今日も元気に私は死にたい
 皆さん、どうもこんにちは。今日も今日とて元気に自殺願望拗らせてるシャーロット・カヌレです。御歳35歳になりました。が、今でも余裕で死にたいです。いつでも死ぬ準備はできているのに、実行するタイミング──服毒自殺を考えているんですけど、発見が早いと蘇生しちゃってヤンデレ監禁ルートまっしぐらだから、私の傍に誰もいない一人の時間がベストなんです──が見つからない件について物申したい日々を送っています。
「もういい加減に諦めろよ」と思っている方もいらっしゃると思いますが、ここまでくると何だか諦めるのも癪と言うかなんと言うか。生まれてから何一つ自分の意思でできなかったんだし、一つくらい自分の意思でやりたいな〜って。それが自殺ってのもまぁまぁイカれてると思うけど、そこはイカれたビッグ・マムの娘ということで見逃して頂ければと思います。

 でも、ちょっとくらい思考回路イカれてないとここではやっていけないんだよなぁ、これが。別にやっていけなくてもいいんだけどな!寧ろやっていけなくてぶっ殺された方がいいんだけどな!


「サントノ〜〜〜〜レ!!!」

 皆さん、“サントノーレ”って知ってます?パイ生地を土台にして、その淵にカラメルを塗ったシューを飾って、真ん中にクリームを絞ったケーキのことなんですって。「前世」では全く縁のないお菓子だったのですが、この世界に生まれ変わってから度々耳にするようになりました。

「サントノ〜〜レ!!」

 ほら、今も物理的に聞こえてくるでしょう?…あれ、うちのママの声なんですよ。最近ちょっと太ってきたけど、それでも相変わらず勝ち気な美人で、大きくてパワフルで、鬼強くて、海賊団の船長で、王国まで造っちゃったワンマン女王である、私達の(色んな意味で)自慢のママです。

「どこだァ!?サントノ〜〜レ!!!」
「ママー!ダメだよ!」
「ここはダメだって!ママー!」

 ……はい、皆さんもうお察しの通り、只今絶賛“食いわずらい”中でございます。今日のお題はサントノーレなんだって!一応、ゼウスとプロメテウスが頑張ってママを止めようとしているのですが、そんなもんで止まるなら誰も苦労しない。……ほらぁもう!無闇に近づくからママが二人(匹?)掴んで余計に暴れ出したじゃん!雷降ってくるしめっちゃ燃えてるじゃん!地獄絵図とはまさにこのこと。

「おい!ケーキはまだか!?」
「シュークリームの数が全然足りてねェ!」
「客人を下に避難させるんだ!! 」
「さっさと住民を安全圏に誘導しろ!!」

 親愛なる弟妹達は怒鳴るように指示を飛ばし、腕の立つ子達は何とかママの足止めをしようと奮闘している。私はそれを、生まれたばかりの35番目の妹プリンを抱きながら、安全圏──10番目の弟クラッカーが比較的安全な高台に作ってくれたビスケットのお家の中──にて眺めていた。震えながら私にしがみついている弟妹達に、「ここは安全だからね」と微笑み、私は阿鼻叫喚の地獄を見下ろす。


 今日は、ママが待ちに待っていたお茶会の日だ。いや、だった・・・と言った方がいいかもしれない。そう、私達は皆、さっきまで楽しくお茶会を楽しんでいたのだ。それがどうしてこんな地獄に様変わりしてしまったのか。…まぁ、ママの発作がいつくるかなんて誰にもわかりやしないのだから、理由なんて考えても仕方がないだろうけど。
 突如として“食いわずらい”を発症したママは、サントノーレを求めて大暴走し始めた。さすがにシャトー自体が壊れるようなことはないだろうが、さっきからママが何度も屋上のオブジェを壊しては放り投げるせいで、眼下のスイートシティは尋常ではない被害を現在進行形で被り続けている。…これはやべぇな、マジで。

「カヌレお姉ちゃん…」

 今にも泣きそうな呼び声に目を向けると、22番目の妹シフォンが、双子の妹ローラの手を引いて、私のスカートを掴んでいた。瓜二つの二人は、全く同じ眼差しに涙を浮かべている。私はそんな二人の頬を撫でて、安心させるように微笑んだ。

「シフォン、ローラ。怖がらなくて大丈夫よ」
ここにいれば安全だからね。
「それに、シュトロイゼン達が頑張ってくれているから、もうすぐいつものママに戻るから。それまで、私と一緒にいようね?」

