幕間 02
(side ???)
――同日同時刻、某所にて
……いい加減、このどうしようもない憎しみから解放されたいのに。
俺は額に手をやってため息をついた。
なんの関係もない後輩に対して八つ当たりするなんて、まるで駄々っ子のようじゃないか。みっともない。
憎んだところで意味はないことくらい分かっている。
よしんば憎しみに任せてあいつを殺したとしても、母は帰ってこないのだ。失意のうちに贄とされた母の無念は晴らされはしないのだ。
俺の魔力が強ければ、母が殺されることはなかったのだろうか。答えの出ない思考が脳裏をぐるぐると回る。
あいつ自身が悪いわけではないことだって分かっている。
けれど、あいつの忌まわしい瞳で見つめられると、途端薄暗いどろりとした感情がこみ上げてきて……気付いたら、酷い仕打ちをしてしまうのだ。
あの瞳に呪いが宿っているのか、あるいは俺の感情の蓋が開くトリガーがあの瞳なのか。
引き出しを開けると、何度も読んで角の丸くなった手紙がある。俺の7歳の誕生日に渡すようにと取り計らわれた、母の遺書。
『母より』
俺は手紙を手に取り、そっと開いた。繊細な筆致は生前の母の性格が垣間見えるようだ。
『この手紙を読んでいるあなたはもう7歳なのですね。あなたの成長をこの目で見られないこと、悲しく思います。
私は明日にも儀式の贄の1人となることが決まっています。魔力の強い子供を生むため、悪魔と交渉するための餌になるのです。
そのような忌まわしい儀式の贄となるのです、決して天国には行けないでしょう。ですから、この手紙をもってあなたとは今生の別れ。
私は恨みます。
嫡男たりうる子供を産めなかった自分自身を。嫡男たりうる子供を創り出すために、かつて愛した女達の命をドブに捨てる旦那様を。
そうして創り出された子供は、きっとそんな旦那様と同じ価値観を持つべく育てられるのでしょう。怖気がします。
せめて、あなたがもう少し成長するまで生きて見守っていたかった。けれどそれは叶わない願いのようです。
ああ神よ、願わくば。
愛しいわが子が健やかに成長しますよう。
私の可愛い子。
あなたはこれからきっと“出来損ないの兄”の1人として辛い日々を送るのでしょう。
それで潰れてしまわないことを祈るばかりです。強い魔力を持って産んであげられなかったこの母を恨んでも構いません。
あなたはあなたの道を、強く、進んでいって。それだけが母の望みです。
もう一つだけ我侭が許されるなら。
あなたとは2度と会わないことを願います。私のいる地獄には決して、来てはいけませんよ。
さようなら、愛しい子。
さようなら』
涙を零しながら書いたのだろうその手紙は、ところどころ水で濡れたように縒れている。
生への無念を、家への怨みを綴った血を吐くような手紙だ。生きたかっただろう、やりたいこともたくさん、あったはずだ。
俺の母を始めとする沢山の屍の上に立っているあいつを思うと、――
せり上がってくる涙の塊を飲み下し、俺は上を向いて目を閉じた。
――chapter.03 終
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