私の罪を教えてくれ
――おっと、もしやここは私の知っている世界ではないな??
そう思ったのは、物心がつくどころか、言葉を発するよりも前のこと。ようやく目が開けられるようになって、ぼんやりとだが周囲を認識できるようになってからだったと思う。
きっかけは、私を抱き上げた母親の、とんでもない大きさ。私が赤ん坊であることを差し引いても、母は巨人並みの体躯を誇っていたのだ。初めてきちんと顔を合わせたとき、母の勝ち気な美貌に見惚れたのも束の間、抱き上げられた高さに、「ん"っ!!?」と、声にならない声で叫んだことが懐かしい。
しかし、驚くべきことはまだまだ沢山あった。なんと、母は海賊だったのである。それもとんでもなく強い――私を生んだ時はまだ17歳だったので、年齢だけを見れば小娘ではあるものの、実力は折り紙つきだったらしい――女海賊……控え目に言ってもヤバくない?
「Oh my God!!」と(脳内で)地に膝をつき、天を仰いで嘆く私 ――実際は、生まれて間もなく握り拳を振り上げた勝ち気な赤ん坊であったらしい ――を見て、今生の母は一体何を思ったのか、「さすがおれの娘、コイツは大物になるよ!」と腹を抱えて笑ったと言う。
*
突然だけれども、私には「前世」の記憶がある。自分で言っておきながら、中二病を拗らせたやべぇ発言であることは重々承知しているので、取り敢えず聞いて欲しい。
「前世」の私は、この世界とは全く別の世界の、平和な国の平和な町で、平和な日常を送っていた。優しい両親と可愛い弟と妹、お転婆なワンコと気ままなにゃんこの、5人と2匹で暮らしていたのだ。平凡で単調な毎日を、「退屈だ」なんて言いながらも、幸せを感じながら生きていた記憶がある。定期的に会って飲みに行く友人もいたし、会社では上司にも同僚にも部下にも恵まれ、大学時代からの恋人もいた。結婚の話も出ていた。そんな、どこまでも普通の、どこにでもいる一般人だったのだ。
それが、一体何をとち狂ったのか。とんでもねぇ世界の、とんでもねぇ母親の元に生まれ落ちた訳である。私は、「前世」で一体どんな罪を犯したのだろうか。全く身に覚えがない。知らないうちに、ひっそり佇むお地蔵さんでも蹴り倒したのだろうか。
そうではなくてもし神様の気紛れなのだとしたら、悪趣味なそいつをぶん殴ってやらないと気が済まない。
なんで平和な国で平和な人生を送っていた女を、生きるか死ぬかのサバイバルワールドに放り込んでみ〜よぉ!って思ったの?そんなもん考えるまでもなく、5秒と経たずに死ぬに決まってんだろ。今のところ私がまだ死んでないのは奇跡としか言いようがねェ!!
それに、百歩譲って放り込んだのはいいとしても、それなら「前世」での記憶もごっそり丸ごと奪っておいて欲しかった。平和で安穏とした「前世」を覚えているからこそ、今生のサバイバル生活との対比で胃がねじ切れそうだ。この世界の「当たり前」に何一つ対応できないどころか、寧ろこのまま対応できずに死にたいレベルである。
……はっ!!…もしかしたら、死んだら「前世」と同じ世界に帰ることができるかもしれない!!
