それは神の好意か、悪意か


 私の20歳の誕生日パーティーを兼ねたお茶会を、10日後に控えたある日の昼下がり。いつもならば、お茶会前はその準備に追われている私だが、今回は私は誕生日パーティーの主役でもあるため、特に何の用事もしない日々を送っていた。無論、バター大臣としての仕事や、財務大臣的な仕事はきちんとこなしているが、それ以外は年少の弟妹と遊ぶことに時間を費やしていた。

 今日も今日とて、午前中に必要な仕事を終わらせ、午後からはホールケーキ城で、10歳以下の子供達と共にお菓子作りに興じていた。作っているのは、私の名前にちなんだカヌレ。何を作りたいか尋ねた私に、彼らは声を揃えてカヌレと答えた。せっかくだから作りたいのだと言う。私は別に、自分の名前だからといってそこまでカヌレが好きな訳ではないけれども、弟妹達が作りたいというならそれを拒む理由もないので、彼らのリクエストを受け入れたのだ。

 作業は順調だった。特にトラブルが発生することもなく、あとはもう焼き上げるだけ、といったところまで終わった時。キッチン前の廊下が俄かに騒がしくなった。一体何事だ、と思う間に、バタン!と扉が開かれた。開け方からして、かなり急いでいるようだ。実際、キッチンに駆け込んできたチェス戎兵は相当慌てていた。

「カヌレ様!ペロスペロー様より、急ぎ2階会議室まで来て欲しいとの伝言を預かって参りました」
「んー…もう少しだけ待ってもらえない?」
「申し訳ありません。大至急とのことです!」
「……わかった」

 あともうちょっとで完成だったのに。…しかし、私が弟妹と遊んでいることを承知しているはずのペロスペローが、大至急来て欲しいと伝えてきたということは、のっぴきならない問題が発生したということだろう。

「ごめんね。何か緊急事態のようだから、あとはみんなで仕上げてくれる?」
コンポ、ラウリン、みんなをお願いね。

 この場で最年長の双子に声をかけて、私はみんなに見送られながらキッチンを出た。



 言われた通り会議室に顔を出すと、お茶会の準備の中心にいるはずの年長の弟妹達が揃っていた。これは予想通りだ。意外だったのは、その場に総料理長のシュトロイゼンがいたことである。

「兄弟達との癒しの時間を邪魔して悪いな、カヌレ姉」
「別にいいけど。…お菓子作ってただけだし、あとは任せてきたから」

 言いながら私は、空いている席に腰を下ろした。シュトロイゼンの隣であり、図ったように上座の位置である。私とシュトロイゼンをここに座らせたということは、ママが面倒くさがって丸投げされた事項について、自分達で決めてしまう彼らが、私達に決定を投げたということ。すなわち、それほど大事なことなのだ。

「…それで、大至急来て欲しいだなんて、一体何事?」

 私の質問に答えてくれたのは、やはりペロスペローだ。時々コンポートからの付け足しのあった話をまとめると、こうだった。

 曰く、ママの縄張りのとある島から、「今月分のお菓子を納入できない」と連絡があった。大嵐が島を直撃し、工場が大破したと言うのだ。誰が悪いわけでもない、自然現象である。だが、ママは激怒した。島が嵐で壊滅したことなど、ママには関係ないからだ。ママの前にはただ、「お菓子が食べられない」という事実が転がるだけ。許容する訳がない。
 私達が予想するまでもなく、当然ママは怒り狂った。そして、お菓子を徴収しに向かうはずだったオーブンに、島民を皆殺しにして島ごと燃やして来るように命じた。異常だが、これも私達にとっては常のこと。問題は、その島が新世界一、シュトロイゼンの言葉を借りるなら世界一の品質を誇る砂糖の唯一の生産地であり、一週間後のお茶会で出される私の誕生日ケーキに使用するため──お茶会等の特別な日に出るお菓子にはいつも使っているそうだ──、お菓子を徴収すると共に新たに買い付ける予定だったということ。そしてシュトロイゼンを始めシェフ達は、今から代わりとなるレベルの砂糖を探し出すのは不可能だと主張していることだった。

「…どうしても、他の島の砂糖じゃダメなの?」
「候補がない訳でもないが、ケーキの味はいつもより落ちるぞ」
「あなたが作るんだから、美味しいことに変わりはないでしょ?」
「そりゃあそうだが、使う砂糖がこれまでのより劣るんだ。その味に、リンリンが満足すると思うか?」

