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 サヤカとマコトがはらはらと見守ったナフェリアとシュカの話は、案外あっさりと──そして、特に何の感情の変化もなく行われた。旅人同士が、どの町のどの店が旨いなどと言い合うような口調で、取引ともいえるその話は進んでいった。
 シュカが自由に使っていいとサヤカたちに与えてくれた場所は、サヤカが初めに広いな、と思った居間だった。マコトとナフェリアは外套に、サヤカは毛布にくるまって、夜を超す支度をする。暖炉にはサヤカが魔法で作った薪がくべられており、心地良い音が響いていた。
 夕食は、先ほど済ませた。それぞれの食材を持ち寄って夕食を済ませたのち、シュカはサヤカたちと反対側の、せり出した場所に篭った。そこが自分の場所なのだろう。彼は必要最低限のやりとりを終えると、素早く眠りについていた。
サヤカが、ゆったりと問う。迷うように、まるで何かに怯えるかのように。
「ねえ、ナツ」
「なんだい?」
「シュカと話してた話、ほんとなの? ──親がいないって」
「ああ、そのことかい。そうだよ」 
 別段なんの感慨もなく、ナフェリアは答える。シュカを起こさないようにひそひそと交わされるそれは幼い子供の内緒話のようだが、内容はそんなに幼いものではない。サヤカの左隣にいるマコトも、ひょっこりと顔をあげた。ナフェリアとマコトにはさまれるようにして寝転がっているサヤカは、暗がりの中少しだけ顔を歪めた。顔を上げたマコトの表情は、暗闇の中では読めなかった。
「ごめん、僕、流石にすごく個人的な話になるし……聞かないつもりでいたんだけど、聞いてた」
「……私もごめん。気になったからって軽々しく聞いていいことじゃないよね」
「別にあたしは気にしないよ。ていうか、同じ部屋にいるのに聞かないでいるほうが無理だろう。特に隠しているわけじゃないし、あんたらが気に病む必要はないさ」
 ナフェリアは外套の中から手を伸ばし、仰向けに天井を見上げているサヤカの頭を優しく撫でた。きゅっと口を結んだサヤカに、ナフェリアは軽口をたたく。
「なあに、簡単な話だよ。親に、物心つく前に捨てられたんだ。それはそれで、下手に思いでが残るよりかいいとおもうけどねえ。捨てられた先がまずかったんだよ」
 ナフェリアの話は相変わらず、まるでどこかの御伽噺を読み聞かせするような口調だった。暗闇に紛れて、その世界に……ナフェリアの世界に、惹き込まれていく。
「国の兵士のひとりすらも配備されないような貧乏な村の人に拾ってもらった。だけど、やっぱり貧しい村だったからね、食料だの家だのが足りなくなるわけだ。あたしが来て、まあ余計なひとが一人増えたってことだからね。……退屈じゃないかい? 老人の昔語りみたいになっちまってる自覚はあるんだ」
「まさか。僕は、この話を聞いてもいいのか、とは思ってるけど」
「ただ生い立ちを話してるだけだよ。そんなに身構えるかい?」
 ナフェリアは、マコトの言葉に肩を竦めてくつくつと笑った。黙りこくったサヤカを置いてけぼりに、ナフェリアは話を続ける。ひそひそと、三人だけの秘密のような声だった。
「挙句の果てに、村人が増えて、村がやりくりできなくなってねえ。まあ素直に言えば、口減らしなんていう物騒なことがはじまりそうな勢いだったからさ。もとはといえばよそもののあたしが出ていくのが妥当だろう? それであたしは旅に出た。そんな簡単な話だよ。シュカにまで長話を聞かせるのもあれだし、さっきは親がいないとだけ言ったけどね」
「……そんな軽く言えるものなの、その話って」
「ん? まあね。十に満たないときに村を出たし、これで子供の命がひとり救えたっていうならなんの悔いもないさ。まだ、村の役に立てるなら立ちたいけどね」
 サヤカの問いに、飄々とそう告げるナフェリア。
「自分の生い立ちに対して思ってるのは、それくらいだね」
 金髪の旅人についてシュカと話すときに、ナフェリアは自分の生い立ちもざっくりと話していた。まずアルトンで起こった孤児攫いの事件のこと、ナフェリアはその手伝いをしているということ。そこまではサヤカたちも把握しているナフェリアの事情だったが、その余話として語られたのがナフェリアの生い立ちだ。孤児に感情移入する理由として、自分が孤児であったと話したのだ。
 そこまでシュカに説明する必要があったのかどうかはわからないが、彼は最終的には納得して、金髪の旅人が向かった方向を教えてくれた。それから、金髪の旅人の本拠地になっていてもおかしくないような洞窟の位置をいくつか。その話のあとに夕飯があり、こうして雑魚寝に至ったわけだが──耐えきれなくなったサヤカがナフェリアに聞いた、というのが先ほどまでのことの顛末である。
「……僕は、家族がいないって考えられないな」
「私も。…………家族が、いないって」
 考えられないよ、とサヤカは重たく、冷たく呟く。ナフェリアは苦笑した。この子たちはあたしに感情移入しすぎだ。ただ、たまたま出会った旅人同士ってだけなのに。ずっと一人旅をしてきたナフェリアにとって、こんな事実はただの軽口に消えてもかまわないようなことなのに。作り話だと思って笑ってくれたっていいのに。
 やけに重くなった雰囲気に、ナフェリアが静かに言った。
「まあ、そんな重苦しく考えなくていいさ。すれ違う旅人のひとりごとだ、こんなものはね」
「そんなことない」
「そうかい? 少なくともあたしは今までの人生に、悔いも悲しみもないよ。サヤカがそんなに悲しむ必要はないさ」
「家族がいないって、すごく悲しいことだよ!」
 サヤカのひそひそ声が、いきなり大声にに変わった。驚いた顔をしたマコトとナフェリアに、ぱしりとサヤカが口を抑える。声は暗闇に掻き消えたくせに、取り繕えないほどに陰鬱とした空気が流れた。マコトがいち早く、一瞬の沈黙を縫って言う。
「とりあえず、もう寝よう。野暮な質問してごめんね、ナツ」
「ああ、ほんとに気にしなさんな。サヤカもね」
「………うん、ごめん」
 そう言ったっきり、小屋には沈黙が流れた。がたがたと家を揺らすような吹雪の音に合わせて、少年が身じろぎするような音が響いていた。