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 宿の部屋に入ったときに、シュリが「あのね」と切り出した。
「双子を忌む習慣って知ってる?」
「あ、えっと……どこかで、聞いたことはあるよ。なんだっけ、双子のどっちかが厄を背負って生まれてくる、みたいなやつでしょう?」
「それそれ。先に生まれる子が、後のこの分まで厄を背負って生まれてくるから、双子の上の子は厄、下の子は幸とされる……みたいな習慣」
 シュリがネグリジェに着替え始めたので、それに倣ってサヤカも荷物から服を出した。暖かなズボンと、少し肌寒そうなくらいふわっとしたワンピース。サヤカにしては珍しく、黄色が主体となっている服だった。ふくらはぎの途中まである長さのそれは寝心地が良くお気に入りの服だが、どうしても普段は着ないことのほうが多い。野宿だとこの服は寒すぎるし、宿にいても着替えるのを面倒くさがってしまうのだ。ただ、シュリのネグリジェがあまりにも可憐なもので、多少張り合ってそれを取り出してしまった。
「ミコトとマコトさんは双子だよ。マコトさんが忌子として殺されてしまわないように、ただの普通の兄弟として育てられてるらしいの」
「あ、やっぱり双子なの?」
「うん。さっきミコトに説明しといてって言われたから、伝えておくね」
 シュリがそう言いながら、栗色の髪を二つ結びにしていた組み紐を解く。触り心地のよさそうな髪が首を隠し耳を隠し、シュリの印象をがらりと変えていった。たった一日でシュリらしさとして定着した赤いバンダナもぱさりと外す。組み紐で畳んだバンダナを縛ると、シュリは寝台横の棚の上にそれを置いた。
「……シュリちゃん、綺麗な髪してるよね」
「そう? サヤカちゃんもすごく綺麗な髪してると思うけどなあ。太陽の光があると、まるで金髪みたい」
「ありがとう。……でも、くるくるしちゃって手入れが大変なんだよね」
 言いながら、サヤカも三つ編みをするりと解く。手櫛で自分の髪を梳けば、いくつかの場所で指が引っかかるのだ。適当に整えてから眠らなければとサヤカは思った。
 マコトたちと様々な露店に寄り、宿屋に着いた後はとりあえずと運よく付属していた風呂に入った。そのあと少し買ったものをつまんで、今はいざ休もうと言う段だ。
 植物魔法を持つサヤカは扱えない炎魔法は便利なもので、マッチも火おこしもいらずに火種を手に入れることができる。魔法の披露がてらにミコトにもらった火種で燭台の炎がゆらゆらと揺れていた。シュリはそれなりに眠いらしく、伝えることだけ伝えると早々に寝台に入ってしまった。
 サヤカは、布団に入って目を閉じると、いろいろなことが頭を渦巻いてくる。それは幅の広いようで狭く、昨晩のことから、今日のことまで。シュリと出会いミコトと出会い、その出会いすべてがマコトにとっては再会であり。彼らと会ったことで、ふとしたきっかけとはいえマコトの過去を知ることになった。それが良かったのか悪いことなのか、サヤカにはまるで分からないけれど。膨大な情報量のなかでサヤカが考えたのは、ほんの一握りのことだった。
 例えば昨日喧嘩しなかったら。今日シュリと出会わなかったら。
 ──自分はどうしていたのだろう、と考える。
 相手のことを知らないまま、ずっと一緒にいたのだろうか。マコトの翳りはそのまま、本人の力だけでその翳りを乗り越えるまで知らないまま。マコトの過去も事情も、マコトはサヤカのほうの過去も事情も知らないまま、ずっと一緒に旅をするのか。そんなの、なんだか上辺だけの付き合いのようじゃないのか。そんな簡単な絆で終わっても、私はかまわなかったのか? 消し損ねた燭台の光が、ひとみを閉じても瞼の向こうから突き刺してくる。サヤカは、くるりと寝返りを打って燭台に背を向けた。
 そこまで考えてようやく、自分とマコトが期間限定の相棒であることを思い出した。
 そうだ。私たちは何も、絆で結ばれた旅の仲間じゃない。ただけがをした私の手首が治るまでの同行人であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。そんな微妙で曖昧な立ち位置から、昨晩はよくマコトの過去に口出しできたなと自分に思った。そしてふと自分の手首を見て思う。
 旅の終わりはすでに近い。王都まではまだまだあるけれど、サヤカの怪我が治ったその先の未来の約束はない。友達でも、恋人でもない私たちは、未来に何の誓いも立ててはいないのだ。サヤカは生まれてはじめて、自分の怪我が治らなければいいと思った。
 そんな不謹慎なことを考えながら、そしてせめて今日聞いたことを整理しようと一から思い出しながら、その思考の間を埋めるように思い浮かぶのは夕暮れ時のマコトの顔だった。
「もう大丈夫だ」なんて言いながら寂しげに笑うマコトの顔が頭から離れなかった。ごめんね、と自分に謝るマコトの表情をよく覚えている。しっかりと閉じられた瞼の裏側に、まるで時を戻したかのようにありありと描くことができる。あそこで励ます言葉のひとつも出てこない気の利かない自分が嫌になった。気の利かないだけでなく、私はきっと自分の伝えたいことすらも伝えきれていない。一度そう思うと、もうほかのことは考えられなくなった。
 逆光の中で微笑む彼の映像だけが頭の中でぐるぐると回って、消えていく。わたしはあの時彼に何を伝えたかったのだろう。なにを、言いたかったのだろう。
 やがてサヤカは、そんなことを考えながら眠りに落ちた。