客室らしき部屋は、扉の大きさがすでに桁違いだった。魔導石らしきものも扉にはまっていて、サヤカはその仰々しさにむしろ怯えていた。その扉を守るようにしている兵士にエンクスがなにやら声をかけ、頷いた彼らによってゆっくりと扉が開かれる。ぎいと、聞いたことのない音がした。
中にはもうひとつ扉が支度されている様子だった。マコトたちとエンクスはそこから先には入れない様子で、心配そうな視線がサヤカに刺さる。覚悟を決める暇もなかった。
どうしたらいいのか迷った末に、この扉を開けるしかないことを認めた。ため息をつきながら、ゆっくりと踏み出す。十歩ほどのその空間がひどく長い廊下に感じたが、やがてすぐに扉にはたどりついた。ノックもなしに、サヤカは思い切り扉を開ける。同時に、背後の扉が閉まったようだった。
扉の向こうにいたのは、ふたりの男女だった。一年半ぶりに見るその姿に身が引き締まる思いがする。彼らも開いた扉の音に気が付いたらしく、ぱっと顔をあげた。
「あら、サヤカ! なんだ、エリー様ってばサヤカが来るなら教えてくれればよかったのに」
「……お久しぶりです」
「なんで敬語なんだ」
どうやらお茶を飲んでいたらしい父親が、気まずそうに笑ったサヤカに明るい口調で問いかけた。勝手に家を飛び出した義理の娘と両親の再会にしては安穏な雰囲気に、サヤカは面食らう。
座って座って、と母親が駆け寄ってきてサヤカの手を引いた。家にいたころと変わらない母親の態度にむしろ違和感が溢れる。怒って、いないのだろうか。
「あとでエリー様のところにもいきましょうね」
「エリー様って……」
「エレアノーラ陛下よ」
つまるところ女王陛下である。そんな気軽に会いに行ける人なのだろうか。そういえばエンクスが、父親であるクトのことを側近だと言っていた。サヤカが知っている両親は、海のそばで雑貨店を営んでいる両親だけである。聞かなければいけないことが沢山ある気がした。ただ、言われるがまま椅子に座ったはいいものの、サヤカからは何も言い出せない。母親が不思議そうに言った。
「なんでそんなに緊張してるのよ」
「……急に、家を飛び出してごめんなさい」
「えっ、そんなこと?」
怪訝そうに声を上げたのはクトだった。そんなこと、とはどういうことだろうか。思わず顔を顰めたサヤカに、能天気にお茶を飲みながら続ける。
「僕だって年頃には旅に出てたよー。サヤカと違って手紙も出さずにさ、勝手に」
「お父さんとは昔馴染みなんだけどね。この人が若気の至りの旅してるときに出会ったんだよ」
母親が昔を懐かしむように微笑む。サヤカがこの一年半ずっと後ろめたく思っていたことを、彼らは何でもないことのように話すせいで面食らってしまった。家を飛び出した義理の娘など、叱って縁を切られても仕方ないなんて思っていたのに。その覚悟を決めて家に帰らないと、とさえ思っていたのに。
「……ミハルは?」
「店を任せてきたんだ。あの子ももう十五だからね」
「あ、そっか……もう十五なんだ」
一年違いの小生意気な妹のことをふと思い出す。たしかにしっかりしている子だったから店を任せるには申し分ないだろう。そんなことを考えて、思考が停止したサヤカに、母親が不思議そうに問いかけた。
「そういえば、なんでここに来たの? ダダチのほうを探しに行くって言ってたけど、もう捕まった?」
「ううん、王都まで来てたの。一緒に旅してるひとが王都に……お城に用事があって。一緒に動いてたら、あなたが王女様だって言われて」
「大分端折ったね」
クトが、苦笑しながら手を伸ばしてサヤカの涙の痕をぬぐう。
「それで泣いたの? どうして?」
「……お父さんたちとお別れなのかなって思って。本物の家族が見つかったってことでしょ?」
「どうなんだろう。そのあたりはエレアノーラ様に聞いてみないと分からないけど……まさか、エレアノーラ様が無理やり僕たち家族を引き離すとは思えないけどね」
「…………血の繋がりがない私は、家族って名乗っていいのかなってずっと悩んでたの」
思わず家出しちゃった、と自嘲しながらサヤカは続けた。それを言えるようになっただけ成長したのだろうけど、子供っぽい持論は全く変わってはいない。
サヤカの発言にきょとんとしたふたりが、顔を見合わせた後にこらえきれなくなったように笑い始めた。意味が分からないサヤカは両親を交互に見つめた。良質な天井にその声が跳ね返る。
「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
「お母さん、私すごく悩んだんだけど」
「ねえサヤカ、お父さんとお母さんは家族でしょう?」
「え、うん……」
「私たちに血の繋がりなんてないわよ」
当たり前でしょう? と言いたげにそう言って笑う母親に、サヤカが言葉を失った。
「だからサヤカも間違いなく家族よ。何年間一緒に過ごしてきたと思ってるの」
「だ、だって……本当の子供じゃない私に、いっぱいよくしてくれて……」
「それは、僕たちがサヤカを引き取った時点で発生する義務だろう。サヤカが気負う必要なんてないよ」
「私たちがサヤカを家族に選んだの。そして私たちが育てたんだから、家族よ。本物も偽物もないわ」
サヤカが顔を顰めた。
悩み続けた一年半は──こんなにもあっけない、簡単なことだったのか。
「えっ、じゃあ、……エレアノーラ様とか、は」
「それもサヤカの家族よ。エリー様にメイ様はサヤカの家族」
「……お母さんたちは?」
「サヤカの家族よ」
あっけらかんとそう断言する母に、サヤカは思わず首を擡げる。クトはそんなサヤカの様子に頷くばかりだった。それはまごうことなく、我が子の成長を見つめる親の目だった。
「なんだ、そんなことだったんだ……」
「クトに似て、余計なことをぐるぐると考えちゃうんだからこの子は」
「そのくせ答えにたどり着けないところはフーカに似てるね」
「……貶されてる?」
あんまりにも簡単な答えに、思わず脱力してソファに沈みこんだ。ふかふかのそれに身をうずめながら、サヤカも思わず笑った。ぐるぐると勝手に悩んで、勝手に家出までして馬鹿みたいだ。こんな簡単なことだったのに。
勝手に他の家族を羨んで、血の繋がりと言うものばかりに固執していた。目に見えないけれど、確かな繋がりというものを信じられなかった。マコトとの間に約束を求めたように、確かなものが欲しかったのだ。血が繋がっていなくても家族だと、信じられるだけの何かがサヤカには必要で──それは、言葉というもので果たされた。気が抜けて、フーカたちと同じように笑うことしかできないサヤカの目尻には、涙が浮かんでいた。欠伸をするふりをして、サヤカはそれを拭った。