 いつものママが怖くないとは言わないけど、多分今の状態のママよりはマシだろう。正気を失ったママに近づけば、例え我が子であっても殺されてしまうのだから──


 ……あっ、ちょっと待って。今めっちゃいいこと思いついた!そうだ!私大バカだ!何が、「死ぬタイミングが〜」だよ。別に、自殺するのに無理矢理一人の時間作る必要なかったんじゃん!そもそも一人の時間ないんだし!だから四の五の言わず、とっとと、“食いわずらい”中で理性ぶっ飛んでる(元々理性があるとは言ってない)状態のママに近づけばよかったんじゃん!そしたら一発でぶっコロじゃん!!長年の夢が秒で叶う!
 何で今まで思いつかなかったんだろう?これまで何度も“食いわずらい”発症中のママを見てきたけど、毎回キッチンに入ってシュトロイゼンと共に、ママを止めるためのお菓子を作っていたから、そっち方面に頭が回らなかったのだ。このクソめんどくせェ“食いわずらい”を逆手に取れば、もっと早く夢が叶っていたと言うのに。


 私にしがみついてガチ泣き寸前の弟妹を前にして考えることでは全くないのだけれど、私の思考は物凄い勢いで“ダイナミック自殺”へ振り切れていった。もう、ここから飛び出してママに殺されることしか考えられない。だいぶやべェ女である。
 …とは言え、今ここからバカみたいに飛び出すのは得策ではない。何故なら外には、絶対に私を死なせてくれないマンとウーマンがいるからだ。ママの前に辿り着く前に、飴やら餅に取っ捕まえられるか、魔人やビスケット兵に邪魔されるだろう。それに何より、こうして一緒に避難している弟妹達が着いてくる可能性がある。むやみやたらには動けない。

 だが、そんなことで落ち込む私ではない。自殺志願者となって35年。一人になれない──マジで冗談抜きで一人の時間がないの。お風呂も夜寝るときも誰か一緒なの、ほんま何でなん??──せいで、いつまで経っても死ねないまま生きてきた。私自分の人生終わらせる権利さえないの?という絶望さえ感じ始めた矢先に、降って湧いためちゃめちゃ簡単な自殺方法。幸いなことに、ママが正気を失うタイミングは結構多い。2ヶ月に1回は確実に“食いわずらい”を発症するからだ。ならば、例え今回を逃したとしても、また2ヶ月後にはチャンスが巡ってくる。最長で2ヶ月で死ぬことができる。2ヶ月後に、35年待ち望んだ夢が叶う!かもしれない!2ヶ月くらい余裕で待てるぜ!!

 鳴り響くファンファーレ。ヒラヒラと舞う紙吹雪。全私がスタンディングオベーション。頭の中は薔薇色天国だ。やった!ようやく光明が見えた!!

「「……あ!」」
「?」

 一人で素晴らしき未来に乾杯していると、斜め前にいた34番目の弟と29番目の妹、マスカルポーネとジョスカルポーネが、窓辺から身を乗り出して、眼下に広がる光景に向かって指を指したのに気がついた。「こら、危ないでしょ!」と声をかけ、私は抱いていたプリンをシフォンに渡して、二人に近づいた。

「落ちても知らないわよ」

 コツン、と小さな頭にそれぞれ拳骨を落とし、窓から引き剥がそうと腕を掴んだ。しかし。

「カヌレねえ、あれ!」
「みて!あそこ!」

 やれやれと、私は二人の指差す先に目を向ける。そして、息を呑んだ。
 そこに、子供がいたのだ。住民かと思ったが、ここは城の中。それはない。あれは、招待客の一人が連れていた子だ。男の子が、妹であろう女の子の手を引いて、壊れたテーブルの影に隠れている。逃げる途中に親とはぐれてしまったのだろう。…いや、そんなことはどうだっていい。それよりももっと最悪なのは、二人が隠れている場所がママの動線上であり、かつママが暴れながら近づいているということだ。このままでは、踏み潰されてしまう。
 

 私はジョスカルポーネ達を下がらせると、今度は自分が窓から身を乗り出した。眼下の弟妹達を見るも、誰も彼も目の前の状況に手が一杯で、あの子供達の存在に気づいていない。子供達は、震えながら身を寄せ合っている。その姿はまるで…

