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「驚いたよ、こんなところで会うなんて思ってなかった」
 ミコトが手伝っていた料理店で、遅くなったが昼を食べながらそんな話をする。にこにこと未だ面白そうなシュリと、どこか疲弊した様子のマコト。ミコトはもうあきらめたとでも言いたげにため息を零していた。
「俺も。シュリとサヤカさんは分かってたん……ですよね」
「敬語じゃなくてもいいですよ」
「おっ。そんじゃ、お言葉に甘えて。俺のこともミコトでいいぜ」
「えっミコトずるい! わたしも、わたしもサヤカちゃんって呼んでいいですか?」
「ぜひ! ミコト、シュリちゃん、よろしくね」
ミコトがサヤカにだけ敬語で喋りづらそうだな、と思ってした提案だったのだが、思いのほかシュリのほうが反応してきたなとサヤカは思った。サヤカは今更敬語に頓着する必要もないために、喜んで受け入れる。サヤカの返事に、シュリがまさに花開くように笑った。
 野菜の練り込まれたマフィンと魚のスープを囲みながら、四人は話していた。ミコトが胡椒の効いたサラダを追加で頼もうとしているのを見て、マコトがあからさまに顔をしかめる。料理店は昼の時間を過ぎているせいかそれなりに空いていた。
「相変わらず辛いの好きなんだね」
「まあな。シュリとサヤカはどうする? 辛いやつだけど」
「私は大丈夫です」
「あっ、わたしはお願い」
 シュリのその声に、マコトがマフィンを食べかけていた口を閉じてまでシュリを二度見した。隣から隣へと飛ぶその視線に、サヤカもシュリを見る。どうしたというのだろう。
「えっ、シュリさん辛いの食べられるんですか」
「ミコトと一緒に旅してるうちに好きになったんです。辛い物って案外慣れですよ」
「そんなことあるんですか……? ……僕は食べないからな、ミコト!」
「ばれたか」
「ばれるよ」
 多少慄いた様子のマコトに、ミコトがにやにやと笑いながら辛い物を薦めようとしていた。この調子でシュリさんにも食べさせてたのか……と白い目だ。サヤカはそれに笑いながら、山菜と魚のスープに口をつけた。よく味の沁みている山菜は煮られてもなお食感を保っていた。
 今日で会ったばかりの四人は、まるで旧知の友人のように(そのうち三人は実際に旧知なのだが)昼食を共にしていた。いつも通りの調子をわずかながら取り戻してきたサヤカが、食事の合間を縫ってふと問う。
「マコトとミコトが兄弟なのは分かったけど、もしかして双子なの?」
 再会したその瞬間に「兄貴」と言ったミコトの言葉がすべてを物語っていたといえばそうなのだが、サヤカはふとそう思って問いかけた。弟のほうが背が高くなるとはよく聞くがほんとうにそのようで、マコトよりミコトのほうが少し背が高い。あまり差異が見られないからこそ抱いた疑問だ。似すぎている、というのももちろんある。ここ数週間行動を共にしていただけとはいえ、それなりに顔覚えがいいサヤカが遠目から見間違えた。
 その言葉に、マコトのほうが少し答えに詰まった。それに気が付かせない速度で、ミコトが薄く笑って指を唇に当てる。「しい」と甘く呟いて、サヤカを黙らせた。この手の黙らせ方は、シュリとミコトの得意技か何かなんだろうか。
「兄貴は兄貴。俺のね」
「そう言われるとむしろ気になるなあ」
 ミコトのその発言に軽口で返したサヤカに、マコトが少しだけほっと息を吐いた。つくづく自分は隠し事が下手なのだと戒める。マコトとサヤカの間に流れる気まずさは、騎士見習いであると最初にうそをついてしまったのがすべての原因だ。楽し気にミコトと談笑するサヤカにぴりついた感情を覚えながらも、マコトはマフィンを齧った。
 シュリと再会し、サヤカに出会ったその瞬間は、さすがのミコトも緊張していたらしい。そのときより饒舌にミコトは喋っていた。
