03-式典場後

 初めて出会ったとき、彼女は無力だった。
 ぽつぽつと紡がれる、歯切れの悪い儀式の言葉。跪いたマコトの耳に触れるのは、サヤカがゆるやかに紡ぐその言葉だった。王家に伝わるドレスを身に纏い、先ほど英傑任命の儀を終えたばかりの彼女は、どうも自分に好感を持っていないらしい。これから、御付きの騎士として長い時間を共にするというのに、どうしたものだろうか。マコトは、時折挟まれるため息と彼女のことばをぼんやりと聞きながら、そんなことを考えていた。
「やれやれ、余計なお世話だったかねえ」
「仕方ないですよ。姫様にとって、彼は──マコトさんは、コンプレックスの塊のようなものです」
「知ってはいたんだけど、甘く見てたね」
「兄貴も兄貴で言葉足らずだからなあ」
 ナツとシュカのやり取りに口を挟み、息をついたのはミコトだった。オルディン地方、ゴロンシティ出身の青年である。一族の護りの力を受け継いだ彼は、退魔の剣の持ち主であり、サヤカの御付きの騎士となったマコトの双子の弟だ。護り、という割に兄とお揃いで盾は持っておらず、その代わり背には大剣が背負われていた。その横には、リトの村の出身で風の使い手であり、サヤカと幼いころからの付き合いとなるシュリが、心配そうな様子でサヤカを見つめている。
 王家の式典場に、生ぬるい風が吹く。マコトの艶やかな黒髪と、陽に透けるサヤカの髪を掬っていったそれに、とうとうサヤカが口籠った。
「……こんな儀式、何の意味もないでしょう」
「…………」
 これ以上ないくらいに深く息をついてそう言うと、サヤカは前に伸ばしていた腕を垂らした。目の前に跪くマコトから目を逸らし、唇を噛むようにして髪を靡かせている。マコトは何も答えることはせず、その場で頭を擡げるだけだった。それにまた苛立ったのか、サヤカはきゅっと拳を握る。重苦しい空気がその場に流れ、不安を煽るかのようにどこかでコマドリが鳴いた。
 間に入ってその場の空気を取り持ったのは、ゾーラの里の王女ナツだった。明るいその性格を武器にぱっとふたりを引き離し、サヤカをシュリに、マコトをミコトへと押し付ける。これから共に厄災討伐へと向けて活動するのにこれでいいのだろうか。相変わらず無言を貫く騎士マコトと、強情に口を結んでいるサヤカを見て、先の不安に砂漠に住むゲルド族の長、雷の使い手シュカはため息をついた。

 厄災ガノン。伝説に語られる怨念の塊、それがこの国を襲おうとしていると王宮の占い師が予言したのは、一体いつのことだっただろうか。今代に襲い来るといわれたそれを封印すべく、今この国の人々は準備していた。発掘された遺物、四つの神獣を使いガノンの力を削るために集められた四人の英傑──炎の護りのミコト、水の祈りのナツ、風の猛りのシュリ、雷の怒りのシュカ──彼らと、伝説に残る退魔の剣に選ばれた勇者、マコト。彼らがガノンの力を削り、それからハイラル王家の姫巫女、封印の力を受け継ぐサヤカがガノンを封印する。来る決戦のその日のために、国の中でも特にその六人は奮闘することになる。
 ただ、彼らには問題があった。四人の英傑は訓練こそ必要だが問題なく神獣を扱えるし、勇者として選ばれたマコトは確かに希代の才を持つ剣士だ。しかし、ガノンには封印を施さなければいけない。その封印の力を受け継いでいるはずの姫巫女サヤカの身には、未だその力が宿っていなかった。
 王宮の口さがない者たちには「無才の姫」と罵られ、日々冷たい泉で修業をしているのに発現しないその力に悩まされ、せめて自分にできることを、と遺物の研究を先だって行うも、「学者の真似事」と呆れられる。心優しく、したたかであった彼女は表にこそ出さぬものの、ひどく心を痛めていたのだ。
 だからだと思う。そこまではマコトも知っていた。人の口には戸が建てられぬもので、騎士団として城にいるころからそんな話は幾度となく聞いたものだった。無才である彼女は、努力も素質も天才と呼ばれるマコトを見るのが辛いのかもしれない。そんな烏滸がましいことを思ってしまうほど、マコトに対するサヤカの態度は冷たかった。マコトは一言たりとも──代わりに言葉が足りないのだが──彼女を無才だと陰口を叩いたことなど、そもそも無才などと思ったことも、なかったのだが。
 ただ彼女は冷たかった。彼女の心は、ヘブラの高地の何人たりとも足を踏み入れないような雪のように高潔で、純に白く、それゆえ御付きなどとはいえマコトなどが触れることは許されないものなのだ。だから黙って跪いていた。空気を何とか和ませようとして、過去の勇者と姫の儀式を真似ようなどと言い出したナツにも頷いて、決して彼女の顔を見ないようにしながら。
 自分の背に乗る重さ、退魔の剣を臨む彼女の表情に、知らないふりをしながら。