あなたに名前を呼ばれれば、いつだって眠りから覚めることができる。あなたが傍にいるのに、僕を呼んでいるのに、どうしてゆうゆうと眠ることができようか。そんな思いを抱えて、マコトはゆったりと目を開けた。彼の意識をうつしよへと引き上げたのは、優しい声だった。
ただ、青い光と冷たい岩に囲まれて目覚めた。視界を埋める美しさに目を奪われながら、どうしてぼくは、こんな所に居るのだろうと思う。ずきりと鈍く痛む頭を抱えながら水に沈んでいるらしい体を起こして、髪をかき上げる。黒髪がぺたりと張り付く感覚がいやに鮮明だった。
裸足でぺたりぺたりと洞窟の中を探索した。まだ、頭はぼんやりとしている。きょろきょろと見渡すも、どうにもこの場所に見覚えがない。自分でここに着た覚えはもちろんないし、この青い光にも──微かな既視感しか、ない。岩と木箱がごろごろとしているそこは、どうにも眠りには向いていないように感じる。果たして自分は、どうしてここで眠りについたのだろうか。下着以外何も着ていないのも不思議だ。自分は服を着ないで眠る習慣でもあっただろうか。何の気はなしに宝箱を開けば、自分にぴったりと合う服がそこにはあったので、体についていた水を軽く払いのけてからそれを着た。着心地はそれなりに良く、衣擦れの音が耳に触れる。麻布でできたそれは肌触りもしっくりと馴染んだ。
服を着てから、少し向こうを望む。どうやらこの壁を越えた先には光があるらしく、青空が垣間見えた。青年は目をゆったりと細めて考える。ここにずっといても仕方がない、それ以上に、ぼくはどこかへと向かいたい──このくらいの高さなら、もしかして登れるだろうか。試しにと岩に手をかけてぐいと体を持ち上げれば、案外簡単に上までたどり着くことができた。体に着いた土ぼこりを軽く払い、ゆったりと歩き出す。
──ここは、どこだろうか。
洞窟を出れば、目の前に広がるのは見覚えのない景色だった。雄大に広がる自然、どこまでも歩いていきたくなる道のり、そしてそれ以上に重々しい雰囲気をまとった──遠くの城。武器もなしに、怨念と言うに相応しいような、禍々しい空気を纏った其処へ足を向ける馬鹿がどこにいるのだろうか。そう、自分に対して思いながらも、青年はその城から目を離せないでいた。あそこへ行きたい。なにを賭してでも、たとえ命が危うくなろうとも、あそこへ、向かいたい。どうしようもなく胸の奥底が疼き、動悸が切なさを訴える。どうしてこんなにも焦がれるのだろうか。それは、自分を微睡から掬い上げたあの優しい声に抱いた思いと、酷似しているような気がした。
遠くで、老人がこちらを見ている。突然洞窟から出てきたぼくに驚いているのだろうか、それとも警戒しているのだろうか。それにしては、ずいぶんと優しい目つきだったような気がしたものの、万が一にもなにか誤解されては困る。はてさてどうしたものか、自分が信用に足る人物だとどう伝えようか──そう思って記憶をたどり、マコトははじめて気が付いたのだ。
ぼくはマコト。見も知らぬ洞窟で目覚めた、城にどうしようもなく焦がれる想いを抱える、青年。ただそれだけ。
自分が誰か、どこから来たのか──誰に、なにごとに焦がれているのか。そのわけを、記憶のひとかけらさえも持ち合わせていないことに。