 思わない。心の底から思わない。ママが妥協などする訳がない。
 かなり前から、楽しみにしているお茶会のケーキ。相当期待しているだろう。舌の肥えたママならば、砂糖を変えたという僅かな味の変化にも気づくだろう。一流の料理人であるシュトロイゼンが頑張っても、素材の味をどうこうすることは難しいという。当初より味が劣る可能性もなくはない。そうなれば、お茶会は正真正銘の地獄へ早変わりだ。死人も出ることだろう。最悪じゃん。私の誕生日なのに。

 私は答える代わりに、きゅっと眉を寄せた。なるほど、そりゃあみんながシュトロイゼンと私を呼ぶ訳だ。結構な大問題である。
 

 ママは、島を焼けと言う。ママの癇癪を収める為には、言う通りにするしかない。だがその結果、10日間後にケーキの味に満足しなかったママが、今以上に怒り狂って大暴れする未来が見えているのだから、素直に実行することなどできない。

「……今、ママは?」
「おれが、あの島の砂糖の重要性を説いて、対策をどうにか考えるからと、一応一旦は落ち着かせた。だが、一時間ももたないぞ」

 いや、シュトロイゼン凄いな?あのママに、一瞬とは言え“待て”させられる人間なんて、絶対あんただけだわ。子供の頃からの関係って偉大。

 私は感心しながら、長弟の方へ目をやった。

「今ここで出ている解決策は?」
「二つだ。“ママの言う通りにする”か、“シェフ達の言う通りにするか”」
「だが、前者には“お茶会でケーキの味に満足しなかったママがぶちギレる可能性”があるし、後者には“今どうやってママの機嫌を取るか”という問題がある」

 ペロスペローの説明に、それまで黙っていたカタクリが付け加えたことで、会議室は静まり返った。
 どっちも無理。全員の顔にそう書いてある。だが、シュトロイゼンだけは何かしら策がありそうな顔をしていた。が、まだ口に出していないのは、成功する確率が極めて低いと思っているからか、もしくは了承されないだろうと思っているからか。後者であれば、私がちらっと考えたことと同じかもしれない。だとすれば、それは最終手段に残しておいて、他の方法を考えるべきだろう。とは言え、今の弟達の話を聞く限り、解決策は一つしかなさそうだ。それを口にするのは物凄く嫌だが、私の個人的な感情を無視して考えれば、これが一番簡単なのではないだろうか。まぁ、弟妹がシュトロイゼンや私を呼び出したことを考慮すれば、そう単純でないだろうことは明白だが、一応。

「“ママの言う通りに島を滅ぼして、砂糖を根こそぎ奪う”というのは?」

 私の問いかけに、シュトロイゼンが隣で首を横に振ったのが見えた。やっぱり。でも、理由は何だろう。

「その島でしか栽培できない、とか?」
「その通りだ。そして最悪なことに、島の連中はリンリンが自分達の砂糖を気に入っていることを知った上で、「納期を延ばしてくれないのなら全てを道連れに最後まで戦う」と…」

 いや、島民達も凄いな?ウチのママに、ここまで正面切って喧嘩を売る人間も早々いないだろう。もうさ、そこまでの覚悟があるなら、別にウチの旗借りなくてもやっていけるって絶対。

「ママの庇護下に入っておいて、「月に一度お菓子を納める」というたった一つの簡単な条件も守れず、更に喧嘩を売ってママの顔に泥を塗ろうとする連中に、生きる価値などねェ。さっさと殺せばいいだろう」
「やっぱり姉さんがいうように、島民を皆殺しにしてあるだけの砂糖を奪うのが一番じゃない?それでお茶会はやり過ごせる」
「だが、そうなれば今後砂糖が手に入らなくなる。結局、ママの怒りを先延ばしにするだけだ」
「ダメ元で話し合うとか……?」
「こっちが下手に出るのはごめんだぜ。向こうから頭を下げてきたから、ママは旗を貸してやってんだ。おれ達が下手に出てやる道理はねェ」
「当然よ。こちらに非はないわ」

