03

 明日からしばらく、式の手配のためにアルトンで一緒に行動する。昼を食べ終わってすぐに最後の引継ぎに、森にいるらしい魔術師のところへ戻っていったシュカを見送って、ナツは宿屋へと引き上げてきた。そっちのほうが何かと楽だからとシュカが隣の部屋を手配してくれていたのだ。
 どさりと旅の荷物を置いて、寝台にどさりとその身を横たえた。はじまるのは、今日の発言は不自然じゃなかっただろうかという思考の海での反省会。塔に籠っている間はまあ旅をしているころに比べれば運動しない上、数日間の馬車での強行軍の果てだ。なにかぼろが出てしまってもおかしくない。
 するり、と寝転がった自分の視界に左腕を持ってきた。窓から差し込む陽光に照らされるその青色の腕飾りは、五年前から自分の手の中にあるものだった。革紐編みの青色の腕飾り。一度壊れて、わざわざシュリたちに店の場所を聞いて直しに行ってもらったのは一年前のことだっただろうか。同じ場所で店を構えていてくれて助かった。
「シュカからの貰いものだから外せないんだけど、重いとか思われてないかねえ」
 ぽつりと独り言を零して、ナツは左腕から力を抜いた。重力に誘われるまま寝台に落ちた腕の感覚に、息をついて目を伏せる。女々しいのは自覚しているのだ。
(美しい、か)
 食事の最中に、シュカが何気なく零した言葉がナツのなかでずっと引っかかっていた。いや、引っかかっていたというにはどうにも、感情が入り混じっている。正確な言葉を表すのならば──嬉しくて、怖かった。
 放り投げた腕を引き寄せる。その身を縮こめて、薄手の毛布を頭からかぶった。天幕の中に入ったような暗さになんとなく安堵して息をつく。
 シュカと共に在るだけで、どうしようもなくときめきが溢れてくるのだ。所作の一つ一つが格好良くて、自分に頭を預ける様子がどうしようもなく可愛くて、五年前のあの日、凛とした──それでいて、あきらめを讃えたようなその目が、忘れられなくて。彼が初めて塔へと入るときにナツに押し付けた腕飾りは、今もナツの腕に在る。彼が成長していくたびに、胸の中で燻る熱は、どうしようもなく肥大化する。
 ただ、姉を見つけた恩人として、守り人の先輩として慕われているのは分かっていた。だから、誘われれば食事に行くし、たまには手紙のやり取りだってした。塔での入れ替わりにはもちろん顔を合わせ、短い近況の報告もする。
 ──切っても切り離せない縁である。だから、こんな心はいらないのだ。シュカを、だれのものにもなってほしくないなんて言う気持ちで縛る資格は、あたしにはないのだ。優しい彼は、きっとすべてを包み隠して今まで通りあたしと接してくれる。あたしが何かを伝えた末に壊れた関係だとしても、それを守ってくれる。だからだめなのだ。誰よりもそれを、あたしがわかっている。
 ナツは何度も辿り着いたその結論が変わりないことを確かめて、ふうと体の力を抜いた。今日の自分は結婚話に動揺したり、美しいという言葉に硬直したりと失敗ばかりである。明日からしばらく行動を共にするというのに、気を引き締めていかないときっとこれ以上に失敗するだろう。きゅっと口を結んだ後に、ナツは荷物の中に雑に入れられている書簡を引っ張り出した。
(…………この中に、ミコトたちからのものはあるかねえ)
 宛名だけを見ていけば、彼らからの知らせはすぐに見つかるだろう。ナツは今日の思い出をこれ以上きらめいたものにしないためにも、書簡の宛名をじっと見つめていた。