03


「最後に一つだけ。俺が以前読んだ魔物との契約の書物には、契約には生贄が要ると書かれていた。俺とお前の契約は特殊なものなのか」

俺の最後の質問にもかるーい調子の答えが返ってくる。

「特殊も特殊。俺だって今までほとんど聞いたことないね!1件か2件くらいじゃねえの?だって一般人ひとりやふたりじゃ釣り合わねえもん。ご主人みたいな逸般人はそうそういないだろ」

「……。」
俺は暫く黙って、枕元に置いてあった水を口に含み喉を潤した。猫又は俺の一挙手一投足を全て興味深げに眺めていた。

俺はひとつ息をつき、目の前の魔物の瞳をまっすぐ見つめて返答する。
答えは決まった。覚悟も決まった。

「……いいだろう。お前と契約しよう」
「よし来た!」

猫又はぱん!と膝を打って間髪入れずに言った。声には喜色が滲み出ている。

そうして猫又はどこからか質の良い真っ白な紙と真っ赤なインク、羽ペンを取り出して――

「ここに今まで詰めた条件を書き並べていくから間違いのないようにご主人も見てろよ」

その言葉通りに紙にさらさらと書き付け始めた。
紙になにかしら魔法がかかっているようで、真っ赤な文字は書かれたそばから10秒も経たないうちに紙に染み込むように消えていく。
俺はその不思議な光景を無言で見守っていた。

「……以上。ここに書かれた内容に過不足・瑕疵・相違はないか?」

条件を書き付けた手を止めると、猫又はどこか格式張ったような厳かな空気を身にまとい俺に問いかけた。
手元にはまるで初めから何も書かれていなかったように白く綺麗な紙がある。

「ない」

俺の答えに猫又は満足げに頷き、手短に契約の手順を説明してくれる。
「準備はいいな?――始めようか」
猫又の真紅の片目がきらりと光った。




時の止まった空間に猫又の喉にかかったような低い声が朗々と響いた。

『我、この者を主と認め、契約に基づき勤めを果たす』

呪文のように魔力の込められたその言葉は戒めとなって目の前の魔物を縛り付ける。
続けて猫又は己の親指の先をその鋭い犬歯で噛み切り、どろりと溢れてきた赤黒い液体で

ずっ、

先ほど書いた“白紙の契約書”に横真一文字に線を描いた。
その赤黒い液体は血液、のような体を成してはいるが、自分の体を流れるものとは全く別物であることが本能で分かる。温かみのない、冷たい液体。

「……。」

猫又は親指を契約書から離して、無言でじっと俺を見た。目線が“お前の番だ”と訴えかける。
俺は目を閉じて一度深く息を吸いこんだ。

『我、ノエ=エトワール。この者を従と認め、契約に基づき勤めを果たす』

最初の音を発してしまえばあとはするすると契約の文句が口から零れる。
猫又と同じように右手親指を噛み切り、

血のような液体に濡れた契約書に、縦一文字、線を描く。

白い紙が血の十字架で彩られる。
……変化はすぐに訪れた。
十字の二つの線がクロスする部分が何かの化学反応でも起こしたかのように黒く変色し、

――契約書は端から燃え始める。
炎は紙以外の物は何も巻き込まずに契約書だけを綺麗に燃やし尽くした。
10秒もかからなかった。


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