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 寝起きの悪いサヤカが再び寝過ごしている間に、シュカとナフェリアはまた水汲みを済ませてしまっていた。朝起きればマコトもそれなりに元気になっていたが、やはりどこか暗い顔をしているのは否めない。ナフェリアの言う通り、ここで別れるか──と、サヤカは渋々決断した。
 アルトンへ戻るふたりは、まだ目覚めない子供たちをゆっくり休ませてから行くといっていた。もともと子供になつかれているナフェリアと、多少ぶっきらぼうだが、昨日の歌で子供たちに気に入られたらしいシュカのふたりなら安心である。子供たちを起こさないように、静かに朝餉を食べながら、マコトとサヤカはこの後すぐに出発する旨を決めた。
 まだ日が低いうちに、サヤカとマコトは小屋の外で見送られていた。まだ少し雪は降っていたが、気になるほどでもない。じきに止むだろうとシュカも言っていた。それにしたって冬が長すぎるね、という話はしたけれど。
 臙脂色のワンピースから、いつもの旅装束に着替えたサヤカは、濃紺の帽子をくいと深く被った。まだ少し心配そうなその表情を見てか、ナフェリアが言う。
「アルトンに戻ったら、根城の場所なんかもまとめて兵士に伝えるよ。警備ももっと強固になるはずさ」
「それならもう、安心だね」
「あとは子供たちの精神面だけど……、あそこの孤児院のシスターはすごく優しくてたくましいひとだ。ふたりもその資質をすごく受け継いでる」
 時間が解決してくれるはずだよ、とナフェリアがまとめた。
「でも無事でよかった。本当に」
「売り払うつもりだっただろうから、まさか傷なんかつけるとは思っていなかったけどねえ。予想が当たって本当によかったよ」
 気の抜けたように笑うナフェリアは、ここ数日で初めて見る表情だった。サヤカとマコトもつられて笑う。
 マコトが言った。
「じゃあ、そろそろ。お世話になりました、シュカさん」
「こちらこそ。また会ったら、もっとゆっくり話しましょうね」
「……はい、勿論です」
 そういってマコトが、ひらりと手を振る。サヤカも、ナフェリアと握手しようと手を差し出した。ぎゅうと力強くその手が取られて、サヤカは次の瞬間ナフェリアの腕の中にいた。
「この数日間、本当にありがとうね」
「こちらこそ。子供たちを助けられて本当によかった。私あんまり役に立ててないけど」
「そんなことないさ、本当にいろいろ助かったよ。それより、あたしみたいなやつに騙されるんじゃないよ、サヤカ」
「……善処します」
 マコトの真似をして言って見せると、その会話を知っている残りのふたりは楽し気に笑って見せた。シュカは何のことかわからずきょとんとしていたが、それでも微笑んでいた。
「じゃあ、さよなら!」
「またどこかで会えたら」
 そういって歩き始めたふたりに、ナフェリアとシュカが手を振り返す。
「サヤカ、マコト、いい旅を。また会おう」
「近くに来たら寄ってくださいね!」
 こくこくと頷いたサヤカは手を振りかえすと、前を向いて街道へ戻る道を進み始めた。マコトもひらひらと手を振って、サヤカと同じように前を向く。いつまで見送っていてくれるだろうかと少し気になったけれど、名残惜しくなってしまうからか振り向かないサヤカに倣って前を向き続けていた。