私の唯一無二


 翌日。私は自分の部数人を連れ、マーガリン島からホールケーキアイランドへやって来た。ここから“クイーン・ママ・シャンテ号”に乗り換え、目的の島まで航海するのだ。


 ホールケーキアイランドの港に着くと、待機していた乗組員から、既にシュトロイゼンは乗船しており、私の準備が整い次第出港すると告げられた。私は部下を先に乗船させ、一体いつから集まっていたのか、港で私を待っていた可愛い弟妹の元へ足を運んだ。

 私に気づくなり、年少の弟妹達が弾丸のごとく飛び付いてきた。両足にしがみつき、両腕にぶら下がる子供達は、私をうるうるした目で見上げてくる。子犬や子猫のようなその目に弱いという自覚があるから、私はそっと視線を外す。これからすること・・・・・・・・を思うと、胸がズキズキして、罪悪感で吐きそうだ。

「ねえさん!はやくかえってきてね!」
「かえったら、いっしょにあそんでね!」
「たくさんえほんよんで!」
「またいっしょにおかしつくろう!」

 子供達が一言発する度に、グサグサと鋭利な刃物で心をめった刺しにされている気分になる。う"っ…こんな屑でごめんな。

「もちろん。たくさん遊んであげるし、絵本も読んであげるし、お菓子も作ってあげるから、みんないい子で待っててね?」

 だと言うのに、生まれたときからド屑な私は、嘘をつくのがめちゃくちゃ上手い。と言うか、上手くなった。本心を隠すことに関しては、恐らく他の追随を許さないレベル。全然胸張れることじゃないけど。そしてそれは、小さい子達だけでなく、年長の弟妹も、賢い長弟も、母親にも通用することを、私はよく知っている。

「姉さん…」

 私の両手足に引っ付いたり、周囲を完全に取り囲んでいる弟妹を引き剥がすように抱き上げて、年長の弟妹が寄ってきた。みんな、特に昨日会議室にいた子達は等しく、「僕・私はやっぱり納得できません!」と顔に書いてあるけれど、それでも文句を言わないのは、これがベストな方法なのだと理解しているからだろう。まぁ、ママがこの件を、私とシュトロイゼンに任せた以上、もう誰にも口出しできないことなのだが。

「みんな、そんな暗い顔しないでよ。別に戦場に行くわけでもないし、今生の別れでもないのよ?」
向こうの島まで3日、帰ってくるのに3日、たった一週間じゃない。
「シュトロイゼンも部下もいるのに、危ないことなんて何もないわ」

 そんなに私と離れるの嫌なん?って、空気読まずにガチトーンで聞きたいレベルで、みんな真顔じゃん。えぇー…ヤバい〜みんなからの愛が重い〜

「絶対、危ないことしないでね」
「総料理長の言うこと、ちゃんと聞くのよ」
「一人で出歩いちゃダメよ」
「必ず部下を三人は連れて歩いてね!」
「寧ろ船から下りちゃダメだからね!」

 妹達よ、私はメリゼ(2歳)並みの幼児か?

「カヌレ姉」

 …妹達の表情も、大概心配そうに揺れているけれど、弟達の表情は最早子供を戦地に送り出す親のそれ。

「頼むから、無茶なことはしないと約束してくれ」
「仮に交渉が上手くいきそうになかったら、島民を全員殺せばママの気も収まる」

 ねぇ、みんな私のことホントに何だと思ってるの?そんなに、いつかの海軍に捕まりかけた日のことがトラウマなのだろうか。どっちかと言うと、私の方がトラウマなんだけど。自分の行い──言うても町歩いただけだけどな!──のせいで町が一つ消し炭になってしまったのだから、よっぽどトラウマ体験だったと思うんだが。お前達も私を案じてくれたのだろうが、私別に捕まりそうではあったけど、死にそうではなかったから、そんなに大した出来事じゃなかったと個人的には思うんだけどなぁ…私と兄弟の感覚諸々が違うのは、今に始まったことじゃないけどさ。それが私は、いい加減にしんどいんだ。 お前達に悪気がゼロなのはわかっているけどもね、だからこそ辛いのよ。

「大丈夫よ。危ないことはしないし、無理もしない。シュトロイゼンの言うこともちゃんと聞く」

 20歳の成人女性がする約束ではないなと思いつつ、私は弟妹一人一人の頬や頭を撫でてやった。そして、心からの笑みを浮かべた。

「さっさと仕事を終わらせて、すぐに帰ってくるからね?」

 今にも泣き出しそうな子達を抱き締めた後、いい加減に待ちくたびれたらしいシュトロイゼンにせっつかれるように、私は船に乗った。

 そして、船が港を離れ、桟橋に立つ人影がどんどん小さくなって見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