 向こうにも非ないから。どこにも非ないから。そもそも、こっちに非があったって絶対頭下げないくせにー。

 私は小さく溜め息を吐いた。それに気づいたシュトロイゼンが、「紅茶でも淹れてやろうか?」と声をかけてくれたので、ありがたくもらっておくことにする。

 あ"ぁ"ー、問題しかないじゃん。何もかも最悪じゃん。て言うかさ、そもそもママが納期遅れたくらいで滅ぼせって言うところから間違ってんだよ。その前提がなければ、私達が頭を悩ませる必要もないのだ。別にサボった訳でもなく、自然災害のせいなんだから、人間にはどうしようもないじゃん。…まぁ、“天候を従える女”と言われるママには関係ないかもしれないけどさ、人間に自然現象はどうこうできないんだよ。…って言いたいけど、ママのライバルの白ひげもカイドウも存在そのものが災害だし、ロジャーもロジャーでヤバいし、“災害は人間がコントロールできるものではない”というのが、いまいちわからないかもしれないけどね。前から薄々思ってたけど、こうやって見るとママの同世代、ママも含めて全員イカれてんな??

「…と、まぁこういう訳で姉さんの意見を聞きたかったんだ」
「緊急事態だって意味がよくわかった」

 マジどうしようもないじゃん。八方塞がりじゃん。…いや、厳密には一つ、最後の手段があるけど、絶対に受け入れられないことは火を見るより明らかなので、口にするのもなぁ……

「姉さんはどう思う?」
 
 アッシュに尋ねられ、皆の視線がこちらへ向く。えぇー、尚更言えないんだけど。でも、シュトロイゼンも同じこと考えてそうだし、一か八かで言うのもありか。多分シュトロイゼンが言い始めるより、私が言った方がマシだと思うし…もう最終手段出すしかないか。
 
「感情とか面子とか、そういうもの全部抜きにすれば、一番現実的なのはやっぱり話し合うことだと思う」

 言った瞬間、空気がピリついた。ほらぁー、みんなめっちゃ怒ってんじゃんよぉ!特に三つ子ぉ!悪いの私じゃないし、色々抜きにしたらって前置きしただろ。「不服だ」と全身で表現してくる弟妹を見て、私はもう一度ため息を溢した。シュトロイゼンは小さく笑っている。どうやら、料理長の考えも同じだったらしい。もうさ、私とシュトロイゼンの意見が揃ってるんだから、これで決まりでいいじゃんと思うが、こいつら絶対承服しないんだろうな。あぁ、海賊ってめんどくさ。面子で腹膨れるわけでもないのに、別にそこまでこだわらなくてもよくない?


 そう。私とシュトロイゼンが思う一番確かな解決策は、“話し合い”である。島民達が恐らく、始めからそのつもりだったと思われるからだ。

 ビッグ・マムという海賊が、お菓子の為ならば国をも滅ぼすことくらい、その支配下に入ると決めた時点でわかっていたはず。それでも納期延長を求めてきたのは、自分達の作る砂糖が唯一無二かつ最高品質であり、舌の肥えたビッグ・マムをも満足させられる自信があったからだ。そして、例えビッグ・マムが怒りのままに攻め込もうとしても、周囲が必ず止めてくれるだろうことも予測していたはず。玉砕覚悟で全面対決を辞さないという態度は、万が一私達が攻め寄せてきた場合の保険だったのだろう。彼らは、絶対に攻め込まれないと踏んでいたはず。そりゃそうだ。この島の砂糖を超える品質の物は、どこにもないのだから。

 つまり、彼らは初めから私達との話し合いを望んでいたのである。ビッグ・マム本人との話し合いは無理でも、その周りにいる誰かが自分達の意図に気付き、船長に進言してくれるのを待っているのだ。

 まどろっこしいやり方だが、賢いと言えばそうだ。事実、ママはぶちギレたけれども、海賊団のNo.2であるシュトロイゼンと、No.3──海賊としては何の功績もないけど、一応年功序列で──である私は、彼らの意を正確に汲み取って、これからママと他の子供達を説得しなければならないと理解している。

「わかってるわ、お前達の言いたいことは。面子がどうのって話でしょう。でも、今話し合う以外に何か方法がある?」
「…!…だが、ママの顔に泥を塗る訳には…」
「裏社会の大物を集めたお茶会を、ママ自らの手でぶち壊すよりは幾分マシでしょ?」
 
 そう言うと、弟は言葉を呑んだ。追い討ちをかけるように、シュトロイゼンが「カヌレの言う通りだな。おれもそう思う」と言ったことで、誰も何も言わなくなった。

「少なくとも今問題なのは、“無事にお茶会を終えられるか”だ。今回のお茶会がどれだけ特別かは、お前達ならわかっているだろう?」
ケーキの味ごときで台無しにするわけにはいかん。
「それこそ、ビッグ・マム海賊団の面子は丸潰れだ」