「いや、兄貴はすごいんだぜ。俺一回も剣の手合わせで勝ったことねえの」
「そんなことないよ。流石に一回くらいは負けたよ」
「何十回何百回手合わせしたと思ってんだよ……魔法ありでも勝てないの! 魔法は俺のほうが強いのに!」
 ミコトの話題はいつのまにやら、家族自慢にすり替わっていた。運ばれてきたサラダをしゃきしゃきと食べながら、マコトを褒めちぎる。最初のころは適当に受け流していたマコトも、途中から耐えられなくなったようで机に伏せていた。サヤカから見える耳は赤くなっていたので、流石に恥ずかしかったのかもしれない。ミコトより体が弱く、魔法の扱いもミコトのほうが上手いはずなのに、彼はマコトに勝ったことがないらしい。そこまでにしろ、とマコトが止めていた。シュリは何度か聞いた話らしく聞き流していて、ミコトはサヤカに対して話していた。
 ミコトが続ける。
「父親が魔法騎士でさ」
 その言葉に、今まで笑いながら話を聞いていたサヤカの顔がいきなり強張った。その表情の変化に気が付いたらしく、ミコトが怪訝そうな顔で話を止める。一瞬の沈黙の後にサヤカは表情を取り繕ったが、空気の変化まで取り繕えるはずはもちろんない。
 以外にも、口を開いたのはマコトだった。
「僕もミコトも憧れてたんだ。生憎僕は、魔法の力がなくてその道は諦めたけど。それで普通の騎士になろうって剣を頑張ってた」
「そうそう。俺が剣やってるのは別に魔法騎士になりたいわけじゃなくて。どっちかっていえば打倒兄貴! って感じだな。兄貴と違う修行して、兄貴より強くなりたくて。そんなで旅に出たんだよ」
 そうなんだあ、とシュリが棒読みで口を挟む。聞き飽きたと言外に主張するその口ぶりに、ミコトが肩を竦めて見せる。サヤカは曖昧に笑ったが、マコトが自分からそういった話題を口にするのに驚いた。昨晩怒らせてしまった相手だとは到底思えない。サヤカは不思議そうにマコトを一瞥した後、ほのかに甘いマフィンの最後のひとかけらを口に放り込んだ。

 料理店を出ると、すでに日は傾いていた。夕暮れ時である。赤い光に包まれたような空気の中で、ミコトが問う。
「宿どうすんの、兄貴」
「あ、部屋取ってあるよ。とりあえず男女分けで二部屋取ってあるから、もしミコトが部屋取れなかったら僕のところにくればいい」
「んじゃ最初っから兄貴んとこ行くよ。流石に、話したいこともいっぱいあるし」
 了解、とマコトが笑う。マコトがさっき一人で部屋をとってくれていたのは、シュリたちが街へ入ってきた門から続く通りの左側にある大きな宿らしい。中途半端な時間に昼、いや夕餉にしてしまったので、宿へ行くついでに露店で何か適当なものを買っていこうという話でまとまる。何が食べたいあれが食べたいと話すミコトとシュリを先頭に、マコトとサヤカは後ろを歩いていた。前の二人と同じように、露店で何を食べようかとまよっているサヤカの肩を、マコトが叩く。
 どうしたのかと振り向いたサヤカに、マコトが小さな声で言う。
「ごめんね、もう大丈夫」
「……本当?」
「騎士になれなかったのを認めたくなくて、騎士を名乗ってたから。サヤカにうそついているっていう罪悪感とか、だれに認められてもいないのに名乗ってるっていう罪悪感がずっとあったんだ」
 それがなくなったから、もう大丈夫。マコトはそう言って寂し気に笑ってみせる。そのつよがりな笑顔に、大丈夫なわけないでしょう、とは言えなかった。鴉が巣に帰るように頭上を群れで飛んでいった。
「どうしても夢をあきらめきれなくて、騎士を名乗ってたんだよ。そんな嘘をついた上にサヤカに八つ当たりしたんだ。情けない話」
 マコトの言葉に、サヤカが何を言う前にミコトが振り返った。何が食べたいかと、能天気な質問をふたりの間に差し込んだ。