02

「それで、今日は何の用事なんだい?」
 とりあえずと近くの料理店に入り、料理の注文を済ませたところで、ナツはシュカにそう問いかけた。流石に昼時真っ盛りな店は騒がしいが、ふたりは運よく隅のほうへと案内されたので声は届く。シュカが出された水を一口飲んでから答えた。
「手伝ってほしいことがあって」
「あたしにかい? いいけど。もう人探しは御免だよ」
「流石にそんな無理難題なお願いしませんよ」
「数年前のあんたが聞いたらどんな顔するだろうねえ」
「願掛けのようなものだったんですってば、あれは」
 頬杖をついて話を聞いているナツに対して、背をぴしりと伸ばして苦笑するシュカ。見目が整っているのは相変わらずで、その蒼い双眸を細める仕草はやけに似合う。
「で、手伝ってほしいことって何だい」
「ああ、はい。ええと、今度結婚するんですけど」
 くいとグラスから水を飲んでいたナツが、その唐突な報告にげほと咳き込んだ。ぎょっと目を見開いて立ち上がり、ナツの背をさするシュカの手を素直に受けながら、ナツは思わず机に突っ伏した。なんだいきなり、急に。まさかその報告のためだけに呼び出したんじゃないだろうね、と軽口を叩こうとしたが、心臓が嫌にばくばくと音を立てて邪魔をしてきていた。結婚、という唐突な言葉に目を白黒とさせていたナツに、シュカがナツを宥めながら続けた。
「そんなに驚くことですか」
「ええ、いや、まあ……」
 シュカには恋人がいたのだろうか。
 ナツが今年塔に入る前? それともさらにその前? 毎年塔で顔は合わせるし、そうでなくとも秋冬とよく食事に行く仲だ。いままで一度もそんな影は見せたことがない。別にシュカが結婚するならするでおめでたいことなのだから、祝いの言葉の一つでも渡すべきである。ナツは頭をぐるぐるとさせて、そんな結論にたどり着きながらも、不思議と言葉は喉に張り付いて出てこなかった。シュカは心配そうな顔でナツの背をさすっているし、その行為自体がナツにはなんだか後ろめたいことに思えてきてしまう。
 シュカは頭をぽりぽりと掻いて、未だ不思議そうな顔で二の句を告ぐ。
「姉とミコトさん、夏の間に話がまとまったんです。それで」
「…………待ってくれ、シュリとミコトの話かい?」
「ええ、そうですけど」
「……悪いね、あんたの話かと勘違いしたよ。恋人がいたのかと思ってね」
「ああ、すみません。俺じゃあないです」
 ナツがそう聞いてすっと背筋を正した。柄にもなく取り乱してしまったなあと我ながらに思い、もう一口と水を煽る。シュカはもう大丈夫ですか、と問うてからするりと自分の席へと戻っていった。その所作がいちいち花になるものだから、ナツはため息をついた。宮廷魔導士であり守り人であるのだから、確かにいつ結婚してもおかしくはないな──自分で思って自分でじわりと痛みを覚えたので、ナツはそこで考えるのをやめた。
 シュカも一口水を飲んでいた様子だった。ナツはシュカの白い喉がごくりと水を飲み干すのを待って、続きを促した。
「それで、頼み事って何だい」
「姉さんとミコトさんの思い出の地が、この近くにあるらしくて。それにこの教会には俺が世話になっていたし……ここで結婚式をあげようってことになったんです」
「ああ」
「秋の終わりごろに式を挙げたいらしいんですが、姉がいま師匠のもとで大掛かりな魔術実験に参加してるらしく。俺はあまり携わってないのでいいんですが、秋の終わりの直前までは仕事が抜けられなくて」
 店員が、話を邪魔しないようにそっと二人分のシチューを置き、それから二人分のパンの乗った大皿を真ん中に置いて去っていく。ナツとシュカは同時にお辞儀して、同時にスプーンを取った。五年間で、お互いの間合いは心得ている。いただきますと小さく口にして料理を口に運びながら、シュカはゆっくりと続けた。
「ミコトさんも秋の真ん中あたりまで訓練が抜けられないらしいので、俺に式の支度をしてほしいそうです。なので、今日からしばらく休暇をもらってきました」
「……ああ、あんたはあれだもんね。自由任務」
 ナツが納得したように頷く。守り人であるナツやシュカは、基本的に塔にいる以外の時間の自由を保障されている。働かなくても十分生活できるだけの賃金は貰っているし、冬の守り人であるユーキなんかは塔に居ない時期は家に籠っている様子だ。絵を描くことを趣味としている彼は、本当に家から出てこない。ナツは旅が好きだからという理由で基本的にふらふらとしているし、魔術師になりたいと志したシュカは宮廷魔導士となっている。ただ、あくまで自由任務、いつでも辞められるし魔術師として活動できるという正規の人員とはかけ離れた勤務形態ではあるが。シュカは自分の意思で春以外は基本的に魔術師として過ごすという生活を選んでいた。
 この五年間、正規の人員と同じように休暇をとる彼しか見たことのなかったナツは、こうして自由任務の権利を行使するシュカは物珍しい。木の匙でごろごろと雑に切られた肉を口に運ぶシュカを見つめながら、ナツもぱくりと人参を食べた。
「ええ。ミコトさんは今ちょうど魔法騎士になりたてですし、抜けられないのも仕方ないですね」
「式を待つつもりはないのかい? 来年とか」
「来年となると、また秋まで待つことになるから今年がいいそうです。自分たちで支度すると冬終わりになって、俺がばたついてしまうので」
「……なるほどね」
 とうとうまとまったのか、とナツはシチューを食べながら思った。ナツが塔に入る前になにやら大喧嘩していたのは耳にはさんだけれど、いつのまにやら解決して、挙句に結婚までしていたらしい。あの大量の書簡の中にはもしかしてその知らせも入っていたのだろうか。まだ読み切れていないそれを思い出しているナツにも構わず、シュカは続ける。
「それで、お願いなんですけど」
「そうそう。なんだい?」
「ナツさんも、式の支度を手伝ってくれないかと思って」
「……あたしかい?」
 こくり、とシュカが頷いた。
「女性の視点も欲しいんですけど、他に頼める人もいませんし。俺と同じで自由のあるナフェリアさんがちょうどよくて」
「別にあたしは構わないけど、女性視点として参考になるかはわからないよ」
 女性らしくないしね、と笑ったナフェリアに、きょとんとシュカが目を丸くする。
「ナフェリアさんは十分女性らしいですよ」
「そうかい? そう見えるなら光栄だね」
「ええ。美しい方だと思います」
 何食わぬ顔でそう告げるシュカに、ナフェリアは思わずぴたりと体を止めた。そういうことを言われるのはあまり、軟派な声かけ以外ではない。ぱちぱち、と誤魔化すのも忘れて目を瞬いたナツに、シチューを食べていたシュカが不思議そうに視線を送ってくる。
「……あ、いや、なんでもない。あたしでいいなら、式の支度は手伝うよ」
「ありがとうございます、助かります」
 シュカがぺこりと頭を下げた。ナツは気にしなさんな、昔馴染みだろうとシュカの肩を叩いて見せた。