エレアノーラ様のお支度が出来ました、とノックののちに門衛が入ってきた。軽い調子でそれにこたえるフーカとは異なり、サヤカはおそるおそるとした様子で立ち上がる。
「大丈夫、怖い人じゃないよ」
「……お父さん、知ってるの?」
「まあね、イースタン陛下の側近だったし。エレアノーラ様とも面識はあるよ。お母さんのほうがあるけど」
「エリー様とは乳兄弟なのよね」
両親の口から紡がれる衝撃の事実に、サヤカはもう驚きの声さえ出なかった。人間が物事に慣れるのは早いもので、今朝から驚かされっぱなしであるサヤカはもう頷くだけだった。疲れ切っていただけなのかもしれないけれど。
兵士に連れられて歩くたびに、どんどんと景色が奥まって、豪華になっていった。人気はどんどんと減っていくばかりで、しんしんと降る雪の音さえ聞こえてきそうだ。やがてたどり着いた謁見の間は、城の大分奥にあった。この奥に陛下たちの住居と、四季の塔が聳えているらしい。
謁見の間の扉は、思ったよりも小さかった。むしろ客間のほうが豪華絢爛だったような気さえするその扉を、兵士が恭しい仕草で開く。
中はやけに広かった。扉を開けた兵士が、サヤカたちがが中に入ったことを確認するとすぐに扉を閉める。少し向こうでは側近らしき人とひとりの少女、そして玉座には女王陛下が鎮座していた。
すぐに跪いて頭を垂れたクトに倣い、サヤカも慌てて跪く。フーカもそれに続いた。これが女王陛下に対する礼儀なのだと頭に叩き込み、きゅっと口を噤む。沈黙が流れて、やがて女王陛下が口を開いた。
「面をあげなさい、クトとその家族」
「はっ」
「以降、発言を許します。ここは公の場でないと思って貰って構わない」
その言葉に、真面目な表情をしていたフーカがふっと気を抜いた。跪いた姿勢こそ変わらなかったものの、ふわっとした様子で女王に語りかける。
「サヤカを──エリー様の娘を連れてまいりました」
「見ればわかるよ。メイ、前へ」
つっけんどんなその態度に、サヤカは未だ顔をあげられていなかった。ただ、メイと呼ばれた少女が歩き出したらしい足音に、おそるおそる顔をあげる。
可憐な少女だった。栗色の、サヤカと似たように巻きのかかった髪を腰の下あたりまで伸ばしているようで、歩くたびにそれがふわりふわりと宙を舞う。春の新芽を閉じ込めたような薄い緑色の瞳は、色こそ違えどどこかサヤカと似ている気がした。
双子と言う割には、顔立ちは似ていなかった。言われてみれば目鼻立ちの端にサヤカらしさは感じるものの、そっくりと言うほどでもない。育ちが違うとこんなにも違うのかとサヤカは一人で納得していた。
薄い水色のドレスの裾をつまんで、少女が名乗る。
「メイクラシア・リ・ウェルハルトと申します」
彼女こそが本当の妹であり、エレアノーラとサヤカと、血のつながった家族。思わず見惚れてしまいそうなその優雅さに、サヤカは返事を忘れていた。クトに腕をつつかれて、初めて声を出す。
「サヤカ・ソーラと申します」
ぺこりとお辞儀したサヤカに、メイクラシアがにこりと微笑む。その向こう側の玉座から、エレアノーラが声を張った。
「エレアノーラ・リ・ウェルハルトだ。ここまで来てもらうことになって本当に申し訳ない」
「滅相もございません」
「クトどの、フーカも共に久しいね。こちらへ」
言われて初めて、クトをはじめとした面々が立ち上がる。エレアノーラもひょいと玉座から降りると、軽い足取りでこちらへ近づいて来ていた。
エレアノーラは、当たり前と言えば当たり前なのだが、国を統べる王にふさわしい威厳を持っていた。その気迫に気圧されながらもサヤカはゆっくりと近づく。彼女こそが自分の母親だなんて──まるで信じられなかった。
「本来なら、鍵を渡してもらえば済む話だったのだけど。どうしてもひとめ会いたかったんだ。我儘を許してくれてありがとう、フーカ」
「エリー様の頼みをお断りするなど、ありえないことにございます」
「……気楽に喋ってもらって構わないよ。お前に様をつけて呼ばれるなんて、公衆の面前でもないのに違和感しかない」
「……変わってないねえ」
「お前がそういうやつだからこの子を預けた。それまでだよ」
置いてけぼりにされてクトの背後に隠れたままのサヤカに、エレアノーラがにこりと微笑みかける。フーカも振り向いて、サヤカを手招きした。
「はじめまして、サヤカ」
「はじめまして、……エレアノーラ陛下」
「堅苦しい呼び名など忘れて、好きに呼んでくれてかまわない。ここには信頼できる人しかいないからね」
「……では、エリー様」
サヤカの返答に、エレアノーラは少し不満げだった。何か間違えてしまったかと様子を窺うサヤカに、クトが続ける。
「お母さんと呼んでほしいなら、そういわないとこの子は理解しませんよ」
「…………相変わらずだな、クトどの。そしてサヤカはフーカによく似ているようだな。はっきり言葉にしないとわからないあたりがそっくりだ」
「ええ、そりゃもう」
「クト、どういう意味よ」
フーカの不満げな声にも、クトは全く動じなかった。お母さんと呼んでほしかったらしいエレアノーラの心の内をばっちりと見透かしていたクトにサヤカは感嘆した。これは呼んだほうがいいのか否かと迷い始めたサヤカのもとへ、メイクラシアが足音もなく近づく。
「お姉さま」
「……あ、メイクラシアさ」
「気軽に、メイとお呼びくださいませ、お姉さま」
「……それでは、メイさま」
流石、幼いころから王女として育てられてきただけある優雅さで、メイクラシアはサヤカに微笑みかけた。『お姉さま』とは、なかなかこそばゆい呼び名を選んだものだ。王家の人と一緒にいるということがどうしても、自分の家族であるということより先行してしまい遠慮がちな喋り方になるサヤカに、メイクラシアは落ち着かせるようにぎゅっとサヤカの量の手を握る。興奮した様子で続けた。
「わたし、姉妹がいるって知ってとても嬉しかったんです。血の繋がった姉妹ができるんだなって思って」
「……はい」
「でも、お母様とわたしのように毎日お会いすることはできなさそうで、寂しい限りです。ウェルハルトに来た際はいつでもお立ち寄りくださいませ」
「メイ」
詰め寄ってくる勢いでサヤカに熱弁するメイクラシアを止めたのは、エレアノーラだった。口をはさむ暇もなく話していたメイクラシアが、その声にぴたりと動きを止める。
「今はサヤカも混乱しているだろう。あまり話してやるな」
「いえ、そんな……」
「サヤカは気にしなくていい。メイがお喋りなんだ」
「エリー、すごくお母さんって感じになってる」
「フーカこそ、何も変わっていないな」
エレアノーラが、呆れたように言った。