 全くその通りである。さすがシュトロイゼン、海賊団のこともママのこともよくわかっている。私は相槌を打ち、更に続けた。全然これっぽちも思っていないのだけれど、悪役っぽい感じのことを。

「もちろん、納期の遅れを許すこともできない。だから、待つのはお茶会当日まで。…つまり、10日間だけ」
それまでに納入できないのなら、残念だけど仕方ない。
「いつも通り、見せしめに島民全員殺す。砂糖も奪うなり、栽培方法を聞き出すなりすればいいし、何なら代わりとなる砂糖を探せばいい。…まぁ、それは料理長の仕事だけど」
「くくく……!!人使いの荒さは母親似だな」
「とにかく、乗り越えなければならないのはお茶会よ」
「そう言うことだ」

 私とシュトロイゼンの意見は完全に一致していた。そしてそれを理解した弟妹達は、各々思うところがあるようだが、一応は納得した。ビッグ・マム海賊団立ち上げの功労者と、海賊団と万国を裏から支えてきた私に反対できるだけの策が思い浮かばないのだろう。最終的に、全員が頷いた。
 作戦は決まった。次の議題は、“誰が実行するのか”である。 多分、そのことについても、私とシュトロイゼンの意見は揃っていると思うけど。

「…では、二人の策でいくとして、交渉は誰が?」
「脅迫なしで交渉するなら、ペロス兄さんが妥当じゃないかしら?」
「…だな。料理長にはママの説得にあたってもらうことになるしな」

 アマンドの指摘は最もだ。相手を脅迫するなら三つ子が最適だが、今回は脅しは有効な手段とは考え難い。三つ子の出番はない。となれば、口の立つペロスペローが最適だろう。だが。

「いいや、その人選はやめておけ」

 シュトロイゼンが再び口を開く。どういうことかと集まる視線をものともせず、彼は続けた。私が思っていることと、全く同じことを。

「そりゃカタクリ達よりはマシだが、ペロスペローも十分凶悪面だろう」
「あんたに言われたくねェな。ペロリン♪」
「……いや、料理長は体が小さいからそこまで威圧感はないと思う」
「姉さん!」
「カヌレ!」

 ぼそっと呟くと、両者から睨まれた。私は肩をすくめる。ホントのことじゃん。

「今回の交渉で相手を威圧するのは、賢いやり方とは言えん。海賊相手に無茶な要求を出してきた以上、向こうも覚悟を決めているだろう」
脅迫紛いの手段を用いれば、自棄を起こして自爆しかねない。
「そうなりゃ、お茶会以前の問題だ。ここにいる全員の寿命で事足りればいいな」
「……そう言うこと」

 そう、この交渉は失敗できないのだ。相手を刺激してはならない。そんな繊細さを、この子達に求めていいかどうかは、疑問の残るところではある。確かにペロスペローなら上手くいくかもしれないが、現時点でママに次ぐ賞金首だし、人相もよろしくないし、失敗する可能性はゼロとは言えない。

「じゃあ誰が行くんだ?ペロス兄以外に、そういう交渉ができる奴が他にいるか?」

 長々とした議論に嫌気が差してきたのか、ダイフクが苛立った調子でシュトロイゼンに尋ねた。料理長はニヤリと、人をバカにしたような顔で笑った。

「そりゃ、カヌレ以外にいないだろう」
「「「絶対ダメ(だ)!!!」」」

 私とシュトロイゼンは、同時に耳を塞いだ。それくらい、弟妹から発せられた声はうるさかった。けど、その反応やっぱりって感じ。過保護〜。

「カヌレも賞金首だが、額もそう高くはないし、何よりこの容姿なら寧ろ相手の毒気も抜けるだろう。頭も悪かねェしな」

 …シュトロイゼンは、私を褒めているんだか、けなしてるんだか。どっちでもいいけど。懸賞金が低いの事実だし、文句の付け所のない顔してるし、頭も普通だしね。ていうか、そもそも何で鬼弱い私に懸賞金がついてんだって話な。“シャーロット”って名前だけで懸賞金ついた説が濃厚だね。

「相手はおれ達に敵意を向けている。そんなところに、カヌレ姉を一人で行かせる訳にいくか」
「向こうが海軍に助力を仰いでないとも限らないわ」
「そうよ。危険過ぎるわ」

 私は初めてのお使いにチャレンジする幼児か?

