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あの日、風間を風紀室から追い出した後。
久瀬先輩は湯呑みに入ったお茶を飲み干してしばらく黙っていた。
俺も口を開かない。
5分程は経っただろうか、久瀬先輩が細く長く息を吐いた。
「……諦めたみたいですね、彼」
俺が声をかけると久瀬先輩は微かに目を見張って答えた。
「君は勘もいいのか。こんな人材がどうして今まで埋もれていたんだ」
「俺が風間くんの立場なら気になって仕方ないですから。その前提に立って考えれば分かることです」
そう、風間はしばらく風紀室の前で聞き耳を立てていたようなのだ。たが久瀬先輩も俺もうんともすんとも言わないので、これは気付かれていると思い早々に退散したのだろう。
「ちなみに、盗聴の類は?」
扉の外から聞き耳を立てなければいけないくらいなのだから可能性は薄いが一応さらりと訊ねる。久瀬先輩もこともなげに答える。
「元々風紀室は盗聴の類は無効化されるから大丈夫だ。壁や窓が特別性で電波を通さないらしい」
「なら安心ですね」
久瀬先輩の反応が薄くなってきたのは、いい加減驚き慣れてきたからだろう。
目立ちたくない俺にとっては評価が上がりすぎるのは厄介以外の何物でもないのだが、この先輩相手では嘘や誤魔化しは3倍厄介な問題になって返ってきそうだ。
俺は不本意だが話を聞くことに決め、椅子に座って足を組んだ。その様子を認めた久瀬先輩は真剣な顔で口を開いた。
「高瀬くん、君が風紀に協力したくない理由は3つだったね。第一に、『風紀のネームバリューは高瀬義幸にとってかえって邪魔になる』。第二に、『久瀬壮悟が信用できない』。第三に、『協力することにメリットがない』。」
俺が黙って頷くと久瀬先輩は話を続けた。
「ではこれらの理由をひとつずつ潰していこうか。まず第一の理由から。この方法なら、君が目立つことはない。……違うな、正確には、……“高瀬義幸”は目立つことはない」
俺は不快感を示すように眉を寄せた。久瀬先輩の言葉の続きを察してしまったからだ。
“実力のあるタイプ”の役員に目をつけられてしまったのが運の尽きということか。
久瀬先輩は俺が察したことも察したようだ。その鋭い眼光をほんの少し緩めて言った。
「察したようだな。……君には、顔・髪・声を隠して学内の治安維持にあたる『覆面風紀』になってもらいたい」
「確かにそれなら一見、高瀬義幸の秘密は守られるようではありますね。幸か不幸か、俺の体格は平均的ですし」
まさか身長が平均で止まったことを恨む日が来るとは思わなかった。
本当に是が非でも俺を引き込みたいらしい。こうなれば、どこまで考えているのか全部聞き出すのも手かもしれない。
そう考えた俺はそこまで答えると一度息を吸って久瀬先輩に問いかける。
「覆面風紀が高瀬義幸だという情報が漏れるリスクに関してはどこまでお考えで?」
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