空木 大夢


空木 大夢(うつぎ-ひろむ)。
医者の父、弁護士の母から東京都に生まれ落ちる。いわばエリートになることを望まれたエリートの子供であった。

本人にとって幸か不幸か、優秀な両親の遺伝子は立派に仕事を果たし――彼は年の割に随分聡明で才能豊かな子供に成長した。
何をやらせても人並み以上にこなし、文句も我儘も言わない。あまりに優秀な子供だった。

空木大夢本人もまた、何においても優秀であれば両親は喜んでくれる、優秀な子供を愛してくれるのだと盲目的に信じて全てのことに真面目に打ち込んだ。

――しかし。
それで事が上手く回ったのは始めのうちだけだった。大夢が6歳、すなわち小学校に入る頃になると、両親は息子の教育方針で対立を始めた。

父は自分と同じ医者或いは研究者の道を、母は自分と同じ弁護士或いは高級官僚の道をそれぞれ大夢へと強制したのだった。

大夢は初め、両親どちらもの希望を叶えようとした。2人から要求される医者になるための、弁護士になるためのハードルを必死に越えていった。

彼の不幸は、彼がなまじ優秀だったことであろう。両親どちらともの要望を叶えることは多少の負担になりはしたが、最初のうちは上手くやれてしまった。

ところが、大夢が高いハードルを越えれば越えるほど両親の求めるハードルはより高く、厳しくなっていった。

大夢は優秀ではあったが時間は全ての人に平等に24時間。やがてデッドラインはやってきた。

どちらかの要望を捨てないことには、もう片方を叶えられなくなった。両親の希望に添えなくなった大夢を待っていたのは失望と苛烈な暴力。

母親は金属が擦れ合うようなヒステリックな声で大夢を詰った。
「大夢、あなたはどうしたいのよ!」
父親も呼応して罵声を叩きつけた。
「そうだ、はっきりしたらどうなんだ!」

答えられるわけがなかった。
大夢は“親の期待に応えたかった”のであり、医者になりたかった訳でも弁護士になりたかった訳でもなかった。彼自身の要望なぞありはしなかった。選べるわけが、なかった。彼は両親にとって無価値な人間となった。

優秀でない子供は、要らない。

そんなある日のことだった。
大夢が11歳になって半年ほどが経った頃、母の腹に赤ん坊がいるのだと知らされた。聡明だった大夢は悟った。

ああ、自分は見限られたのだ、と。

だってそうだろう。
大夢の教育方針を巡ってああも対立していた両親が仲良く子を作るなど、彼には“リセット”以外に考えられなかった。

しかし大夢はどこまでも“いい子”だった。
その時に味わった絶望と悲しみを自分以外の何かに――たとえばまだ見ぬ弟か妹に――ぶつけることなど出来やしない。
だって彼あるいは彼女は自分なんかよりずっと優秀で価値ある人間かもしれないじゃないか、と。

前にも後ろにも進めなくなった大夢に、遂にその日が訪れ――12歳――生日。空木大―――エ=エトワールにな―運命へと足を踏―――た日。

その日、うつギひロムは縺ッ縲∵枚蟄励さ繝シ繝峨・驕輔>縺ェ縺ゥ縺ァ豁」縺励¥譁・ュ励′陦ィ遉コ縺輔l縺ェ縺・樟雎。縺ョ縺薙→縺ァ縺ゅ―――――

―――――――
―――――
―――


記憶にノイズが走る。
ノイズはやがて砂嵐のように断続的になり、記憶を塗り潰していく。ザアッという耳障りな音が意識すら飲み込んでゆくようだった。

俺にあの日何が起きたんだ、考えども思考はまとまらず、意識はゆっくりと闇へと落ちていった。



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