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 少し歩くと、また大きな川の曲がり角にやってきた。「無駄にうねうねと曲がる川だねえ」とぼやいたナフェリアに、遠くを見ていたサヤカが声をかける。
「ねえ、あれじゃない?」
「お、大木はあったかい?」
「いや、大岩のほう。あれじゃない?」
 マコトのマントをくんと引っ張って、木々の向こうに見えるそれを指差した。常緑樹の葉に隠れて見落としてしまいそうだったが、確かにマコトにも灰色が見える気がする。サヤカが指さしたそこをナフェリアも注視して、気楽そうに言った。
「まあ、あそこならすぐ行けそうだし行ってみるとしようか。はずれだったらすぐ戻って大木を探せばいいさ。でも一応、地図にしるしを頼んだよ、マコト」
「わかってるよ」
 マコトが鞄からすっと取り出したのは森のざっくりとした地図だった。アルトン町で売られているものだが、これはシュカが貸してくれたものだ。候補地までの道のりは覚えていれど、正確な場所まではわからない。それらしき洞窟などを見つけたら、ついでに言い狩場や目印になりそうなものを見つけたら、地図にしるしてほしいと頼まれている。ついでに自分の家はここだよ、と二重丸をしてくれた。
 はじめはナフェリアが、そして一番先を行くナフェリアにまかせっきりはと次にサヤカがその役を請け負っていたが、サヤカが途中で地図の縮尺に頭を悩ませていたのでマコトが代わったのだった。
「……うん、これで大丈夫。行こう」
「ありがとうね、あたしがシュカに頼まれたことだったのに」
「地図読むのは得意だし、好きなんだ。だから気にしないで」
 インクが乾ききったことを確認して地図を畳み、方位磁石を服の中に仕舞いこんで、マコトが岩のほうを見つめた。

 足音と気配を殺して、ゆったりと岩場に近づいた。一番最初に出入り口らしきものがあるかを確認したのはナフェリアで、岩場の横で縮こまっていた二人ににやりと笑って見せた。目にも止まらないような素早さで二人のところに飛んで帰ると、「お手柄だよ、サヤカ」と囁いた。
「大当たりだ。人の気配もする、もしかしたら入り込めるかもしれない。ただの旅人かもしれないけどね」
 まあそれはないだろう、とナフェリアが軽い口調で言った。気配を隠しているそれこそが疚しいことがある証拠だ。幾度となくこういった仕事をこなしてきたナフェリアにはよくわかっていた。
「とりあえずあたしが様子を見てくるから、ふたりはもしものために、地図でシュカの家までの最短経路を探しておいてくれ。あたしの追ってる悪党だとして、うまくいけばそのまま子供を奪還するし、無理そうなら偵察だけで帰ってくるさ」
「あれ、町には戻らないの?」
「ああ。子供たちの体力も、時間も不利だ。偵察だけするから、勿論絶対に見つからないようにするけど……万に一度発見されたら次はないし正面突破の奪還に切り替える、もしいけそうなら、なんとか奪還しちまうよ。そんときゃ騒ぎになるから、身を隠すか一緒に逃げるかだ」
「ひとりで平気? 僕も行こうか、子供は何人」
「ふたり。アルジュとマナだ。ふたりともあたしに懐いてるし、二人とも抱きかかえたって逃げちまえば勝ちだ。足には自信があるんでね。マコトはこっちでサヤカの護衛を頼んだよ、ここは悪党の根城の近くだ。子供を攫った奴らじゃなくたって、危ないことには変わりないんだ」
「……了解、わかった」
「まって、足跡は? 私たちがここにいるってわかるよ」
「だから危ないって言ってるんだろう。シュカが今晩は雪が降るって言ってたけど……いまが一番危険だ。運が悪きゃそのまま遭遇する。子供たちの奪還後はいい、いざとなればあたしの水で攪乱するさ。雪ごとね」
 辺りはすでに薄暗くなっていた。サヤカとマコトの質問を軽く受け流し、詳細を説明したナフェリアは、にっこりと笑った。心配そうなサヤカが、緊張した面持ちで彼女を見返す。夕暮れの残滓がナフェリアの黒髪を照らした。
「最悪、今晩に合流できなかったら。三日後の朝にアルトンの飯屋で会おう」
 それだけ最後に囁いて、ナフェリアは身を翻す。彼女の去った後には、足跡ひとつのこっていなかった。