「プリム、プラリネ!」

 思わず私は、この場で最年長の妹達の名前を叫んでいた。そして、そのまま二人の返事を待たず、「みんなを頼んだ!」とだけ告げて、ひらりと窓から飛び出した。家の中が蜂の巣をつついたような騒ぎになっているのを感じたが、知ったことではない。

 見捨てられるはずがないのだ。大人としても、人としても。あの二人が、「前世」の弟妹に重なっていなくても。未来ある子供を、こんなところで死なせられるか。


 結構な高さを軽々と飛び降り──100%ママの血のおかげ、「前世」の私だったら両足折ってた──、隠れている二人の元へ走る。これだけのスピードで走れるのも、ママの子だからだ。丈夫な体をありがとう、ママ。

「……カヌレ姉!?」
「何やってんだ、姉さん!!」
「姉さん、危ない!!」

 破壊の限りを尽くされた会場を走り抜ける私に、ようやく下で奮戦していた弟妹達が気づいた。悲鳴のような声が、「危ない」だの「戻れ」だのと口々に叫ぶ。だが、私はその全てに耳を貸さなかった。

 四六時中自殺願望を拗らせ、私を慕う弟妹を心から愛することもできず、内心で化け物とすら呼ぶクズで畜生な私だけど、赤の他人とは言え子供を見殺しにするようなことなどできるわけがない。そんな、「前世」の弟妹あの二人が恥じるようなことはしない。できない。してはいけない。

「サントノ〜〜レ!さっさと持って来〜〜い!!」

 本能で屈めた頭のすぐ上を、ママが投げ飛ばした何かが通過する。妹の誰かが悲鳴を上げた。それが誰なのか判別する間もなく、また瓦礫が飛んでくる。ママ譲りの反射神経でそれらをギリギリで交わし、間一髪二人が身を隠している物陰に滑り込むことに成功した。

「大丈夫!?」

 二人は半泣きになりながらも、コクコクと頷いた。ざっと見た限りでも、特に怪我を負っている感じもない。…何とか間に合った。しかし、長居は禁物だ。もうママがすぐそこに迫ってきている。

「妹は私が抱えるから、自分で走れる?」

 男の子は、今にも涙腺が決壊してしまいそうな目で私を見上げたが、私が抱き上げた妹を前に、兄としての矜持故だろうか。涙を拭いながら、大きく頷いた。その健気な姿が、どこかかつての弟を思わせるから、私は空いた手で頭を撫でる。何としても、守らないと。

「…よし。じゃあ、私から離れちゃダメだから……」


 ──が、神様は残酷だ。男の子と手を繋ぎ、走って逃げようとしたその時。ママの足音が一気に近づいてきたのだ。そして瞬きした次の瞬間、私達が身を潜めていたテーブルが吹き飛ぶ。…ヤバい。

 思わず足を止めてしまったのは、無意識にも生存本能が働いた為だろうか。それとも、私の腕の中に、守るべき命があったからだろうか。いずれにせよ、私は、縫い止められたようにその場から動けなくなってしまった。

「…カヌレ……」

 ママの口から漏れ出る声には、理性の欠片も残っていない。私を認識してはいるものの、己が生んだ娘だとわかっているのかどうかは不明だ。こうなってしまったママには、私が実の娘だとか、お気に入りだとか、希少な種族だとか関係ない。“ママの通り道を塞ぎ、邪魔をした”ことだけが問題なのだ。だから、兄弟姉妹は悲鳴を上げているのだ。これから私がどうなるのか、わかっているから。

「ママ!!」

 それでも今の私には、正気を失ったママに呼び掛ける以外の手がない。ここまでママに肉薄された以上、走って逃げることは不可だし、よりママを刺激してしまうこと間違いなしだ。…出会ったら背中向けて逃げてはいけないとか、野生のヒグマかよ。いや、ヒグマの100倍ヤバいんだけど。

 そんな軽口を叩ける余裕があるのなら、きっと大丈夫だ。謎の自信を胸に、私は抱いていた女の子を下ろすと、二人を背に隠した。そして両腕を広げ、ママの大きすぎる体を見上げた。

「サントノーレなら、今シュトロイゼン達が大急ぎで作ってる!だから、もう少しだけ待って!!」
「やめろ、カヌレ姉!!今のママには届かねェ!!」

 だからって、こんなんこれ以上放置できないじゃんよぉ!放置したら、私も含めて大勢死ぬんだぞ。私は別にいいけどな。この子達もそうだけど、何と言っても家族お前達を死なせるわけにはいかんだろ。35年間弟や妹として可愛がってきた子達が、目の前で殺されるのを見ていられるほどクズではない。…まぁ、自分で何とかできる子は何とかして欲しいけども!

