刺客



「善逸さんの負けですよ?」
「え、やば。強すぎない?」

任務で腕を折ってしまい蝶屋敷で治療を受けていたところ、私の初恋である善逸さんがやってきたんです。そう、言っていませんでしたっけ?初恋なんです。


「任務の時は善逸さんの方が速いのに…」
「は?そんなわけないじゃん。こないだの任務だってなまえちゃんが助けてくれたんじゃん」
「そうですか」
「なんでそんなに遠い目をしてるの?!」


鬼殺隊の同期で初めは別人だと思っていたけれど、任務で一緒に戦って再認識した。間違いなく私の心を奪っていったあの人と同一人物だと。

で、今は私の機能回復訓練に付き合って頂いていたところなのですが、ええ、私が勝ちました。



「なまえちゃん、力強すぎない?」
「それもありますが体術は得意なんです」
「女の子に沢山触れたから嬉しいけど体のあちこちがいたいよ」
「嬉しいならもう一組合致しますか?」
「俺お腹すいたな!」

腕をあげて力こぶを作って見せるとあきらに顔を反らして大声を出す善逸さん。



「ふふふ、そうですね。そろそろお昼ですものね」
「……綺麗に笑うなぁ」
「なんですか?」
「なっ何でも!何でもない!」
「そうですか、じゃあ、行きましょう」


尻もちをついている彼に手を差し出すと、素直に私の手を握り立ち上がる。

ねえ、善逸さん。
触れられて嬉しいのは私の方なんですよ?

なんて心の中で言っても伝わらないんでしょうけどね。





「善逸さん?お顔赤くないですか?」
「いや!そんなことないから!」


ここからは俺の独り言。
勝手にぶつぶつと1人心の中で呟くんだけどさ、困ってる事がいくつかあるんだよ。

なんでこんな可愛い子と同期だったのに覚えてないの、俺。選別の時、気絶してたからね、だからなんだけどね。気絶してたら最終選別生き残っちゃってたから…あれ?



「そういえば、なんで最終選別後の説明に居なかったの?」
「お師匠様が早く帰ってこいと烏を飛ばしてきたので」


なるほどね。俺達より早く山から降りて行ったから覚えがないのか。まあ、これは俺の問題だからいいとして、もう一つ。



「善逸さんにその時、ご挨拶したかったんですけどね」


っう!!こ、これ!!なんでこんなにドキドキする音させてんの?!なまえちゃんは知らないんだろうけど音で聞こえてくるの、音!こんなに胸を締め付けてくる様な音、初めて聞いた…。

聞いた事があるようでない、俺に向けられた音。



「あ、あのさ、なまえちゃん」
「何でしょうか?」
「その、なまえちゃんってさ」
「はい」
「す…す、好きな!…す、好きな食べ物って何?!」


違う!!ちがーう!!!俺が聞きたかったのは好きな食べ物じゃなくて、君の好きな人なんだよ……。耳で音は聞こえてくるけど、俺は言葉で、知りたいんだ。

俺の間違った質問を唇に手を当てて考える彼女。その横顔をそっと盗み見る。女の子らしくぷっくりと膨らんでいる唇に人差し指を添えている姿は俺の胸の奥をきゅっとさせる。



「色々あるのですが、おにぎりですね」
「おにぎり?」


以外と素朴な物が好きなんだな。


「お米が好きなんです。つやつやしてしっかりとした粒の白米。なんでも合いますよね!」

「うんっそうだねっ!俺も好きっ!!」


あああああっ笑った顔かわいいっ!!!!お米が好きなんだって!かわいいっ!!いくらでも俺が美味しいお米持ってきてあげるよ!!



「あれ、善逸さんは鰻が好きなんですよね?」
「えっ!?何で知ってるの?!」
「炭治郎さんから聞きました」
「は……」


え、なまえちゃん炭治郎と知り合いなの?なんで?いや、機会はなくはないけどさ。なんで下の名前で呼んでるの?



「なまえちゃん、炭治郎と話したことあるの?」
「はい!美味しいお米が炊けると聞きまして」
「へ、へぇー」


なほどね、お米目的ね。ふーん、それならまだなんとかいいかー……。いやいや何言ってだ俺。



「あの火加減は素晴らしいですね。一家に一人炭治郎さんですよ」

「だっだだだダメ!!!」
「えっ」


気がついたら、なまえちゃんの腕を掴んでいて、ぐいっと近づいていて、目の前には驚いたなまえちゃんの顔。

思い浮かべたのは台所に楽しそうに立っている炭治郎となまえちゃんの姿。
それで、味見の為に口にお箸を持って行って貰ってるのを想像したら、もう…勝手に彼女を引き留めていた。



「た、確かに炭治郎さんの美味しいお米を独り占め発言は良くなかったですね」
「あ、え、えっと…」


なんでこんなに引き留めてるんだろ。炭治郎が女の子とイチャイチャしてるのが羨ましかったから?……いや、本当に困った耳だな。俺自身から聞こえてくる音が事実を突きつけてくる。

いきなり大きな声を出した俺に驚いているなまえちゃんは掴んでいた俺の手に自分の手を置いて



「でも、善逸さんには美味しく炊けるようになった私のご飯を食べて頂きたいんです」


滅茶苦茶優しくて恥ずかしそうな音を出してた。も、もう〜〜なまえちゃんどういうこと〜可愛すぎない?



「まだまだ、腕は未熟なので差し上げられませんが」
「お、俺に!俺に食べさせてよ」


女の子が作ってくれた……違う、


「俺の為に作ったご飯なんでしょ?」
「で、でもまだ満足がいくようなものは…」
「それでいい。なまえちゃんが作ってくれたやつなら」


女の子の誰かじゃなくてなまえちゃんが作ったものなら、俺が食べる。



「他の奴なんかにあげないで?」
「うっ…わ………はい…」
「………うん」


…………………うわっ、俺、俺ヤバイこと言ったかも。

なまえちゃんから聞こえてくる心音、呼吸音、全部の音が、早くて大きく聞こえてくる。頭を上げてなまえちゃんの真っ赤になった顔を見て、自分がとんでもない事を言ってしまった事に気がついてしまう。

気まずくなってなまえちゃんから目線を反らす。


「善逸、さん」
「なっなに?!」
「貴方の為に精一杯、美味しい食事を準備しますね?」

この子、俺の事どうしたいんだろう?ときめきで胸を爆発させて俺を殺す気?

なまえちゃんは握った手を優しく包んでくれて、また、心臓を走らせた。どんどん、どんどん早くなる君の音。


「善逸さん、善逸さんはお気づきやもしれません。ですが、どうしてもお伝えしたいことが……」
「なまえちゃん」
「……はい」


こんな俺にここまで想ってくれてるんだ。まだ死ぬわけにはいかない。女の子から言わせるわけにはいかない。だからなまえちゃん、


「俺から言うから待ってて」