようとした時、
「ご両親から愛されているんですね」
「………は?」
どういう事だろう。何を思ってそうなったんだろうか。
「無って無事って字じゃないですか。何事も無く、育って欲しいって思いがあったのかなと」
「…………」
そう、いう解釈もあるね。うん……。そうか…。
「それに、無限って字もあって…時透さんにぴったりですね」
「……………」
「あ、の…ごめんなさい。べらべらと話してしまって」
少し下を向いてしまった彼女の前に立って向き合う。大事な僕の名前。
「…大事な、名前だから…」
ありがとう、なまえ。
ねぇ、もっと僕を見つけて?