「前世」での最期は覚えていないが、きっと死んだのだと思う。死んでこの世界に転生したのならば、こっちの世界で死ねば元に戻れるかもしれない。
うん、きっとそうだ。死ねばいいんだ。今すぐには無理 ――なにせまだ幼児であり、かつ私はママの長子なのでそれなりに気に入られているのか、守役の目が至るところにある ――だから、ある程度成長して自由が手に入ったら死のう。死んで、ここからおさらばしよう。
最悪戻れなかったとしても、ここからは離れられるもの。だって、「前世」で普通を極めた記憶のある私は、ここの暮らしに馴染めない。
船上の生活、海賊行為、殺し合い、「前世」と違って子供に興味関心を寄せてくれない母親、そして毎年毎年増え続ける弟妹……何に対しても、頭と心が追いつかない。馴れない。いつまでも、それを「当たり前」として受け入れられない。特に最後者に関しては、「一体何事??」状態である。
「前世」でも弟妹はいたし、親戚の子も年下がほとんどだったので子供の世話は得意だ。そもそもが子供好きなので、弟妹が増えるのは嬉しい。いずれ死ぬ気だとか、この世界に慣れないだとかは抜きにして、子供は可愛いから。
私が1歳のとき、弟が生まれた。可愛かった。
2歳のとき、妹が生まれた。可愛かった。
ここまではよかったのだ。「前世」と同じく、弟と妹が一人ずつ。どちらも本当に可愛いかった。
私が3歳のとき、男の子の三つ子が生まれた。ここらで、「ん?」と思った。三つ子……三つ子っ!?
いや、まぁ三つ子も決して生まれない訳ではない。実際には会ったことはないけれど、テレビで見たことはあるし…と、困惑しながらも何と言っても母親がママだもんな、と納得した。それに、赤ちゃんは可愛い。私の知っている赤ちゃんはもちろん、先に生まれた弟妹より体が大きかろうとも、力が強かろうとも、私の可愛い弟達である。
翌年、私が4歳のとき、四つ子の女の子が生まれた。今度は、「ん"ぇ!?」と声が出た。すぐ下の弟に不思議そうな顔をされたが、こちらとしてはそれどころではない。四つ子!?…まぁ有り得なくもないが、そんなホイホイいるものでもない。とは言え、やはり赤ちゃんは可愛い。妹が増えるのも嬉しいし、別にいいか!と、結局は妹達の可愛さに絆されたのだ。
それを後悔したのは、さらに次の年。私が5歳のとき、五つ子の弟達が爆誕したのである。
その頃には、私と一つ下の弟ペロスペローは、日夜弟妹達のお世話に走り回っていた。
昼間は、3歳の妹コンポートのお人形遊びに付き合い、2歳の弟達カタクリ・ダイフク・オーブンが子供部屋から脱走するのを取っ捕まえ、何かと物を破壊しようとするのを阻止し、交互に泣く1歳の妹達モンデ・アマンド・アッシュ・エフィレを抱っこし、そしてまた逃げ出した弟×3を捕まえ、「ねぇさんとにぃさんがかまってく"れ"な"い"っ!!」と泣くコンポートを宥め、脱走を諦めたかと思えば「あそんで」とねだりながら足をよじ登ろうとする弟×3を引き剥がして、再び泣き始めた妹×4をあやし、やっとみんな落ち着いたと安心した次の瞬間には弟×3が幼児とは思えない喧嘩を繰り広げるか、とんでもない声量で一斉に泣き出して窓ガラスを悉く割るのだ。
夜は、なかなか眠らない弟妹達、特に弟×3を寝かしつけるために、何冊も繰り返し絵本を読み、妹達が(交互に)夜泣きすれば抱っこしたり、船内を歩き回ったりして何とかなだめ、泣き声で目覚めた弟×3を再び寝かしつけ。……何だかこうしてみると弟達の世話しかしてないような気もするが、とにかく私(とペロスペロー)は着実に限界を迎えていたのである。
そこへ現れた、五つ子。三つ子や四つ子はそれぞれ顔立ちがあまり似ていないので特別な苦労はなかったが、今回の弟達は互いにそれはそれはよく似ていて、私とペロスペローは第一にそれぞれを見分けることから始めなければならなかった。間違えて名前を呼ぶ訳にもいかないからね。
