蒼羽の輪郭

「わかった?」

 頭に処理しきれないほど大量の情報が一気に流れ込んできた。すると次の瞬間、光が視界を満たした。一瞬、何も見えなくなった。けれどすぐに、淡く透ける髪だけが浮かび上がる。目の前には凛とした少女がいた。ぼやけた視界の焦点を合わせようと、数度瞬きを繰り返す。

「わからない。誰?」

 掠れた声が、聞こえた。――私の声だ。私は、そして目の前のあなたは一体。
 この身体は誰のものだ。私は何者なんだ。未だに状況が把握できずにいると、目の前の少女がふ、と柔らかくも控えめに微笑んだ。まだ視界はぼんやりとしたままだ。

「……だろうね。こんな旧式の促成学習じゃ」

 ふう、と溜息をつく彼女は、起きられるかと訊ねれば、私に手を差し伸べた。いま私が置かれているこの状況どころか、自分がなんという名前なのか、どこから来たのか、そういった根本的なところから抜け落ちているらしかった。何を信用しようにも、今は情報が少なすぎる。ひとまず、私は差し伸べられた手を取った。ゆっくりと上体を起こすと、次第に目の前がひらけていった。
 彼女の目は思っていた以上に赤く、それから、この促成学習? の医療ポッドに入っていたからだろう、私は生まれたままの姿だった。

「私はセツ。よろしくナマエ」
「ナマエ」
「そう。君の名前だ」

 私はナマエで、彼女はセツというらしい。辺りを見渡して見ると、決して広くはない部屋だ。隣には同じような医療ポッドがあった。セツは身体を腕で隠す私に、私のものらしい服を手渡ししてくれた。どちらが前で後ろか、試行錯誤しながらも袖を通す。

「ありがとう、セツちゃん」

 そう言って、私なりに微笑んでみた……つもりなのだけれど。彼女は眉をひそめて表情を歪めた。何か気に障ることを言ってしまっただろうか、それとも私の笑顔はそんなにも下手くそなのだろうか。医療ポッドの蓋に反射する自身の顔を見てみるけれど、その線は薄そうだ。
 どうも困惑の色を浮かべている私を見て、セツはふふ、と笑った。

「セツでいい。私は汎だから」
「汎? ……わかった。セツ」
「うん。それがいい」

 汎、はよくわからないけれど、ちゃん付けを好ましく思わないあたり、きっと性別に関するあれこれだろう。気を遣って敬称をつけてみたけれど、そのように性別をもたない人もいるのだ。ならば初めからつけない方が良いな、と考えを改めた。

 ⊕⊕⊕

 セツに導かれるまま、メインコンソール室と呼ばれる場所へ辿り着いた。その道中、セツは私に問うた。

『人類はこの宇宙から消滅すべきだと思う?』

 突然投げかけられたその重々しい質問が何を指すのかまったくわからなかった。彼女はあまりにも真っ直ぐな視線を私に向けるのだけれど、私はその質問の意図すらわからず、そもそも記憶が抜け落ちているそうなのだ。自分の置かれている状況すらわからないのに、一体この宇宙の何がわかるというのだ。
 答えを決めかねて口を噤む私を見て、セツは「困らせちゃったね」と私の肩を叩いた。

「気をつけておいて。これから会う三人のうち、ひとりは人間じゃないから」

 人間じゃないものが、この船に乗っている。
 先程の促成学習? にそのような事実が組み込まれていたような、そうでないような。そんな波乱状態に巻き込まれてしまったのか。それに人間じゃないなんて、どのような宇宙人の姿があるというのだろう。
 押し寄せてくる不安に唇を触ると、セツがその仕草を見てどうしてだか表情を緩めた。私のこの不安を紛らわせるためだろうか。そう考えると、私も同じように頬を緩めていた。

「特に……初対面だとラキオが厄介だと思うけれど」
「ラキオって?」
「ああ、わからないよね。中に入ったらひとりずつ紹介するよ」

 三人、だったっけ。うちひとりは宇宙人だったとして、皆セツみたいに優しい人なら嬉しいのだけれど。
 メインコンソール室の扉が開いていくと、セツが私の背中を軽く押してくれた。自然と足が一歩前に進む。

