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 波が打ち寄せては返る音が耳に触れる。懐かしい響きだった。遮る雲もなく、星がサヤカの視界いっぱいに瞬く。街の喧騒が遠く離れていった。
 怪我が治ったと伝えたあとに、まだ一緒に居たいと伝えたら、マコトはどんな顔をするのだろう。彼は優しいから、もしかしたら一緒に来てくれるのかもしれない。マコトにだってやることがあるのだから、それじゃあと別れになるのかもしれない。ただ、迷惑をかけっぱなしの私じゃ、マコトの本心からこれ以上一緒にいてほしいと思ってもらうにはきっと足りないのだ。これ以上彼の優しさに甘えてどうする?
 そもそも私は、なんで未だ彼と一緒に居たいと思っている?
 砂浜にしゃがみこんで、さらさらとした砂を掬った。指の間からおちていくそれを見つめる。サヤカはあまり、考えることが得意じゃない。なにをどうぐるぐると考えても、結局辿り着くのはいつも感情論なのだ。私はこう思うから、こう──そんな幼い子供のような考えしかできない自分に嫌気がさす。疑問符ばかりが飛び交って、答えにたどり着くことはないのだ。深くため息をついた。
 砂を蹴る足音が聞こえた気がした。ふと振り返ると、少し向こうに人影が見える。だれかいるのだろうかと首を傾げたが、よく見ればマコトだった。駆け寄ってくるマコトに、サヤカも歩み寄る。
「マコト?」
「よかった、見つかって」
「なにかあったの?」
「いや、サヤカがひとりで、海のほうに行ったって聞いて、」
 そこで一旦息をつくマコト。サヤカは肩で息をする彼にゆっくりと問いかける。
「……追いかけてきてくれたの?」
「うん」
「シュリちゃんたちは?」
「適当に商店街で遊んでから宿に戻るって」
「一緒に回っててよかったのに。私、海が見たかっただけだから」
「こんな時間にひとりで海なんて危ないよ。……それに、なんか悩んでるのかと思ったから」
 その言葉にどきりと胸が嫌な音を立てた。心配してくれた、追いかけてきてくれた、その事実に高鳴る胸に相反するように、悩みごとが胸を刺す。
 伝えてしまったら、どうなる。それ以上に、うそをついてまで一緒にいるこの時間が後ろめたい。思わず黙り込んだサヤカに、マコトが顔を顰めた。
「僕は、……サヤカみたいに、励ますのが上手くないけど……話なら聞くから」
「励ますなんて……私だってうまくないよ?」
「僕もシュリさんもみんな、サヤカに背中を押されてるでしょう。サヤカに会ってなかったら、シュカとシュリさんが会うこともなかったし……僕が、現実と向き合い始めるのだってきっともっと遅くなってた。無理に話せとは言えないけど、話して楽になることもあるし……。僕にできることがあれば、言ってほしい」
 そこまで言って、マコトは言葉を切った。何を言おうか迷っているようなそぶりに首を捻る。どこか必死にサヤカに訴えるマコトの様子が不思議だった。数秒の沈黙を置いてから、マコトが少しだけ微笑む。炎が揺蕩う町の上には、少しだけ欠けた月が出ていた。
「────相棒でしょ、サヤカ。僕だって君を支えたいんだ」
 あいぼう、とサヤカがゆっくり繰り返す。
 マコトが頷いた。サヤカが、出会ってから数日で言い始めたその言葉は、今はしっかりと重みをもって二人の間に響く。サヤカが少しだけ眉を下げた。泣きそうにも見えるその表情に、マコトが心配そうな表情に変わる。サヤカはゆっくりと息を吸って、吐いた。
 言わなければ。怪我が治ったこと、それから、まだ一緒に居たいということ。その気持ちの根底になにがあるのかまだ見つけられていないけれど、もういい。かりそめの始まりだったくせに、サヤカを相棒だと言ってくれるのなら。
「……あのね、」
 マコトの目をしっかりと見つめて、ゆっくりと口を開いたサヤカを、マコトが少し驚いた顔をしてから見つめ返した。なんだかやけに鼓動がうるさく聞こえる。二の句を告ごうとした瞬間のことだった。