虫食いの記憶。


頬に早朝の柔らかな陽光が差す。

朝だった。
医務室のベッドに倒れ込むように意識を失ってから3時間ほどが経過していた。
少し重たい頭を振って目を覚まさせる。
備え付けのシャワールームを借りて汗を流しながら考えた。

どうも元の世界での虫食いだった記憶を一部思い出すことができたようだ、と。

魔法を学んだ時に“久々に学問が純粋に楽しい”と感じたのも、この微妙な生育環境のせいだったらしい。
この世界で何度か死にかけた時に“以前にも死にかけたことがある”とデジャヴを感じたのも、両親からの暴力によるものだったか。
この世界で“天才”と呼ばれることにどこか抵抗があったのも、自分は天才なんかじゃないと12年の経験で骨身にしみていたからか。

俺は自分のことながらどこか他人事のような心持ちで納得していた。

さてさて、整理をしよう。
今まで俺が漠然と元の世界に戻りたいと考えていた理由は?

一つ、言葉が通じない
一つ、常識が通じない
一つ、故郷としての愛着・漠然とした思い出。

このうち言葉と常識に関しては、俺の持ち前というか十八番の“努力”でどうにかなってきてしまった。正直に言ってしまえばどちらももうほとんど不自由していない。

そして、三つ目の理由も霧散しつつある。
故郷としての愛着こそまだ否定しきれないところがあるが、思い出についてはロクなものがない。今までどうして忘れていたのだろう?

仮に帰ったとして、3年以上が経った元の世界に浦島太郎状態の俺の居場所はあるのだろうか?
少なくとも今この世界には俺の居場所がある。ありがたいことに俺を必要としてくれる人もいる。
俺は元の世界に帰るべきなんだろうか?
ここに骨を埋めた方が幸せなんじゃないだろうか?

……いや、駄目だ。

そこまで考えて、俺は振り払うように首を横に振った。
結論を急ぐべきではない。
……まだ、大事なことを忘れているような気がしていた。

ちくちくと神経に障る不快な違和感はいつものようには消えず、ずっと俺の喉元にモヤモヤと残っていた。



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