「リンリンがカヌレを一人で万国から出す訳がねェだろう。おれが同行するさ」

 ねぇ、みんな知ってる?私来週20歳なんだよ?精神年齢だけで言えばアラフィフだよ?

「なら、おれも一緒に行く」
「おれもだ」
「私も行く」
「私が姉さんを守るわ」

 いやいや、だから結局お前等が来たら私が出る意味ないじゃん。お前達の体格やら顔面やらが威圧的過ぎるから、儚くて弱っちい容姿の私(笑)が行くっつってんだよ。シュトロイゼンも、「お前達がいれば結局同じだろうが」と呟いている。

「カヌレ姉に行ってもらうくらいなら、おれが行く。交渉には慣れてる」
「それは海賊が相手の交渉だろう。今回の相手は一般人だ」

 ママに喧嘩を売っている時点で、“一般人”と称するのは間違ってる気がする。が、今は何も言うまい。

「カヌレは交渉役として最適だ。この容姿なら相手に警戒心を抱かせることもないし、口も立つ。それにいざとなりゃ、ヴィーラの力を使えばいい」

 シュトロイゼンの面白がるような視線を受けて、この男の狙いはそれだったのかと知る。呆れて溜め息も出ない。


 私がヴィーラ族のハーフだとわかってからしばらくして、ママから「“ヴィーラの力”は使えないのかい?」と尋ねられたことがある。どういうことかと聞き返せば、なんと、ヴィーラは視線一つで相手を従えることができるのだと言う。ヤバない??と思って私も自分で文献を調べてみると、ヴィーラの青い瞳には、見つめ合った相手を惑わされてホイホイ何でも言うこと聞かせる力があるらしい。催眠術のようなものだと思う。そしてこれが恐らく、ヴラが疎まれる原因なのだろう。
 それを使えないのかと言うのがママの考えだったのが、結果から言って私はその力を上手く使えなかった。以前、お茶会のドレス選びの際、私がいつも無意識に使っているとペロスペローが指摘した“うるうる目”が、ある種それに近いものだったようだが、純血のヴィーラのそれには遠く及ばない。どう頑張っても、相手を一瞬くらっとさせられる程度。
 ママは残念がったがそんなに期待はしてなかったのか、特に機嫌を損ねることもなく終わった話だ。シュトロイゼンが言ったのは、まさにそのことである。


「私が上手く使えないの、知ってるくせに」
「くくく…!冗談だ、カヌレ。なに、絶世の美女と名高いお前の姿を一目見れば、相手はすぐに平伏するさ」

 それは知らんけど、弟達が行くよりは絶対に交渉はスムーズにいくだろうな。私に威圧感は微塵もないからな。

「まぁ、なんでもいいけど…とにかく、お前達は一緒に来なくていい」

 言った瞬間、殺気に満ちた目で睨まれたが、私はその全てを華麗にスルーした。そして、「同行は、総料理長にお願いする」と重ねる。

「お前達が出るより、私が出た方が今回は上手くいくだろうし、何か危ないことがあっても、シュトロイゼンがいればどうにかなるわ」
それに、部下も大勢連れていく。
「たかが小さな島一つ、シュトロイゼンやうちの乗組員がいれば、一時間で片がつくでしょう」

 こんなこと言いたくないのに、口から流れるように溢れ出す悪役ばりの台詞に、自分で言っておきながら戦慄する。私も、演技の上とは言えまぁまぁ様になってきたな。…辛。

「あぁ、了解した。リンリンへの説得には、お前も付き合ってもらうぞ」
「もちろん。私の口から、「ママの為だから」って言えばいいんでしょ?」
「そうだ」

 私とシュトロイゼンは話を続けたまま、椅子から立ち上がり、それでもまだ反対を訴えて引き留めようとする弟妹を振り切って部屋を出て──主にキャンディと餅が進路を塞いできたので、シュトロイゼンが能力を使ってくれた──、足早に廊下を通り抜けた。彼らは追っては来なかった。私はほっと、息をつく。

「全く、あいつらは一体いつになったら姉離れする気だ?」
「……私が聞きたい」

 やっぱシュトロイゼンもそう思う?私もずっと思ってる。

「…まぁ、なんだかんだ言っても、この作戦以上に上手くいくモノはないんだし、多少はごねるだろうけど、最終的には黙って言うこと聞くと思う」
「リンリンの命令さえあれば、逆らえる人間はいないからな」