 とても不思議で、メルヘンな国。常に甘い香りの漂う、お菓子の王国。私の国。…もう二度と、戻ってくることはないだろう。


 別にここで生まれ育った訳ではないけれど、生まれてから大部分を船で過ごした身としては、船の上よりもこの万国の方が、「前世」の“家”に近い感覚を抱いていた場所だった。感傷的な気持ちになるのは、自然なことかもしれない。
 何より、ああして私を見送って、私の帰りを待っていてくれるであろう可愛い弟妹達に、嘘をついてここを出ていくのが苦しい。

「カヌレ様…」

 この一年で、よく耳に馴染むようになった声が聞こえる。手摺に委ねていた体を起こし、声のする方へ目を向けた。他の部下達と、全く同じ・・格好をした恋人は、悲しそうな、苦しそうな表情を浮かべた。

「申し訳ありません…」
「?…なぜあなたが謝るの?」

 首を傾けると、彼は私から目を逸らし、最早見えなくなった弟妹達の方を見た。そして、そっと呟くように言った。

「あなたに、嘘をつかせてしまった。…あなたの大切な家族に…」

 恋人の言わんとすることを察して、私は急いで首を横に振った。そうじゃない。悪いのは、彼じゃないのだと。

「違う。あなたのせいなんかじゃない。…私よ。…私が選んだの。あなたが悪いんじゃない」

 そう。これは、私の選択だ。選択したのは昨晩だったけれど、“家族を捨てる”という選択肢は、もっとずっと昔から持っていた。それをようやく実行しただけのこと。悲しんだり、苦しんだりすることさえ、本来は烏滸がましい感情なのだ。
 それでも、ギリギリと締め上げるような痛みが胸に突き刺さるのは、何だかんだ言っても、私が彼らを大切に思っていた証。20年も一緒に過ごした、紛れもない“家族”への愛情だろう。

「ごめんね……」

 誰にも届かない謝罪の言葉は、静かに波立つ海へ落ちていった。



「私と一緒に、死ぬ覚悟ある?」

 昨晩、突然家に押し掛け、そう尋ねた私を前に、恋人──今更ながら、“コンフィ”というのが彼の名である──は目を白黒させながら、一体どういうことなのかと、冷静に尋ねてきた。私は自分の呼吸を落ち着けると、一息に告げた。

「明日から所用があって万国を出るのだけど、あなたも同行して、用事を済ませたら隙を見て二人で逃げない?」
「!」
「付き添いはシュトロイゼンだけなの。ママも兄弟達もいない。何より、私が万国から出られることなんて、この先二度とないかもしれない」
「…勝算は?」
「五分五分ね」

 私達は店の奥、すなわち彼の居住スペースへ移動した。そして恋人に、紙とペンを用意してもらうと、件の島の大まかな形を書き上げた。

「明日から向かう島は、それほど大きくはない。島の南側は港町になっていて栄えているけど、その他の場所…特に西側の山地には樹海が広がっていて、人もそう多くは住んでない。海側は切り立った崖だから、船もつけられない」
でも、西側が未開である一番の原因は、ちょうど島の西を通っている海流にある。
「これは特殊な海流で、流れもかなり激しくて、一度この海流に乗ってしまえば、どこかの島に辿り着くまで、永遠と流されると言うわ。それも、どの島に流れ着くかは全くの謎で、航海士も普通はこれを避ける」

 初めて聞いた時は、「マジ?」と思ったけれど、この世界、そして新世界の海の常識を体験してからは、「まぁそんな意味不明な海流があってもおかしくはないな」と思うようになった。どういう原理でそうなっているのかはさっぱりだが、確かにこれはそういう海流だ。運悪く、新世界でこの海流に乗ってしまった海軍船が、“西の海”の無人島に打ち上げられていたという話が、随分昔に新聞に乗っていたことから、巷で言われているこの海流の危険性は、概ね事実であろう。

「……まさか、その海流に乗るんですか?」

 限界まで見開かれた目を見つめ返して、私は大きく頷く。

「そうよ。言ったでしょ、「死ぬ覚悟ある?」って」
「言ってましたけど…」
「しかも“船で”じゃないわよ。生身でダイブするの」

 想像しただけで目眩がしたらしい。恋人はふらふらと、椅子に座り込んだ。

「気持ちはわかるわ。私も同じだから。でも、これ以外にママから逃げる方法が見当たらないの」
「…そう、だとは思いますけど……おれ、泳げないことはないですけど、得意じゃないですよ?」
「私もだけど…浮くぐらいはできるでしょ?」
「さすがにそれくらいはできますけど、そもそもそんな激流にのって、沈むことなく上手く海面に浮いてられるかどうか、ものすごく疑問です」