「ママ!お願い!!」

 再び声を張り上げた。すると、ママの動きが、ピタリと止まったではないか。最初、上手くいったのかと思った。“食いわずらい”を止められたのだと。……でも、直ぐに気づかされる。違う。これは。
「まさか…!」と呟いたのは誰だったか。弟か妹かわからんけど、そうだよな。わかるよな。この、絞め殺すように張り詰めた空気。これから何が起こるのか。物心ついた時から何度となく見てきたもんな。見てきたからこそ、私達はみんなママが怖くて逆らえないんだもんな。

 それ・・を望んだ私ですら、勝手に呼吸が止まってしまう重圧。それに押し潰される前に、ぐぃっとママが顔を近づけてきた。大きな目がギョロりと私を睨み下ろす。

ライフ寿命 オア トリートお菓子……!?」
「!!」

 こんなに恐ろしいのか。ママを、…いや、死を前にするのは。

 そう、他人事のように思った。同時に、ならば生きていても死んでいても一緒ではないかとも思った。生きてママに怯え続け、支配される一生を送るのも、今ここで寿命を抜き取られて死ぬのも変わらないのではないだろうか。寧ろ後者の方が一瞬で終わるから、楽かもしれない。

「ウソだろ……!?ママ!それはカヌレ姉だぞ!」
「やめてー!ママーー!!!」
「ママ……っ!!」
「姉さん!!逃げて!」

 私より死にそうな、悲痛な声で訴える弟妹達の声に、胸が張り裂けそうになる。あれだけ死ぬことを願ったクズのくせに。あの子達を捨てようとしたくせに。
 …知ってるよ。言われなくても、もっとずっと前から知っている。みんな、私のことが大好きなのだ。彼らを心から恐ろしいと思う私が絆されてしまうぐらい一途に。長年の夢がようやく叶うと言うのに、どうしてか涙が溢れ落ちそうになる程、痛いほど真っ直ぐに。

「ライフ」

 迷いを振り切るように、私は静かに答えた。水を打ったように静まり返る、地獄のお茶会会場。ただ、私の荒くなった息遣いのみが聞こえる。

「……ママ。お菓子はもうすぐよ。もうぐ完成するから、あと少しだけ待って」
「……おれの邪魔をするな」

 ママが手を伸ばしてきた。溢れ出た私の寿命を刈り取るために。弟妹の悲鳴と絶叫をバックミュージックに、私は来るその瞬間を待った。──だが。

「…」
「…」
「……」
「……」
「………?」
「………?」

 同時に首を傾げたのは、私とママが曲がりなりにも母娘からなのか。再びママが能力を発動させようと問いかけてくるが、やはり何も変わらない。これまで散々見てきた、ママに寿命を奪われた人達のように、私の体から寿命が抜け落ちていくことはなかった。……は?

「…寿命を奪われて、ない……?」
「カヌレ姉…まさか、ママを恐れてないのか?」
「ママの能力が効かないなんて……」

 は?…えっ、ちょっ、待って待って待って。嘘でしょ。マジで言ってるの?は?いやいやいや、わからんわからん。なんで?えっ?なんで??

 混乱している私と、理性を失った顔にそれとわかるほど困惑の色を浮かべるママ、恐怖が限界に達したらしく、私のスカートの裾を握ったまま固まる子供二人。
 その呪縛を解いたのは、近づいてくる気配。そちらに顔を向けた途端、私の体は宙に浮いていた。

「カタクリ!」
「……カヌレ姉」

 ママが動きを止めた隙を突いて、弟が私を救出してくれたようだ。抱き上げられ──お姫様抱っこだったことについては、取り敢えず今は何も言わないでおこう──ながら後ろを見れば、ビスケット兵が子供を抱えてママから離れていっていた。

 ……よかった。二人とも、遠目にもわかるくらいにギャン泣きしているけど、生きている。「前世」の弟と妹を思わせる二人が、怪我を負うことなく生きている。本当によかった。

 強張っていた体から力を抜いて、私は安堵の息を吐いた。どっと押し寄せてきた疲れを癒そうと、そっと目を伏せる。そんな私に、弟は何も言わなかった。
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