 その通り。彼らは直情型の子もいるけれど、決してバカではない。私が交渉に出ることに感情面では反対していても、少し考えればそれしか道がないことくらいわかるはず。失敗すれば、命を手放すことになるかもしれないから、自分の気持ちなど二の次にしなければならないとわかっているはずだ。だから誰も、ここまで追いかけてこないのだ。追いかけて議論を続けたところで、他のプランなど出てこないから。

 そうして私とシュトロイゼンは、揃って超絶機嫌の悪いママの待つ女王の間へ向かった。



 ママの説得という無理ゲーは、ほぼシュトロイゼン一人の頑張りで解決した。私は横からほんの少し口を挟んだだけで、巧みにママの機嫌を取り、手にした最高級の砂糖で作るケーキがどれほど上手いだろうかと、ママの気を持ち上げたシュトロイゼンには、拍手を送りたい気分だ。と言うか、内心ずっと拍手してた。

 ママは私を万国から出すことを渋ったが、「世界一の砂糖を手に入れるには、カヌレの協力が必要だ」とシュトロイゼンが言うと、あっさり許可を出した。ママの中では、娘<お菓子なのだ。知ってた。

 ママの説得を終えた後、私達は航海の日取りを決めた。と言っても、ホールケー日アイランドから縄張りを出るまでに1日、そこから島まで何事もなければ2日かかる為、出発は明日の朝。ホールケーキアイランドから、我らビッグ・マム海賊団の母船“クイーン・ママ・シャンテ号”に乗って出発だ。

 他の料理長達と、不在中のあれこれに関して話し合ってくると言うシュトロイゼンと別れ、私は弟妹達と出くわさないよう、そそくさと自分の船でマーガリン島に帰ってきた。めんどくさいというのもあるし、何より急の、そして久々の遠征ということもあり、準備が必要だったからだ。


 結局、私自身も、私の侍女も部下も全員が大わらわで、何とか遠征の準備を終えた頃にはすっかり夜も更けていた。さっさと寝ようと、さっとシャワーを浴び、用意されたホットミルクを飲みながら、部下が用意してくれた海図や島の地図を眺める。元々地図を見るのが好きなのもあるが、実の家族が誰一人いない状態で万国から出られるのが久々、どころか初めてだったので、少しウキウキしていたのだ。

 こんなチャンス二度とないだろうし、この問題を片付けたら、帰りの船の中とかで死んでやろうかな…とさえ思っていた。そんな時だった。

「!」

 ふと、目に止まった。この島の地形と、周辺の海流。……もしかすると、これは、…もしかするかもしれない。


 様々なことが、早送りのように一気に頭を駆け巡る。一度思い付いたら、思考はもう止められなかった。浮かび上がる一つ一つを熟考する暇もなく、私はマグカップを置くと、部屋の明かりを消してバルコニーに出た。そのまま、地面に飛び降りて、夜の町を走る。向かう場所は、たった一つだ。



 地図と海図を見比べて、明日向かう島の地形と、島を囲む海流を見て気づいたのだ。恐らく、この先二度と舞い降りてはこないだろう、小さな小さな可能性に。成功する可能性は限りなく低いけれど、全てを捨てて挑む価値は十分ある可能性に。これは、私を憎んでいる神様が私にくれた最後の贈り物なのかもしれない。


 目的の場所に着くと、私は扉を数回叩いた。すぐに明かりが灯って、うっすらと扉が開く。そこから覗いた怪訝そうな顔は、肩で息をしている私を見るなり、驚きに染まる。

「カヌレ様!…一体どうし…」

 私は恋人の口を手で塞ぐと、半ば強引に扉の隙間に身をねじ込んで、建物の中、すなわち彼の店に入った。後ろ手で扉を閉めて鍵をかけると、動揺している彼を真っ直ぐに見つめた。

「急に、ごめんなさい。…どうしても、確かめたいことがあって…」
「!…いえ、おれは大丈夫です。ちょっと、びっくりしたけど…」

 だと思う。夜中に突然恋人が家に押し入ってきたら、誰でもそんな反応をするだろう。でも、それだけ私は急いでいるのだ。なにせ、時間がないのだ。

「…ねぇ」

 私は乱れたままの呼吸を落ち着けるため、何度か深呼吸をして息を整えると、彼の目を真っ直ぐ見つめて、言った。

「私と一緒に、死ぬ覚悟ある?」

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