朝日が窓から差し込んでいる。数度の瞬きを経て起き上がったマコトは、向かい側の寝台に座っているサヤカに目をやった。髪を梳かしていたらしい彼女はマコトが起き上がる音で振り返り、まだ朝であるせいか、それとも昨晩の酒のせいか、蕩けた瞳で朝の挨拶を紡ぐ。
「おはよう、マコト」
「おはよう、サヤカ。……寝坊したかな、僕」
「日が昇ってからそんなに経ってないよ」
太陽の光が彼女の髪をきらめかせていた。金に近い薄茶の髪は、寝台に座り込んだ彼女の足にかかるほど伸びている。濃い紅の櫛でその髪を三つ編みに結い上げていくさまを、マコトはゆっくりと眺めていた。
細く白い指先が、柔らかな髪を一束一束掬っては、ふんわりと大き目な三つ編みに仕上げていく。昔から変わらない彼女の髪型だった。青藍のワンピースに白藍色の上着を重ねたサヤカの姿に、見惚れる。
出逢った頃よりもずっと女性らしくなったサヤカから、どこか目を逸らしていたような心地がした。
「……ねえ、サヤカ」
「なあに」
マコトは自分の寝台から立ち上がり、サヤカの隣に腰を下ろした。さして違和感を覚えずそれを受け入れる彼女の頬に、するりと手を滑らせる。柔らかな頬の感触がマコトを迎えた。
一瞬驚いたように目を見開いたサヤカが、その手にゆっくりと頬を摺り寄せる。微かに赤色に染まった彼女の口元は綻んでいた。
「マコト、どうかしたの?」
「……あのさ」
「うん」
「サヤカって、僕のことどう思ってる?」
半分目を伏せてマコトの手に頬を預けていたサヤカがその質問にマコトのほうを見た。桃色の瞳が細められ、マコトを映す。
「どうしたの?」
「少し気になったから」
「そうだなあ……かけがえのない人、かな」
相棒、という単語がいの一番に飛び出してこなかったことに、マコトは多少驚く。頬に手を添えようとも、抵抗のひとつもせずに甘える彼女に違和感を覚えなくなったのはいつだっただろうか。
「マコトは? 私のことどう思ってる?」
「……相棒で、かけがえのない人。あとは護るべき相手かな」
「さすが。頼りにしてる」
「任せて」
サヤカが、マコトの返事にくつくつと笑う。昨日、ナツと話をしたばかりだからか、サヤカの少しだけ熱を持った頬の感覚がやけに意識された。良い返事が貰えるかもよ、と仄めかしたナツの言葉が頭を過り、マコトはそのままサヤカの髪に手を滑らせる。纏められた三つ編みはふわふわとマコトの手をくすぐっていた。
サヤカとの距離は一人分もなかった。恋仲と称すに丁度いい距離感であることくらい、マコトだって知っている。
──言ってみても、いいのだろうか。ナツの言うように、もしもいい返事がもらえなくたってきっと関係は変わらない。それを丸ごと信じているわけではないけれど、一度くらい、言ってみてもいいのかもしれない。
隣で優しく微笑むサヤカへの鼓動と、昨晩ナツに焚きつけられた分の熱の残り香が朝日に混ざる。もしも本当に伝えるのならどうやって言おうか、どうやって伝えようか。降り積もって静かに燃える恋情を。
そんなことを考えるマコトの顔を、サヤカが覗き込んだ。
「難しい顔してるね、マコト。考えごと?」
桃色の目が細められる。サヤカの声は、思い返せば他の人の前では決して聞かないような甘ったるい声色だ。朝日に照らされるサヤカと、マコトの視線が交わった。
「…………──好き」
その言葉は、思ったよりも簡単に喉から滑り出た。
サヤカの目が見開かれ、驚いた表情が固まる。思わず自分の口に手を当てたマコトは、今己が何を言ったかをゆっくりと反芻して、頬をかっと染めた。釣られるようにして、サヤカの白く柔らかな頬も赤色に占領されていく。
沈黙がふたりの間に落ちた。
マコトには、返事を乞うことも、言葉を続けることもできない。ただ交わり合った視線だけが真実で、それだけがよすがだった。
「……サヤカ」
マコトの喉から辛うじて絞り出されたのはサヤカの名前ただひとつだった。
呼ばれたサヤカが肩を揺らした。数拍置いて、やがて、サヤカの瞳が柔らかく細められる。泣きそうにも、満面の笑みにも見える微笑みで、彼女は桜色のくちびるをゆっくりと開く。紡ぎ出される言葉はいつもと変わらず、しかしながら確かに甘く、マコトの耳に触れた。
それは、あるいは夜明けで、あるいは春の訪れだったのかもしれない。