ラスト

「へえ、それで貰ったのかい」
「うん」
 城の裏口の手前に、サヤカたちは集まっていた。金の鎖に通されたそれは、街に出る前には服の中に仕舞うけれど、いまは太陽の光のもとに晒されている。
「事前に連絡するのはもちろんだけど、これがあれば女王さまとメイさまのところに会いに行けるの。身分証の代わり」
「わたしたちのとは形が違うんだね。前はおそろいだったけど」
 シュリが、名残惜しむようにサヤカの隣を歩いている。真上にのぼってきている太陽がサヤカとナツ、そしてシュリと双子の五人を照らしていた。向かっているのは、サヤカたちが招き入れられた城の裏口だ。
 偶然と奇跡の連鎖でこの場に集まった五人にも、平等に別れが近づいていた。
 来たときはひどく長い道のりに思えた石畳の道も、お喋りをしながらあるけばあっという間だった。またここに来れば会える、そう分かっていても名残惜しいことに変わりはない。ほんの短い期間道を共にしただけだったけれど、しばしの別れには誰もが心打たれている。
「サヤカちゃん、お城に残るのかと思ってたけどなあ。暫く会えなくなるね」
「私はただの旅人に戻るよ。シュリは魔導士になるんでしょ?」
「うん、宮廷魔導士目指して頑張るの。お城に来たときは私のとこにも来てね!」
「ナツは守り人だから、必然的に城にいるしなあ。兄貴たちはこれからどうするんだ?」
 いつも城にいるわけじゃないけどね、とナツが補足した。守り人をしている以外の帰還の自由を保障されているナツは、国内を旅するのが趣味のようだ。そんなことをして、時には人助けまでしている彼女の身の安全は大丈夫なのかと多少心配だけれど、確かに所在不明にはならない。確実に連絡がつくところに仲間が身を置いているのは安心である。
 ミコトの問いに首を捻ったサヤカに、マコトが答えた。
「僕は新しい夢探しかな」
「サヤカと一緒に行くのか?」
「うん、そのつもり。どこへ行くにしろ一緒に行きたいけど……サヤカは?」
 そう答えてから、マコトは確認をとるようにサヤカに視線を寄越した。その視線に気が付いて、シュリと話していたサヤカは生返事でうんと頷く。
「おい、今の顔兄貴の話聞いてなかったろ」
「うん、ごめん」
 へらりと笑って首を掻いたサヤカに、ミコトが呆れたように息を吐いた。マコトが笑いながら繰り返す。
「僕はもう目的地とかないから、サヤカの行くとこについていこうと思ってたんだけど、いいかな」
「もちろん。……許可なんて取らなくてもいいのに」
「そんじゃ、あとはサヤカ次第ってことか。どこ行くんだ?」
「半島のほうを大回りして、実家に戻ろうとは思ってるけど……とにかく、ただ旅がしたいな」
 門衛の兵士が、足音に振り向いた。少し向こうには町並みが見え、日常がそこに鎮座している。サヤカは宝石を指先で撫でてから、そっと服の中へと仕舞いこんだ。
 ずっと昔から持っていた宝石がなくなったのは、寂しくないといえばうそになる。ただ四季の塔を開く鍵だったものが、自分が家族に会いに行くためのしるしに変わったのだと思えばそこまで感傷に浸ることもなかった。いまはそれよりも、ひとりひとりとの別れがひしひしと胸を打つのだ。今生の別れでもないくせに、びっくりするほど寂しかった。
「……そろそろかねえ。あたしたちはここまでしか見送れないんだ、いろいろと野暮用があってね」
「わたしも、あんまり一人で出歩いてロクスさまの知り合いに会っても困るから、すぐ帰らなくちゃいけないの」
 ミコトの上着を借りて、フードを深くかぶったシュリはそう言って俯いた。さばさばと別れを済ませようとするナツとは違い、シュリは強がって笑っていた。
「絶対会いに来るよ、シュリちゃん」
「うん、約束だよ。マコトさんも」
「はい、勿論」
 シュリはサヤカの手をぎゅうと強く握りしめると、名残惜しさを振り落とすようにぱっと離した。眉を下げて笑った彼女に、サヤカも満面の笑みを返す。門が開いていた。ひとひとりが通れそうなくらいの隙間を開けて待ってくれている門衛の方のほうをちらりと見て、ナツは自分が別れを惜しむ話をするを諦めたようだった。
「あたしにも会いに来てほしいもんだね、サヤカ」
「もちろん!」
「ならいいさ。また会える日を楽しみにしてる」
 ナツは、いつかシュカの森小屋で別れた時のようにサヤカを一度ぎゅうと抱き締めると、ぱっと離して手を振った。あのときの気の抜けた微笑みのような笑いを再会した後に見たことはなかったのだが、サヤカはその別れの笑顔にまたそれを見つける。マコトとも握手を交わしたナツは、もういいんだと満足そうに言っていた。
「……それじゃあ、またね!」