02-始まりの台地

 木の棒を振り回すのは悪い気がしなかった。ハンマーや斧、それに弓や盾は、どこか手に馴染まない感覚はあったけれど、使ってみると案外楽しいもので、ポーチがいっぱいになるまで無邪気に集め回ったものだ。試練──優しい声に導かれて手に取ったシーカーストーンなるものをかざすと起動する祠を四つ巡れば、パラセールを譲渡すると約束してくれた老人のために、マコトは今はじまりの台地を駆け回っていた。
 はじめは襲い来るボコブリンに涙目になりながら出鱈目に木を振り回していたが、慣れてくるころには錆びた剣を横薙ぎにして、着々と強さを手に入れていった。マコトは、他の武器よりも圧倒的に使い慣れたように感じる片手剣に不思議さを覚えながら、そして度々はるか遠くの城を見つめながら、祠を終えた。そのころには、シーカーストーンには、四つの新たな力が身についていた。磁力で金属のものを動かすマグネキャッチ、それから水のあるところで氷柱を建てるアイスメーカー、ものを一時的にその場にとどめるビタロック、それに炎いらずで跡形も残らないリモコンバクダン──まだ使いこなせたものではないが、心強い味方になることは確かだ。そもそもぼくはどうしてこのシーカーストーンをあの部屋で──回生の祠と呼ばれるあの場で授けられたのか、覚えていなかったのだけれど。
 最後に訪れたのは、はじまりの台地の断崖にそびえるワ・モダイの祠──ビタロックを授けられた祠だった。他の祠同様、祠を終えると、タイミングバッチリに老人がやってきて、パラセールを譲ってくれる旨を伝える。同時、さっきまで確かにそこにいた老人が、消えた。
 四つの祠の交わるところ。彼はそう遺した。どうして消えたのか、いまのいままでそこに存在していたのに、ぼくのことを導いていてくれたのに、まるで幽霊のように消えてしまった老人。理由を、聞かなければならない。
 いいようのない心細さを抱えながら追う形で台地中を駆け回り、伝えられたのは、真実だった。
 
 ぼくは勇者。英傑マコト。
 怨念に包まれたかの城にいる姫巫女サヤカの側近でありながら、退魔の剣に選ばれしハイラルの勇者。
 現実味が沸かない肩書に、ただただ呆然とした。それと同時に、終わった世界にどうしようもなく絶望する。
 厄災ガノン。姫巫女、英傑、その力をもってしても、奇襲をかけられ封印することがかなわなかった存在を、姫巫女サヤカはいまひとりで抑え込んでいるのだという。栄えていたハイラルはガノンの力により廃れ、いくつかの村や里は魔物たちから身を守るべくひっそりと身を潜め暮らしているらしい。
 実感が、湧かない。自分のことも分からないのに、いきなり百年間も眠っていただの、自分が勇者だの、どうにも現実味のない話だった。だって自分は木の棒や斧を振り回すことしか知らないただの青年だ。世界を背負う立場だった自分とは違う。退魔の剣と呼ばれるものに選ばれることなどきっとない、どこにでもいる若人だ。そんな大任、いまのぼくに務まるわけなどない──だというのに、城から目が離せなかった。優しい声を持ったあの人は、今もかの城で戦っている。どうにもこうにも、体はそこへと進もうとしていた。彼女をたすけなければならない。王に言われたからなどと、そんな即物的な理由ではなかった。どちらかと言えば、本能と呼ばれるものに類する感情だ。それでもまだ、あそこに向かうことはできない。だっていまのぼくでは、きっと直ぐに死んでしまう。
 老人改め──ハイラルの王は、そんなぼくの内心すら見透かしているようで、次の行き先を示してくれた。それは、かつての知り合いがいるというカカリコ村。絶壁に囲まれ、百年前のガノン、およびガーディアンの侵攻を防いだという難攻不落の村だ。約束通りとパラセールをくれた老人は、去り際に寂しそうな笑みを遺していった。
「──どうか、娘を助けてくれ」
「……お約束は、出来かねます。ぼくはまだ、あまりにも弱い。だけど、それでも、姫巫女さまを……ぼくは、助けたい」
「それでいい。十分だ、英傑マコト」