まるで鈍器で殴られているような痛みを、頭が訴えている。サヤカはぱちりと目を覚ましてすぐにそう思った。がたがたと足元は揺れ、景色はぐるぐると目まぐるしく変わっていく。たくさんの人の声がよぎっていくのを、サヤカはひとひらだって不思議だとは感じなかった。
がんがんと痛む頭を抱えながら、虚無の空間をゆっくりと歩いた。聞こえる言葉は誉め言葉だったり、些細な悪口だったりととりとめのないことばかり。どうしてこんなところにいるんだっけと、サヤカは記憶を辿っていた。
(……みんなで、酒場にいた気がする)
そうだ、酒場に居たんだった。サヤカがそう思いだしてぱっと描き出した風景は、マコトたちとともに昨日訪れた酒場ではなかった。はるか昔に両親とともに訪れたそこのことを、サヤカは朧げに思い出す。本を読むのが好きだった、穏やかで優しい父親。それから、厳しいところはあったし何度だって衝突したけれど、いつだってサヤカを愛してくれた母親。炎の魔法を使ってはサヤカに悪戯を仕掛ける、生意気だったけどかわいい妹。
単純に懐かしかった。どうしていつだって一緒にいる彼らを懐かしいと感じるのか、サヤカには分からなかった。
景色は酒場町から、海の近くの町で小さな雑貨店を営んでいたサヤカの実家へと移り変わる。足元は相変わらずふわふわとしていた。時折ガタンと体ごと浮いてしまうような浮遊感もあった。
場面がゆっくりと移り変わる。サヤカはぼんやりとそれを見つめていた。見慣れた家の様子だった。
『……そろそろ、言ったほうがいいんじゃないのか。サヤカもあと一年半で成人だろう』
『分かってるよ。ただ、いつ言うかねえ……誕生日なんてのは酷だし、ミハルに対してもどうするか決めないと』
『……あの子はああ見えてもサヤカのことを好いているだろう。血がつながってないと聞いたら、どうするだろうな』
『さあ。取り敢えずこの話はまた今度にして──』
息を*む自分が、ありありと見えた気がした。
お使いに出ていたのだ、確か。忘れ物を取りに帰ってきただけだったのに、そんな話が聞こえてきたのだ。陳腐な物語のような自分の物語に、まったくもって嫌気が差した。その日のうちに荷物を纏めて、まだ十四だったのにも関わらず一人で家を飛び出したのを、確かに覚えている。──覚えている?
どうして今起こったことが懐かしい。自棄になっていた自分を、世界を知らずに無謀だった自分を、どうして今客観視できている。サヤカの頭痛は増していた。
ただ、確かに覚えているのは静かな絶望と、未だ頭を埋める混乱だけだった。ずっと家族だと思っていた人たちは、確かに家族でこそあったのだろうが、血の繋がりという確かなものがなかったのだ。ずっと甘えていた両親とも、なんだかんだで仲の良かった妹とも、サヤカだけが繋がりを持っていない。ぐらぐらと世界が揺れて、様々な声がサヤカを呼んでいた。
もういい、何も考えたくない。ただひたすらにどこまでも、この絶望から逃げたい。
サヤカが旅をしていた理由はただそれだけだった。自分の現実と向き合うのが怖くて辛くて、一年半も逃げて逃げて、ただひたすらに、
「────サヤカ!!」
金色のひとみと目が合った。
心配そうに揺らぐその表情に、ぱちくりと目を見開く。がたん、とどうやら寝そべっているらしい体が大きく揺れる。確かに頭は痛かった。
「……起きた? 魘されてたよ」
「うん、おはよう……」
「体調は?」
「……頭が痛い……」
「……二日酔いだね。昨日呑みすぎ……というか、ミコトが呑ませすぎた」
マコトがじとりと、サヤカから視線を外した。向こう側から「悪かった」と申し訳なさそうな声が飛んでくる。そうだ、確か昨日はこの人たちと酒場で食事をしていたのだったか。微妙に途中から途切れている記憶にさっと血の気が引く。
「……私、変なことしてないよね?」
「……してないよ。ただ、朝なかなか起きなかったから、とりあえず馬車には運んだ」
この揺れは馬車のせいか、とサヤカは納得した。心底安心したといった顔をするマコトに笑いかける。
「起こしてくれて、ありがとう。……あんまり覚えてないけど、嫌な夢見てた」
「泣いてたから、つい……。こっちこそ、無理やり起こしてごめんね」
痛む頭を押さえて何とか起き上がると、どうやら全員揃っている様子だった。シュカとシュリは何やら話しているが、なんだかナフェリアとミコトの表情が重たい。ついでに空気も重たかった。
「……ええと、今、何時?」
「日が昇って数時間。そんな寝坊じゃないから安心して」
「あー、ならよかった……」
「サヤカ、昨日のこと覚えてるか?」
「え?」
突然のミコトの質問に、サヤカは水を飲もうと鞄を漁っていた手を止めた。荷台には布の向こう側から陽が指しており、熱が籠ってか多少暖かかった。
「……ええと、シュカが宿に戻ったとこまでは覚えてるんだけど……」
「おや、そのあとは覚えてないのかい?」
「……そうだね、覚えてないや」
どれだけ記憶をたどっても、確かにそこのあたりから意識が朦朧としている。そう問われるということは、やはりなにかしでかしたのだろうか。不安になってマコトを見つめると、答えたのはナフェリアだった。
「いや、サヤカは何もしてないさ。こっちもミコトが潰れちまってね、彼の醜態を見たか否か気になってただけさ」
「……えっ、ミコトが酔いつぶれたの?」
「シュリは想像つかないかい?」
「うん、つかない……」
横から口を挟んだシュリに、ミコトが曖昧に笑って誤魔化していた。シュカも不思議そうな顔をしている。酒に強いとかなんとか言っていた気がしたけれど、ナフェリアと飲み比べでもして負けたのだろうか。
「あーもうお前ら、というか兄貴とナツ、もう忘れてくれ!」
「いや、面白かったから覚えておくよ。父さんにも教えてあげなくちゃ」
「兄貴!!」
ミコトがぴくぴくと眉を引きつらせていた。シュリが、そんなことなら起きていたかったなあと愚痴を吐くのを見て、ナフェリアがなにやら耳打ちしようと馬車の中を移動する。ミコトがそれをはたいて止めていた。
「私もちゃんと覚えてたかったなあ」
「本当に俺が悪かったから勘弁してください」
目を伏せたミコトに、マコトが少し笑って見せた。