一章 長い冬   01

 それにしても、と旅人サヤカは空を見上げた。
 家を出てから約一年ほど、ひとり森を歩くのはさすがに慣れたころだ。しかし、できることなら雪の降る森を歩き続けるのは勘弁してほしい。ざくざくと霜の降りた地面を踏みしめる感覚と白い息、それから帽子の上に微かに積もる雪は、いまだ季節が冬であることを示している。
 どうして、まだ雪が降っているのだろうか。
そんな小さなため息は、じわじわと吹雪はじめた世界にゆっくりと溶けた。耳の横から大きく三つ編みにされた茶髪が、吹雪に煽られて首をくすぐった。金属の色素の薄い桃色の瞳は細められ、じっくりと足元を確認するように見つめながら歩いている。
 分厚い雲の向こう側で太陽が沈み始めたのは、徐々に暗くなっていく森の様子でわかった。早く一晩明かせるような場所を見つけなければ。サヤカはそう立ち止まって辺りを見渡す。この様子だと吹雪がひどくなるぞ、と経験が物語っていた。
 ――――洞窟でもあったらいいんだけど。

 リチアド国の四季は、とある塔によって司られている。
 春から夏、夏から秋、秋から冬、そして冬から春。毎年決められた日に、鐘の音と同時にゆったりと変わっていく季節は、この国特有の伝統だった。春に芽吹き、夏に成長する植物。秋に行われる収穫祭が終われば、やがて訪れる冬は蓄えた食物を消費しながら過ごす。冬は枯れはてる命が多いけれど、あらたないのちが芽吹く季節でもあった。それら四つの季節がゆったりと流れ、四季を司る精霊たちがかわりばんこで眠りから覚め、王国の根本となる「四季」を支えていた。
 海を挟んで分断された半島と、他国と地続きになっているもうはんぶんの領地で出来たリチアド王国。ふたつの領地をつなぐように建設された水上都市・王都ウェルハルトに、その「四季の塔」は存在していた。

 そしていま、リチアド王国の季節は冬だった。
 寒風が肌を刺し、雪が頬をかすめていく。洞窟らしき影を見つけたサヤカは、とりあえずとそこに向かうことを決めた。春と冬の間に着るような、真冬には少し肌寒い服装をしていたサヤカは、むきだしの指を反対の手と擦り合わせる。それはまるで氷水にひたしていたみたいに、つめたい。興味本位で頬に指をあててみたけれど、たいして冷たくも感じなかったので、どうやら頬も散々に冷えているようだった。浅葱色を薄めたような色をした襟巻の下、あたたかな首元に触れるのは、一瞬迷って、やめた。
 どうやら、昨日一晩を過ごした洞窟を出たのは間違いだったらしい。ほかの季節ならばいざとなれば適当な木の下で寝てしまえば済んだ話なのだが、この吹雪の中地面で寝るなど、自殺も甚だしい行為である。凍死は免れない。自分のひとみが見間違いでなく洞窟をとらえていることを祈るばかりであった。