 全て、彼の言う通りである。私も全く同じことを思っている。思ってはいるが…

「不可能でもやるわ。少なくとも私はね」

 元々死ぬ気でいたのだ。部屋でひっそりと死ぬつもりだったのが、場所が海へ変わっただけのこと。

 だが、彼は違う。彼には元々死ぬつもりなどないのだから——普通の人間は自殺願望は抱いていないだろうけど——、私と共にこんな賭けとも言えない賭けにのる理由はないのだ。私だって、彼と無理心中したい訳でもない。

「あなたがどう答えても、私はやる。生き延びる可能性は限りなくゼロに近いけど、でもゼロじゃない。もしかしたら、無事にどこかの島に辿り着くかもしれない」
「……」
「さっき「私と一緒に」と言ったけど、言葉通りに「一緒に死んでくれ」って意味じゃないの。正確には、「死ぬ可能性があるかもしれないと腹を括った上で、私と一緒に生きるために逃げてほしい」って言いたかったの」
でも、あなたにこの賭けにのる理由がないのもわかってる。
「あなたは、何も悪くないもの。私がここを出て行って、私達の関係が終われば、別に何も咎められることはないもの」

 そう、彼は悪くない。…厳密に言えば、私だって何も悪いことはしていないけど、ママの意向に背いたという点では、十分悪いことをしている身。ママのルールでいけば、万死に値する。
 しかし、それはあくまで私だけ。彼が私に惹かれた──交際を始めてから聞いた話だが、彼は私が店に出入りするようになった頃から私を好いていてくれたそうだ──こと自体は罪ではない。だって私、老若男女惑わすヴィーラだからね。だから、彼がどれだけ私に好意を寄せていようとも、それはある意味仕方がないことではあった。ただ、私が応えさえしなければ、なんの問題もなかった。つまり、私が巻き込んだのである。だから、彼は私のように命を賭ける必要はない。ただ、私の計画を知らない振りをしてくれれば。その後事実が家族の知るところになっても、私さえ逃げていれば、ママの怒りの矛先は私に向くはずだから、彼が害されることはないと思うから。

「ここへ来た一番の理由は、本当は…あなたの顔を見たかったの。いろんな意味で、今夜が最後だと思って…」

 長年死ぬことを望んできたが、いざもうすぐ死ぬかもしれないと思うと、どうしても見ておきたい顔が、家族以外に浮かんできたのだ。



 恋人は、黙って話を聞いていた。私が話し終わった後も、じっと考え込んでいる。その沈黙がとても苦しくて、落ち着かない。

 …今になって思ったけど、私とんでもないこと言ったよな?後から色々説明したけども、「私と一緒に死ぬ覚悟ある?」って言ったからね?ドン引きされて当然だわ。
 いきなり夜中に突撃してきたかと思ったら、第一声がそれとか、普通なら家から叩き出されても文句言えないからね。だいぶヤバい発言だよね。それでも私を追い出さない彼、マジで神。ホント大好き。だからこそ、私はここへ来たのだ。


 たった今自分で言ったように、彼に命を賭ける理由はない。私との交際がなければ、彼は至極真っ当な人生を歩むことができるから。
 そんなこと百も承知で、彼に全てを明かしたのは、“一緒に来てほしい”という想いが、心のどこかにあったからに他ならない。“無事に生き延びられたとしても、激流に呑まれて死んだとしても、ずっと一緒にいたい”と、心の奥底で思ったからだ。
 まさか、20年間自殺願望を抱いてきた私が、“生きたい”という願う日がくるなんて、夢にも思わなかった。未だに、完全には受け入れきれない世界だけど、この人と一緒に生きていけるのなら、そんなに悪くはないのかもしれない。そんなことさえ思っているのだから、人生とはわからないものだ。そうさせたのは、ひとえに“コンフィ”という存在だ。「前世」の恋人にそっくりで、でもそんなことは抜きにしても、大好きな人に出会えたからだ。


