「ああ、リスク管理は大切だな。“高瀬義幸”が覆面風紀であることが露見しないようにする策は考えているよ」
久瀬先輩は左手の人差し指をすっと立てて言った。
「君は風紀の打ち合わせに顔を出す必要は無いし、こちらからの細かい支持に従う必要も無い。大まかな方向性の指示は出させてもらうがな。この、――」
久瀬先輩の右手がデスクの引き出しを探り、その奥から2台の携帯電話を取り出した。
味も素っ気もないデザインのスマートフォンだ。機体の色は黒。
「この携帯電話を1台君に預けよう」
久瀬先輩はそのうちの1台をこちらに向けて押し出して、さらりと言った。
「契約者が誰かは足がつかないようになっている。番号もアドレスもソレから発信する分にはすべて非通知になるように弄ってある。……逆探知対策も盛り込んである」
お前はどこの大統領だよ。
と思わず突っ込みたくなるような厳重さである。俺にとってそれ以上に想定外だったのは、
「……随分と準備のよろしいことで」
俺の呆れ声。
――つまりこういうことだ。
この久瀬壮悟という曲者の先輩は、俺との話し合いが(ちょうど今のように)拗れることを見越してこのテロリストも真っ青なスマートフォンを用意していたというわけ。
久瀬先輩は一本取ったと言わんばかりのしたり顔で笑った。
「備えあれば憂いなし、ってやつだ。深く気にするな」
……腹立つなあ。
要するに、このスマートフォンを使って久瀬壮悟とだけ必要最低限の連絡を取れとそういうことらしい。
「当然、風紀の名簿に君の名が載ることもない。万が一誰かが覆面風紀が君ではないかと疑って調べても、何も出てこない。どこまで深く潜ってもだ」
久瀬先輩はそう付け加えた。
まあそりゃそうだ。そんなデータは出てこない。“元から存在しないデータ”なのだから。
ただまあ、名簿にも名が載らないということは、仮に引き受けたとして俺の立場は“久瀬壮悟お抱えの私兵”と大差ないことになるが。
つまりあとは――
「……成程。つまり残るは、俺の口と貴方の口の固さを信用できるかという問題なわけですね、久瀬先輩」
認めよう。
この男がかなりの曲者だと。
俺はな半ば観念した心持ちでそう答えた。
久瀬先輩は厳しい眼光を少し緩めて破顔して応じた。
「……その通り。これは第二の理由『久瀬壮悟が信用できない』という話題と繋がってくることになる」
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―――
―
回想はここまでにしよう。
詳細は控えるが、久瀬壮悟は俺の述べた『引き受けたくない三つの理由』を綺麗に粉砕してくれやがったわけだ。
だから今、俺はこうして“裏風紀”としてここにいる。
……え?なんで全部説明しないのかって?
ちょっとくらい隠しておいた方が面白いってものだろ。こんなクソッタレな状況になっちまったんだ、可愛い悪戯で気を紛らわせないとやってられねえよ。
本当、どうしてこうなったんだろうなあ。
俺の後ろのポケットで、風紀用スマートフォンが静かに振動した。――仕事だ。
――→第二話に続く。
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