01

 昼時の町は騒がしい。仕事がひと段落した者たちが露店や料理店などで昼を取り、広場をはじめとする大通りには人がごった返す。大きな町になればなるほどそれは顕著になるけれど、小さい街だとて特に何かが変わるわけでない──そんなことを、ナツは往来を眺めながら思っていた。アルトンの大通りの真ん中を彩る大きな噴水の、石でできた淵に腰を下ろして大体一時間半が経過している。片膝を立て頬杖をついて、往来の人の数を数えて暇をつぶしていたけれど、いい加減この時間帯になってくると数えきれない。暇つぶしの手段を失いいよいよ暇になってきたナツは、ぼんやりと待ち合わせの相手のことを考えていた。
 秋口に相応しく、夏の装いには少し肌寒い風が吹いていた。塔の守り人を夏から秋へと引き渡して数日、馬車を頼み向かってきたのはアルトンの町だった。塔にいる間のナツに溜まっている書簡の一番上、シュカ・フィーザの署名を見てその手紙だけをすぐに開封したのは記憶に新しい。ナツらしくもなく急いて開いたせいで封筒の端は少し破れてしまった。手紙が告げるのは、数日後の日付に迫ったその日の待ち合わせの知らせだった。一方的かつ、彼らしく最低限の言葉でつづられたそれに理由は書いていなかった。ただ、守り人の入れ替わりをした数か月前を最後に会っていない彼とすぐにでも会えるというならそれは幸せだ。ナツは呆れたように息をつきながら、それでも表情の端には隠し切れない喜びをたたえながら伝令に馬車を頼んだ。
 馬車には無理を聞いて最短距離を急いでもらい、アルトンの町に約束の日付の朝──つまり今日にたどり着いたのだが、約束の昼前の時刻になってもどうやらシュカはやってこない様子だった。まあ何らかの用事で遅れているのだろうと思って指定された噴水のところで待ち続けて一時間、いよいよ暇になってきたところだった。
「……遅すぎやしないかねえ」
 ため息をついて独り言を零したナツ。伸ばしっぱなしにした黒髪は、頭の上で高く結んでも腰辺りまで来ている。艶やかなそれを風になびかせるままに、ナツは門のほうを凝視していた。
 そんなナツの肩を、とんとんと誰かが叩いた。ああ、やっと来たのか──そう振り返ったナツにかけられた言葉は「お嬢さん、お茶でもどうですか」といった軟派な言葉だった。一瞬待ち人に向ける明るい顔をしかけたナツはすぐさまきゅっと口を結び、それからにこりとわざとらしく笑って見せる。どうもお嬢さんと呼ばれるにはむず痒い年齢になってきたものだが、相手はそんなことは気にしていない様子だった。
「悪いんだけど、人を待っているんでね。他をあたってくれ」
「えー、でも君、大分前からそこにいるよね? 少しくらい平気だって」
「あたしが待ちたいんだ。悪いね」
「じゃあ隣良い? 俺君と話したいなあ」
 直感的に、話しかけてはまずい奴に引っかかってしまったなあと思った。こう見えてもナツは、こういった軟派な奴に声をかけられやすい。見目もそれなりに整っているうえ、軽装でいることが多いからだろう。自分が国事に必要不可欠な人材であり、特殊な立ち位置とはいえ城に部屋も持っていると目の前の人が知ったら卒倒するだろうな、と、隣に座るのをやんわり断りながら考える。我が強い種類の軟派は対処が面倒くさい。逆上させて町で乱闘にでもなったら困る、はてさてどうしようか──とにこやかに手で制しているナツのその手が、すっと取られた。目の前の軟派な男性ではない、別の手だ。
「待たせてすみません、ナフェリアさん。……そちらの男性は? お知り合いですか?」
「……いや、少し話していただけだよ」
「俺が待たせている間に相手しててくださったんですか? ありがとうございます」
 シュカは一定の声音を保ったまま、目の前の男性にぺこりとお辞儀をした。国家の認める魔導士のローブを着たままのシュカに、いや、と歯切れが悪そうにした目の前の男性が一歩後ずさる。曖昧に笑って「それじゃあ楽しんで、ナフェルアさん」と聞き取り間違えたらしい名前を告げてからそそくさと去っていく。ナツはそれを苦笑いで見送りながら、未だ手を取ったままのシュカを振り返った。
「遅かったじゃないか、シュカ。何かあったのかい?」
「いえ、仕事が少し長引いただけです。お待たせしてすみません、大丈夫でしたか」
「ああ、シュカのおかげでね。ありがとよ」
「……元をたどれば俺の遅刻のせいですから。間に合ってよかったです」
 申し訳なさそうな顔でナツの手を取ったままぺこりと、再度お辞儀をするシュカの頭を*き乱すように撫でた。驚いた顔で頭を上げる彼に、立ち上がって続きをするように撫でる。
「気にしなさんな。仕事なら仕方ないさ」
「一時間も町の中で待たせるのは、流石に。肌寒かったでしょう」
「多少ね。正直それより、塔からここまで来る日付の猶予のなさのほうが気になってる」
「ああ、……それもすみません。急ぎだったもので」
「いいさいいさ、気にしなさんな」
 シュカが、ナツが撫でやすいようにか詫びのつもりか、すっと頭を擡げる。薄茶のふわりとした髪を撫でながら、ナツはシュカのまた伸びた背が気になっていた。取られたままの手が多少熱をもち、ナツより少しだけ高い背に、年月を感じる。
 シュカは少年から、青年になっていた。背は伸び、シュリはもともと追い越していたもののサヤカとナツを軽々と超えてマコトと並ぶ程度の背丈となって、少年らしく大きかった青の目は、青年らしく多少細められているものの面影として残っている。女性と聞き間違えるような声変わり前の声は、高すぎず低すぎず耳に触れると心地いい高さに落ち着いた。昔よりも多少微笑みが増えたのは、姉と再会したからだろうか。
 彼が守り人に就任してから──あの長い冬から、五年が経っていた。