「カヌレ様」

 ややあってから、ようやく彼は静かに口を開いた。その声音からは、含まれた彼の気持ちは読み取れなくて、私は何となく姿勢を正した。そうしなくてはならない気がしたのだ。

 コンフィはそんな私を尻目に突然席を立ち、部屋の壁に据え付けられた戸棚に近づいた。そして、中から何かを取り出すと、再び私の前へと戻ってきた。そして、何を言われるのだろうと、内心ビクビクしている私の前に跪いた。「えっ」と声を漏らす間もなく、膝の上で握り合わせていた手を取られ、見下ろした彼と視線がかち合う。

「こんな時に言うのもなんだし、お互いの立場を考えれば、本当に口にするのも恐れ多いと思ったのですが、…あなたは何か勘違いしているようなので、やっぱり今言います」

 私が勘違いしていること?そもそも彼に好かれてること自体が私の勘違いとか?…待って、それはめっちゃ怖い。私とんだナルシスト女じゃん。母親あんなんだし、兄弟もあれだし、転生した世界がそもそもヤバいのに、優しかったはずの恋人にも捨てられたとなれば、いよいよ生きていく意味も気力もな……

「おれと結婚してください」

 ……えっ。

 呼吸が止まった。打ち上げられた魚のように、口をパクパクさせるしかない私は、彼の顔を穴が空くほど見つめて固まった。…今、彼は何て言った?

「本当は、もう少し後に……あなたの誕生日が過ぎて、お茶会が終わってから言おうと思ってたんです。「命がけで駆け落ちしませんか」って」
もしそこであなたに断られたら、別れるつもりでした。
「このまま関係を続けていても、おれの立場じゃあなたとは絶対に結婚できないし、ママがおれ達のことを知れば、二人とも殺されてしまうから。…だから、ハッキリさせたかったんです」
「……“死ぬこと覚悟で駆け落ちする”か、“生きて別々の道を歩むか”、ってことを……?」

 震える声で尋ねた私に、彼は大きく頷いた。

「おれは、あなたが好きです。あなたの為に死ねる」
でも、それよりも強く思うのは、あなたの為に生きたいということです。
「誰もが憧れる高嶺の花で、大勢の家族や国民にも愛されて…この世の幸福の全てを知り尽くしているように思えるのに、実はいつも一人ぼっちで泣いているあなたの為に。あなたが少しでも、寂しい思いをしなくていいように、あなたの傍で生きていきたい。生きることを許してほしい」

 恋人を映していた視界が歪んだ。自分が泣いているのだと気づいた時には、彼が指で涙を拭ってくれていた。そんな些細なことさえ、今の私には堪らなくて、ポロポロと溢れる涙が止まらない。彼は困ったように笑った。

「…だから、さっきのあなたの問いは、おれにとっては愚問です」
「……!」
「おれには、あなたと一緒に死ぬ覚悟も、生きていく覚悟も両方あります。あなたと一緒なら、どんな未来でも構わない」

「だから、受け取ってくれませんか?」と言って差し出されたのは、シンプルな小箱。指先が震えるのを堪えて、小箱を開く。中には、いくつもの青い小花に彩られたバレッタが入っていた。私の瞳の色を思って選んだくれたのは、一目瞭然だった。

「本当は結婚指輪を渡すシーンだと思うんですけど…時期的にあなたの誕生日前だし、その…、…金銭的にも…ちょっと指輪は…」

 恥ずかしそうに俯きながら吐き出された台詞はどうでもよかった。彼が、私を思って選んでくれた。私の瞳を思い、私との将来さえ思って選んでくれたのだ。これ以上の贈り物はない。

「コンフィ…!」

 感極まって、私はその身に飛びついた。ほぼタックルの勢いだったせいで、コンフィは私を抱き止めたまま引っくり返った。彼は後頭部を、私は膝を床にぶつけたけれど、痛みなど微塵も感じなかった。どちらからともなくクスクスと溢れた笑いが、さざ波のように広がって、鼻先が触れる距離で笑い合う。

「…ねぇ、カヌレ様」

 散々笑い合って、互いに体を起こしたところで、再び彼が口を開いた。

「プロポーズの返事、頂けますか?」

 「返事、頂けますか?」なんて、私の答えはもうとっくに知っているくせに。それこそ愚問だ。返事を言葉にのせるよりも前に、私は恋人にキスをした。それが、全てに対する返事だった。