「じきに慣れるよ。今日はきっと大丈夫だ」

 重い鉄製の戸が開ききると、セツの言っていた通り、三つの影があった。その三人の視線が一気にこちらに集中して、ついセツの後ろに隠れた。
 まずは紫色の癖のある髪を胸ほどまで伸ばした、どこか憂いを帯びた少女。瞳の色が左右で違っている。その隣が、赤髪を高く結って頬にハートのスートを描いた、スタイルの良い派手な女の子。大きな目をぱちぱちさせて、こちらにウインクをした。そして三人目が――

「ああ、来たね本命が」

 青い。とても、青い。この場にいる中で、最も派手だ。赤髪の子を派手だと認識してしまったことを深く謝罪したい。その中性的なよく通る声は、どうやら私たちに向けられたもので、その声の主はその青い人だった。
 セツが大人しい少女に声をかけられると、私に目を合わせてから小階段を下りた。私もそれに続くように一段ずつ下りる中でも、やはり気になるのは青いその人だ。頭に青や緑、紫など色とりどりの羽飾りがついている。ヘッドフォンからはコードが伸びており、それは背に繋がっているようだった。顔にも青色のペイントが施されており、ワンピースのようなその服も青。セツたちの会話なんて、とても耳に入らなかった。

 それはまさしく、「美」だ。

 その姿からは芸術的な美しさを感じて、思わず息を飲んだ。その奇抜で個性的な美しいファッションセンスもさながら、顔立ちがこの上なく整っている。長い睫毛、白い肌、通った鼻筋に厚い唇。こんなにも美しい人間が存在するのかと、瞬きを、呼吸の仕方すらも忘れていた。

「――、ナマエ」
「えっ、あっ。ごめんなさい、聞いてなくて」
「目が覚めたばかりだ。無理もない」

 ぼうっとその目につく色に気を取られていると、私を呼ぶ声が聞こえた。セツが私を呼ぶ声すらも遮断してしまっていたらしい。慌てて謝罪すると、セツは仕切り直すように咳払いをした。それから、ひとりひとりを紹介するように腕を伸ばす。

「彼女はジナ。こっちがSQで」

 紫髪の少女は、ジナ。赤髪の女の子はSQ。ジナは「どうも」と小さく頭を下げて、SQは「よろしくねん」と手をひらひらと振った。ジナ、SQ。ジナ、SQ。小さな脳みそに覚えさせるように頭の中で反芻させる。ジナと、SQ。だったら、あとひとりは消去法で――

「それから、これがラキオだ」

「これ」と呼ばれた対象は、フンと鼻を鳴らす。私の視線が自然と奪われてしまってた、青色の彼だ。彼? 彼女? セツと同じように、不明確だった。ラキオは、他の三人と違って私と仲良くする気はないのか、腕を組みながら私をじっと見ていた。セツの言っていた「厄介」がラキオなのだろうけれど、宝石みたいな蒼の瞳に見つめられるから、どうしたって面映ゆい。

「記憶喪失だからやっぱり手がかりゼロってこと?」
「やれやれ、さっきから言っているじゃないか。『何も覚えていない』なんて、怪しいことこの上ないだろう?」

 困ったように上を見上げるSQに、ラキオは肩をすくめてみせた。そうしてラキオは私をじっと見つめて、睫毛を二度震わせた。まるで話の流れを把握していない私は、足りない頭をフル回転させた。促成学習から断片的に得た情報、それからセツの話からすると、人間じゃないものをこの中から探し当てようとしているところだろう。その一環として、この場に連れてこられた。
 じっとこちらを見つめるラキオにつられるように、ジナとSQも私に視線を集めた。

「私、もしかして疑われて」
「もしかしなくても、当然じゃないか。その白々しさ。ほぼ間違いなく、ナマエこそ――グノーシアさ」

 先程より、ほんの少し眉がつり上がっている。その端正な顔立ちが、妙なプレッシャーをかけてきた。「ナマエを消してやる」と言わんばかりに。



 彼の顔は美しい。芸術品のようで、どこか幻想的で、よそを見ていたとて思わず目を奪われてしまうほど。この上なく美しい。

「ハ、上手く人間になりおおせたつもりだろうが、残念だったね」

 出会いは、その性格は、最悪だ。

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