酒場

「……ふたりには飲ませるべきじゃなかったかねえ」
「ま、いんじゃね。自分の限界を知るのもいいだろ、兄貴」
「なんでそこで僕に振るのさ……」
 そこは、うるさいという言葉がしっくりくるような、王都近くの町の酒場だった。たまには夕飯を酒場で摂りたいと言い出したのはナフェリアで、それに乗ったのがミコト、それから酒場にそこまで行ったことのないサヤカとシュリのふたり。シュカが騒々しいところが嫌いだと宿に残るのを決めて、一緒に残ろうとしていたマコトを連れ出したのはサヤカだ。そうして酒場でひとつのテーブルを囲んだ五人だったが、時計の針が半分も回るころにはサヤカとシュリの二人が酔い潰れていた。
「おーい、サヤカ?」
「んぅ、まことー? なあにー?」
「俺ミコトなんだけど」
「相当酔ってるねえ。マコトとミコトを間違えるなんて」
「俺今だいぶ衝撃的だった。おいサヤカ、お前の隣にいるのが兄貴だぞー」
 ナフェリアも酔っているのか、いつもより表情を柔らかに変える。軽快に笑いながら、左隣にいるシュリの頭をぽんぽんと叩いていた。いつもの落ち着いた表情はどこへやら、緩み切った頬で机に突っ伏して寝ている。ミコトが悪ふざけでバンダナをとっても気が付かない程だから、なるほど大分深い眠りのようだった。シュリの規則正しい寝息は騒音に溶けていく。
「うー、となり? ……まことー」
 言いつつ、シュリのほうに手を伸ばすサヤカ。ナフェリアが片手に持っていた木のグラスを机に置き、堪えるようにくつくつと笑いだす。ばたばたと走り回る売り子の声と、いつのまにやら始まった楽団の演奏、どこからか聞こえる乾杯の音に負けず劣らず、ミコトもサヤカの酔いっぷりに笑った。この場でひとり素面なマコトは残念そうにため息をついた。これでも、サヤカと一番付き合いが長いのは僕なんだけど。お酒が入っただけで判別してもらえないのはさすがに少し心にくるものがある。ミコトが、いまだ爆笑しながらマコトの背を叩いた。
「いっそ僕もお酒飲もうかな……」
「やめときな。というか、あんたまで酔い潰れたらこの子たちの介抱はだれがやるのさ。あんたにまで手は回んないよー」
「兄貴、飲めないもんな」
「わかってるって。飲めないわけじゃないけど、寝るからね」
「この子たちも今度からマコトを見習ったほうがいいんじゃないのかい? 半刻で寝るとは思わなかったよ、流石に」
「兄貴の一発芸かのような速度の眠りよりは楽しそうな酔い方だし、いいんじゃねえの? とりあえず、ひとりで酒場に放り込まなきゃ問題ないだろ」
 言いつつ、ミコトがじゃがいもと肉の唐辛子炒めをひょいと口に放り込んだ。「お、うまい」と言ったミコトに便乗し、ナフェリアが匙を伸ばしてぱくりと食べた。同じように旨いと評価してから、もはや意識を保っていないシュリに勧めている。ミコトもマコトにその料理を勧めたが、辛いものが食べられないマコトは苦い顔だ。それでも興味がわいたのか、ひとくちはと思い立って食べた。ちょっと辛いけどうまいぜ、と言われたのでまあ大丈夫だろうと思ったのだ。ざく切りのじゃがいもの身の小さなものを、思い切りよく食べた。そして思い切り咳き込むマコトを見て、サヤカが楽し気にころころと笑う。
「ちょ、おい、ミコト!」
「ぶっは、兄貴そんな辛いのだめだったっけか!」
「なっにが、ちょっとからいけど、だよ! めちゃめちゃ辛いじゃん!!」
「俺たちにとっては『ちょっと辛い』だもんな、ナツ!」
「ああ、そうだねえ。シュリもそうなんじゃないか?」
 マコトがお茶に手を伸ばしながら怒鳴れば、サヤカはますます笑う。マコトは、これから酒に強いとはいえ多少なりとも羽目が外れているナフェリアとミコトの気が済むまで振り回される未来をぱっと脳裏に浮かべ、深いため息を吐いた。要するに、質の悪い酔っ払いの相手である。こうなるんだったら宿に残ればよかったと思ったマコトは、実際それが本心ではないことくらい理解していたけれど。普段と少し違う旅の仲間たちと話すのは、多少揶揄われたところで気にならないくらいには楽しいことなのだ。