64

 ふと左を向くと、少し向こうに海が見えた。
 思わず立ち止まって地平線を見つめる。満天の星空というにふさわしい景色がそこには広がっていて、青く透き通る海に星が輝いている。潮風が、砂浜に立つ木とサヤカの髪を揺らしていた。追い付いてこないサヤカを不思議に思ったのか、一番後ろにいたシュリが少し戻ってサヤカのほうへとやって来る。ミコトもそれに気が付いたようだが、運悪く人波に攫われて戻ってこれない様子だった。
「サヤカちゃん、行かないの?」
「……私、少し向こう見てきたいから行ってきてもいいかな」
「海?」
「うん、家を思い出すんだ。久しぶりに来たから行ってみたくて」
「わたしたちも行く? はぐれちゃったら会えないよ、たぶん」
「ううん、直接宿に戻るから、私のことは気にしなくていいよ」
「わかった。じゃあまたあとでね」
 シュリがそう頷いて、人波に飛び込んでいった。サヤカは、シュリがミコトと合流するのを見届けてから、一行から離れた。
 一人になるのは随分久しぶりな気がした。
 マコトと出会うまでは、たまに一晩の宿を共にしたりすることはあれどここまで長く誰かと旅をしたことがなかった。勿論、誰かにことわってどこかに向かうことも、ひとりになったときに一抹の寂しさを感じることもなかったのだ。人の流れを横切るようにして通りを二本越せば、もう目の前には砂浜が迫っていた。
 流石にこの気候で靴を脱いで砂浜を駆け回ろうとは思わないが、海のそばまでは行ってみたい。歩き出すと、石畳や土とは違い、そして雪とも違う体が引き込まれるような感覚がとても懐かしかった。波が来ないぎりぎりまで行こう、とサヤカは思う。寒いからか、時間が時間だからか砂浜にはほとんど人気がなかった。
 ひんやりとした風が、ゆっくりとサヤカを冷ましていく。ひとりここまで来たのは、海が懐かしかったのももちろんあるけれど、半分くらいがマコトと揶揄われたことだった。そんなことないよ、とはぐらかせるだけの気力は、もうサヤカにはなかった。
 左手首に巻かれた包帯がほどけかけていた。サヤカはその包帯の端を潮風に晒し、考える。
 ──マコトとサヤカを結びつける理由だった怪我が……治ったこと、早く伝えないと。