 昨晩の出来事を思い出すと、沈み込んでいた気分が少し持ち上がったのを感じた。


 あのプロポーズ──彼曰く、「指輪もないし頭もぶつけた、最高に締まらないプロポーズ」だったらしい、私は死ぬほど嬉しかったけど──の後、私達は計画を練った。と言っても、計画と呼べるものではない。ただ、私が連れていく部下の中に、彼を紛れ込ませるだけだ。
 私が連れていくのは、侍女や護衛として常に身近にいる数名の戦闘員だけ。彼は、戦闘員の振りをして同乗する。格好さえ真似れば、別に誰も何も疑わない。例え怪しまれても、私が・・言えば、誰も逆らわない。ママのお気に入りである私の機嫌を損ねればどうなるかわかっているから、誰も私のすることに口出ししない。私がママの意向に背かない限り、誰しも私の命令に従うからだ。
 また、部下達が、というより、万国がありとあらゆる種族の集う国であったことも幸いだった。彼は私よりも背が高いが、多種多様な種族の中にあってはそれはたいして目立たない。


 こうして手筈通り、彼は何の問題もなく“クイーン・ママ・シャンテ号”に乗り込むことに成功した。私と彼の関係を知っている三人の侍女──私は言ってないが、女の勘ってすごいね──は、彼が乗船しているのを見て、私達の思惑を察したようだが、ママではなく私に仕えることを選んでくれた彼女達は、何も言わなかった。戦闘員達は、彼を見て「?」と首を傾けそうになったものの、私が言い聞かせたことによって、それで納得した。弟妹達も、何か違和感を覚えたような素振りもなかった。今のところは、順調と言っていいだろう。順調でないのは、私のメンタルだけ。


 家族からの重い愛に、苦しんだことは何度もある。元々この世界で生きていくことに後ろ向きだったのも相まって、余計に何もかもが苦しかった。彼らに悪気がないとわかっていても、私のせいで失われた命の数と尊さを思えば、到底平常心ではいられなかった。そこまでする理由がわからなくて、このままずっと一緒にいては、この先幾度となく同じことが繰り返されるのは目に見えていたから、そうならないために離れる必要があった。でも、あの子達は誰一人として、私が離れることを許してくれなくて、元々死にたがっていたのもあって、自由になりたくて自ら死ぬつもりだった。私を愛してくれているだけの家族を裏切ることへの罪悪感を背負って、一人でひっそりと死ぬつもりだった。そんな時に、コンフィと出会ったのだ。
 出会った当初も、いざ交際が始まってからも、自殺するという選択肢が消えたことはなかった。しかし、1年間の交際が続いたのは、きっと私が知らず知らずのうちに、彼と離れがたいと思っていたからだろう。彼の存在が、私をこの世界に繋ぎ止めてくれていたのだ。彼がいたから、私は生きることを諦めずにいられた。

「…本当に、よかったの?」

 昨日から何度も同じことを尋ねて、その度に同じ返事を貰っているのだが、それでも尋ねずにはいられない。彼は、私が巻き込まなければ、平穏無事な人生を送ることができたはずだから。

「また言ってる。…何回同じこと言わせるんですか?」

 しかし彼は、呆れたような目で私を見てきた。その白さに、それは果たして命を賭けて駆け落ちするほどの仲の恋人に向けていい目なのかと言いたくなった。

「結果的にはあなたに先越されましたけど、本当はおれから言うつもりだったんです。あなたに言うと決めた時点で、命を落とすことも覚悟の上だった」
 
 「…って、何回も言ってるでしょう?」と笑う顔に、そこに浮かぶ私への愛情に胸打たれ、私は降参とばかりに首を横に振った。

「そうね。…ありがとう。私も、覚悟はできてる」

 一人で寂しく死ぬ覚悟、ではない。二人で生きていく覚悟だ。そして、大事な家族を裏切った罪悪感を抱える覚悟だ。

 コンフィは小さく笑った後、私の前髪を留めていたバレッタに目を留め、「…髪飾り、すごく似合ってます」とだけ言って、離れていった。残された私は、昨晩婚約指輪の代わりに──という訳ではなく、誕生日プレゼントなのだろうが、私にとってはどっちであっても最高の贈り物だ──もらったバレッタを撫でた。


 …うだうだと悩むのは止めだ。もう、腹は括った。引き返すことなどできない。
 二人で生きるために、ここから逃げる。ママからも、弟妹からも。何もかもから逃げて逃げて、途中で引き裂かれて死ぬかもしれないけど、それでも最後まで逃げ切って、二人で生きていく。今まで従順なお人形として生きてきたのだから、最期の最期に、盛大に抗ってやる。訳のわからぬまま再スタートした人生だけど、私の人生なのだから。私は、シャーロット家の“モノ”じゃない。


 ふぅーっと息を吐き出して、私は霞み消える王国に背を向けた。

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