その間にも、「ダイフクがおもちゃをこわした」だの ――きっとダイフクは三つ子の中で最も短気に違いない ――、「カタクリにドーナツをとられた」だの ――あのドーナツへの異常な執着は何だ ――、「オーブンがやけどしかけた」だの ――一体何が彼を暖炉の“火”へと駆り立てるのかさっぱりだ ――、次から次へと苦情は舞い込むし、以前にも増して夜は眠れないしで、白目を剥きそうだった。実際剥いていたかもしれない。見た目5歳児、中身アラサーの私でこれなのだから、見た目も中身も4歳のペロスペローはそれはしんどかっただろう。それでも、「おれは、ママの子だから!」と ――恐らく、「ママの子だから強い」的なニュアンスのことを言いたいのだと思う ――健気に頑張るものだから、私は弟妹達がお昼寝している間は、ペロスペローだけの姉として、彼を存分に甘やかした。実際、ペロスペローを“弟”と呼ぶことができるのは私だけだから、私にとっても彼は特別な存在ではあった。それは、コンポートにも当てはまることではあったが。
6歳のとき。今度生まれる子は六つ子ではないかと、ペロスペローと、私たちの手伝いをしてくれるようになったコンポートと共に戦々恐々としていたのだが、生まれたのは三つ子だった。いや、三つ子でも十分凄い。最初に三つ子が誕生した時は度肝を抜かれたものだが、その後に四つ子、五つ子と続けば、衝撃もある程度は薄れてしまっただけで、驚くべきことに変わりはない。お世話をする側としては、六人の赤ちゃんを想像していただけに、その半分の三人で生まれてきてくれたことに感謝したいぐらいだった。ママのお産が終わり、三つ子だったと聞いたとき、長女・長男・次女は喜びの舞を舞った。
さらに喜ばしきことに、シャーロット家二度目の三つ子は、最初の三つ子に比べれば手のかからない、いい子ちゃん揃いでもあったのだ。男1女2の組み合わせだから、男3の組み合わせより大人しいのかもしれない。兄のクラッカーは、ベビーベッドの柵に頭を軽くぶつけた程度でもギャん泣きする──痛いのが嫌いなのだろうか、とても可愛い──泣き虫ではあったものの、新生児のくせに姉兄やママのドーナツを欲しがったり、買ったばかりの玩具を秒でぶっ壊したり、やたらと火に興味津々ですぐに手を突っ込もうとしたり、揃いも揃って機嫌が悪くなるとそりゃあもう泣き喚き暴れ散らすどこぞの三つ子よりは何十倍もマシ。
総料理長であり、ママと共にこのビッグ・マム海賊団を築き上げてきたシュトロイゼンによると、ママはこれから先もどんどん子供を生む予定らしいが、今後どれだけ三つ子が生まれたとしても、カタクリ・ダイフク・オーブンを越える三つ子は現れまい。断言できる。可愛いが、手がかかる。眠っている時 ――違う場所に寝かせても、絶対に寝相が揃うのは本当に面白い、見た目は全然似ていないのに ――や、大人しく遊んでいる時は天使なのだが。果たして、上の三つ子が落ち着く日はくるのだろうか。目下、シャーロット家長女・長男・次女の悩みである。
何度も繰り返すようだが、弟達、妹達は本当に可愛い。この、とんでもねぇイカれた世界で、とんでもねぇイカれた母親の元で、とんでもねぇイカれた幼少期を過ごしている私にとって、この子達は唯一の救い。ママは怖いし、この世界も怖いけど、子供に罪は一切ない。唯一、「前世」と同じものとして受け入れられる存在だ。可愛くない筈がない。ママが愛情を注がないのならば、いつか私が死んでおさらばする日まで、ママの分までたくさんの愛情を注いでいたいと思う ――
ギャンギャンと赤ん坊の泣く声がして、見ればカスタードとエンゼルが、クラッカーの髪を引っ張っている。いじめてやるなよ。同い年だけどお前等の兄貴だぞ。泣き虫で目付きちょっと悪いけど、めっちゃ可愛いのに。私は深く沈んでいた思考を放棄した。
「こらこら。おにいちゃんにいじわるしちゃだめよ」
小さな紅葉のような手を離させて、ギャん泣きしている弟を抱き上げる。途端に足元に「おれも〜」、「わたしも〜」と抱っこして欲しいマンが群がってくる。可愛い。やっぱり子供は可愛い。
こんなに子供に囲まれるのは、職業体験で保育所に行った時以来だと記憶を辿りながら、私は弟妹達を宥めようと手を尽くした。
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